第40話 赤い目の少女
俺たちをとても怪しい目で睨むルナ様。
反論はできないが、世の一般常識からかけ離れていることを承知で俺は口を開いた。
「一緒に風呂に入ることは悪いことではありません」
「いいえ、どう考えても怪しいです」
ですよね。
いくら俺が前世の知識があるとはいえ、理詰めで彼女に勝つことはまず不可能だ。
ルナ様は目を光らせて、エレナ様に問い詰める。
「カナトさんが平民とかという話ではありません。異性と一緒に温泉に浸かるという行為自体を問題視しているのです。美しいあなたならそれがどういう意味なのか知っているはず」
「……そうだけど、カナトは別というか……」
自信なさげに言うエレナ様。
そこへリナがフォローを入れてきた。
「ルナ様」
「?」
「お兄様はそういう人ではありません」
「……それはもちろんよくわかってますけど、男性と女性が同じ湯に浸かるのはおかしいことです。リナさんを責める気はありませんが、貴族ならなおさらです」
「……」
理路整然と言うルナ様にリナは一瞬しょんぼりしつつも、微かに笑いながら返事をした。
「じゃ、ルナ様も一緒に温泉に入ればどうですか?」
「は、はい!?」
予想の斜め上をいくリナの提案に聞き返したルナ様。俺とエレナ様も目を丸くしつつリナを見た。
リナは滞りなくまた続ける。
「お兄様との風呂は私にとってとても大事なことです。もちろんエレナ様にとっても……なので、ルナ様が私たちを止めても、私たちはお兄様と一緒に温泉に入ります」
リナは貴族の掟とかしきたりについてはあまり詳しくない。
俺自体がまず平民だし、リナにはなるべく平民とか貴族と言った階級にとらわれず自由に生きていて欲しいという願いもある。
つまり、リナのこのような堂々とした態度は、無知の表れだ。
だが、無知というものがあながち悪いとはいえまい。
ルナ様は戸惑ったように、俺とリナを交互に見ては、急に顔を俯かせて頬をピンクに染めた。
「そこまでいうなら仕方ありませんね……ただし、」
ルナ様は深呼吸をしてから俺に指差して大声で言ってくる。
「私が監視しますから!」
X X X
温泉の中
「お兄様〜私、頑張りました」
「おお、えらいぞ。でもな、ちょっと近くないか?ルナ様が見てるぞ」
「……これが普通じゃありませんか?」
「そうだけど……」
「うふ♫」
リナは俺に自分の体を委ねて甘えてくる。
タオルを巻いているため、裸とは言えない状態ではあるが、濡れた白いタオルは透けてリナの体の柔らかさをそのまま俺の腕に伝える。特に胸あたりの感触が凶暴と言えるほどやばい。
エレナ様というと、空いている俺の腕に自分の腕を控えめに当てている。つまり、両サイドから俺は挟まれる形となった。
きっと俺たちの向かい側に座っているルナ様はこの光景を見て怒るに違いない。
