第52話 筋違い
セレネ様の部屋
俺が彼女の部屋に入るや否や親衛隊と思われる人たちはドアを閉めてくれた。
セレネ様の部屋にはいかにも王族らしいものがたくさんおいてあった。
下にはペルシャ絨毯のように複雑な模様が散りばめられているものが敷かれている。
家具に至っては最上級のものが目白押し。
高そうな化粧品とか服とかがいっぱいあるあたり、やはりセレナ様も年頃の女の子って感じだ。
リナとエレナ様とはまた違う個性を有している。
「それで、なんのご用でしょうか」
俺が冷静な表情で問うと、エレナ様が机に自分の腰を預けて俺を上目使いしてきた。
さっき見せた悲しい表情を誤魔化すとでも言いたげに。
「ふふ、私の部屋に来た男性ってカナトさんが初めてですよ」
「ハリーってやつは来てませんか?」
「来てませんよ」
「へえ、一応元婚約者なのに……」
「王女には守らないといけないものがたくさんありますから」
いやなんで急に表情が色っぽくなるの?
ていうか守らないといけないものって……
「俺は来て良いですか?」
「ふふ、カナトさんは平民ですから」
「……」
「もちろん、あなたを見下すつもりは毛頭ありません。むしろ、こうやってカナトさんと会話できていることに感謝していますから」
「それで、なんのご用……」
「お茶を淹れますね!!」
「……」
俺の言葉を遮るセレネ様は、机においてある高そうな急須みたいなものに茶葉を淹れて魔法をかける。
その所作はあまりにもぎこちなかったので、普段こういうことをしてないことがすぐわかる。
やがてぶくぶくと湧き上がる急須の取ってを握り、カップに注ぐ。
だが、
「えっと……きゃ!こぼしちゃった……」
すでに溢れかえるカップをじっと見るセレネ様。そして俺の方を見ては
「ど、どうぞ!」
「……」
一国の王女にしてはあり得ない行動である。
この国で最も煙たがれる魔法が使える平民にお茶を注ぐというサービスを提供する王女。
彼女は素早く自分のカップにもお茶を注いでは一口飲む。
「毒は入ってませんよ。最も、毒が入ったとしても、あなたはすぐに気づくでしょうけど」
「……」
俺はセレネ様に勧められるがままにお茶を一口飲んだ。
馥郁たる香りが俺の鼻を抜ける頃にセレネ様がまた話しかけてくる。
「デザート要りますか?すぐに料理人に命令して持って来させますよ」
「あの……」
「他にも必要なものがあれば、どんどん言ってください!」
「あのですね……」
「かわいいリナちゃんのためにプレゼントも用意したので帰る時に持って行って……」
「いい加減にしてください。そんなの要りません」
「っ!!」
前にも言ったが俺は転生前も、転生後の今も女性経験が少ない。
だが、
難聴スキルを持っているラノベ主人公じゃない限り、気づかないはずがないだろう。
彼女の様子がいつもと違うことくらい。
「なんで俺と話がしたいか、それを言ってください」
「……」
俺がイライラした様子で少し大きい声で問うと、セレネ様が自信なさそうに顔を俯かせる。
そして震える声音で言う。
「カナトさんに頼みたいことがあります」
「頼み?」
「どうか、私の専属騎士になって私を守ってください……」
「……」
彼女は再び顔を上げて俺を見つめてくる。
赤い瞳はすでに潤んでおり、最初に見た時のようにとても切ない表情である。
「二日前、またジェネシスの人と思われる人が襲撃してきました」
「また!?」
「はい……今度はアランのような強い人ではないからなんとか助かったものの、またいつアランやあの少年のような強い人が襲ってくるかわかったものではありません」
なるほど。
つまり彼女は追い詰められている。
ハリーの本性を知って、さらに自分の命が狙われているのだ。
正気を保っていられる状況ではない。
「お願いします。ジェネシスの件で色々協力していただいて……本当に申し訳ありませんが、私を守ってください……普通に守るだけじゃやっぱりダメです。もっと私のそばにいてください。だから私のための専属騎士になってください。エレナさんとリナちゃんを守ったように私を守って……」
切実な面持ちで手を合わせて俺にお願いする彼女。
だが、俺の答えは最初から決まっている。
「お断りします」
「え?」
「あなたを守るための専属騎士になるつまりは毛頭ありません」
「なんで……レアお姉様と約束したじゃないですか。私たちを守るって」
「はい。言いました」
「なのになんで……お金が欲しいならいくらでもあげられます!」
「セレネ様」
「なんですか!?」
「俺が貴方の専属騎士になるならリナは一体誰が守るんですか?」
「そ、それは……」
「貴方の元婚約者とその友達によってリナは酷いことをされかけました。なのに、俺が突然セレネ様を守ると言って王宮に行ってしまったら、リナはどう思うんでしょうかね」
「……」
「専属騎士とか、そんなのなってくれそうな人はザラにいるはずです。その人に頼めば済む話では?」
「……」
「もちろん協力はしますが、俺にも守るべき存在がいます。それを犠牲にするのは筋違いです」
俺は、そう言い残してこの部屋を出ようとする。
だが、
「セレネ様?!」
彼女が俺を後ろから抱きしめてくる。
「やっぱり、貴方は独り占めできない男ですね」
「は、はい?」
「他の腹黒い貴族とは大違い……やっぱり私だけ都合よく欲しいものを手に入れるのはフェアじゃありませんね……」
「な、何をやって……」
セレネ様はもっと俺にご自分の柔らかすぎる体を押し付けてくる。
エレナ様とリナとは一味違う柔らかいマシュマロが弾力よく俺の背中を優しく包み込んだ。
そんな彼女が俺の耳元に囁きかける。
「私をファイブスターに入れてください」
「え?」
「私はカナトさんの味方になります。貴族が魔法を使える平民や奴隷を差別するのはかなり根が深い問題です。だから、これからは積極的にカナトさんを助けます。今まで離れたところから貴方たちをずっと見ていましたけど、もう決めないといけないみたいですね」
「……いいですか?王女様が俺みたいなのと関わってもろくなことがないと思いますが」
「カナトさんなら良いですよ」
「っ!!」
あまりにも声が色っぽかったので、俺は彼女から離れて彼女の顔を見る。
すると、セレネ様は頬を少しピンク色に染めてはいつもの調子で問う。
「私も仲間にしてくれますか?」
「……俺の独断で判断するわけには行きません」
「ですね……じゃフィーベル家でしばらくお世話になりますので、その間ファイブスターの方々と話してから決めましょうか」
「え?」
X X X
フィーベル家
「あはははは!!!実に賢明な判断でございますぞ。ここなら王宮よりは安全でしょう」
「そうですね。それでは暫くお世話になります」
ケルツ様は大歓迎だった。
ハンナ様の話によると、ケルツ様とセレネ様は頻繁に手紙で連絡を取り合っており、なんとかセレネ様を味方につけたがっていたと言う。
ケルツ様は俺にとても熱い視線を送ってきた。
まるで難関試験に合格した愛くるしい息子を見るかのような視線であった。
それに引き換え
「「……」」
かたや、リナとエレナ様が死んだ魚のような目で俺を睨んできた。
これからどうなるんだろう。
追記
セレネ様乗り換え早いですな
平民に対して中々出来ない事ではあるけど
次回、ハリー出ます
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