第42話 新たな嵐
空の雲はプロビデンスの目のように俺を捉えていてところどころ雷の音が轟く。
まさか、ジェネシスの創始者だなんて。
見た目だけだと華奢なのに、今の彼女を見ていると、背筋がゾッとする。
俺はハルケギニア王国の第一王女であるレア様と第二王女であるセレネ様と協力関係にある。故に国家転覆を図るこの集団は俺にとって敵ということになる。
だけど、俺に彼女を攻撃する気はなかった。
全てにおいて俺に圧倒的に不利な状況だからだ。
まず、エレナ様を助けないと。
と、思って俺は倒れて身体を痙攣させているエレナ様のところへ走って行った。
「……カナト」
「エレナ様……」
エレナ様は俺の方に手を伸ばしてきた。握ってほしいとでも言わんばかりに、震える手は親を見失った子供を連想させる。
俺はエレナ様の細い手を強く握る。そしたら宙に浮かんでいるペルセポネが口を開いた。
「カナト」
「……なに」
「この世は平等だと思う?」
「……」
俺は答えずに顔を俯かせる。
「ジェネシスは平等。ここは平民も奴隷も一緒。傷ついたもの同士で励まし合って同じ目標に向けて走る小さな理想郷」
「……」
「優しい人たちが今まで私たちを苦しめてきた貴族を支配して、より幸せな世の中にする。これこそが普遍的理想の実現」
俺はエレナ様の手を握りしめたまま口を噤み続ける。
理由は二つある。
一つ目は俺が反論したら彼女は機嫌を損ねる。
二つ目は……
言えない。
考えることすらも悍ましい。
自分が悪魔になってしまいそうな気分だった。
ペルセポネはそんな俺の気持ちなんぞお見通したとでも言わんばかりに、暖かい視線を送る。
「また会おう。私はカナトともっと話がしたいから。もっと……気が遠くなるまで」
そう言い残して、彼女はプロビデンスの目の形をした雲の中に入る。すると、彼女の姿はいなくなり、雲はあっという間に散乱して、普通の雲になった。
しばしたつと、さっきの騒ぎが嘘のように自然の音が俺の耳に入ってくる。
清流のせせらぎ、葉ずれの音、モンスターか獣と思しき鳴き声と足音、優しく頬を撫でる夜風。また悠久の自然の交響曲が始まるのかと思いきや不協和音が一つ混じった。
何かが焼ける音。
さっき彼女が放ったビームがまだ土や石などをとかしている。
熱を放っているようには見えないが、暗黒の泡を立てながら全てを溶かす勢いのこのドス黒い物質を見ると、鳥肌がたった。
「カナト……」
「エレナ様」
ドス黒い物質に気を取られていたので、俺はハッと我に返り、横になっている彼女を見る。
「去ったようだな」
「はい」
「……」
「ジェフ様たちが待っているはずです。立てますか?」
「……できない」
「ああ……」
この場において効率よく彼女を別荘まで運べる方法。
そう。
ドローンを使えば簡単で手っ取り早い。
夜の山に二人きり。
やっぱりここは大型ドローンの出番だろう。
そう踏んで、俺はドローンを召喚しようと意識を集中したら、
彼女が空いている方の手で俺の太ももを触ってきた。
「エレナ様!?」
驚いて聞くと、彼女はふいっと顔を逸らして、ボソッと漏らす。
「おんぶ……」
「……」
俺は彼女をおぶって山を降りることにした。
「……」
緊張しまくる体をなんとか落ち着かせて俺は足を動かした。
俺の背中に美しい公爵令嬢がいるからだ。
彼女の金色の細い髪は俺の頬を優しくなぞり、名状し難い香りを俺の鼻に運んでおり、彼女の腕は俺の首を回している。そして何より女として恵まれた二つのマシュマロが俺の背中を潰す勢いで押しつけられている。
俺は彼女が落ちないように太ももを抑えており、エレナ様の彫刻のような太ももに俺のごつい手が食い込む。
エレナ様、無防備すぎる。
いつも凛としている姿ばかり見ていたから、ちょっと動揺している。
だが、俺にこんな弱い姿を見せるほど彼女も結構追い詰められていることだろう。
「エレナ様」
「うん……」
「なにを見たんですか?」
「……」
問われた彼女は足をまた震わせて、さらに俺をもっと強く抱きしめながら言う。
「いろんな人たちの過去を見た」
「過去?」
「貴族に苦しめられる奴隷と平民」
「……エレナ様は戦争にも参加したし、魔法軍討伐もされました。なのに、奴隷と平民の過去を見るだけで、こんなになるなんて……」
「見ただけじゃない。された」
「された?」
「私は平民にも奴隷にもなって、数えきれないほどの苦しみを味わいかけた。もし、カナトがペルセポネに話をかけてくれなかったら、今頃私は……」
言葉を詰まらせるエレナ様は自分の股間を俺の背中に擦りつけて太ももで俺の腰あたりを強くロックしたのち、自分の頭を俺の頸に当てる。
「ルナ様……」
「私を大切だと言ってくれたから、私は耐えることができた」
「……」
彼女の吐息が俺の鼻腔と口の中に入る。
「でも、カナトが遠くへ行かないように、私を大切な人とずっと言い続けられるように、私は頑張らないといけないんだ。これまでと比べ物にならないほどの努力が要る。いつも助かってばかりだから」
自信なさげに言うエレナ様。
どうやら彼女は余計な心配をしているようだ。
「別に努力はしなくていいですよ。今のままのエレナ様でいいから」
「っ!」
「エレナ様?」
俺が彼女の名前を呼んでも、彼女は反応することなく、身体をひくひくさせて俺にずっと自分の体を預け続ける。
エレナ様が見た幻覚はいったいなんなんだろう。
幻か。
それとも誰かの過去か。
単なる幻であるならば、ペルセポネは相当な実力の持ち主だ。
だが、幻覚一つ一つが、誰かのストーリーであるならば、
それほど強い武器がいったいどこにあると言うのか。
俺たちは月明かりを頼りに別荘へと行く。
X X X
フィーベル家
ケルツの執務室
「以上でございます」
「ふむ。よろしい」
いかにも仕事の出来そうな執事がケルツに商会の業務報告を終える。
ケルツは満足したように頷き、微笑みをかけた。
「では失礼いたします」
「ちょっと待って」
「は、はあ」
立ち去ろうとする執事を呼び止めたケルツはそれとなく訊ねてくる。
「カナト君に近づく貴族は?」
「今の所、ございません」
「なるほど……でも油断は大敵だ。ハルケギニアの傲慢ちきな貴族はカナト君の良さを全く理解できてない烏合の衆だから助かるが、他の国だとカナト君は喉から手が出るほどの人材だ。なにがあっても守らなければならない。絶対だあ!!」
「は!かしこまりました!」
「だが強引なやり方はダメだ。彼は賢い。我々が努力するしかない」
「おっしゃる通りでございます!」
二人が意気込んでいると、突然ドアからノック音が聞こえる。
「ハンナでございます!大事な話があります……」
ドアの向こうからのハンナの声には落ち着きがない。
それを只事ではないと踏んだケルツは執事を去らせる。
入れ替わるようにして、ハンナはケルツの執務室に足を踏み入れる。
「ほお、今日は珍しく落ち着きがないな。何かあったか?」
「そ、それがですね……この間生かしておいたパーシー家のスパイからの情報ですが……」
彼女は不安がりながら、スパイから得た情報をケルツに伝えた。
すると、
「なんだとお!?」
ケルツは震え上がり興奮MAX状態でテーブルを思いっきり叩いた。その弾みに、おいてあったワイングラスが落ちて割れてしまう。
「おのれ……この俺を本気にさせやがって……墓穴を掘ったな!!」
彼は握り拳を作り、またテーブルを数回叩く。
冷めやらぬ興奮を紛らそうとケルツはハンナに話しかける。
「ハンナ」
「……はい」
「アルベルトを呼べ。大至急だ。これから忙しくなりそうだな」
「はい。かしこまりました」
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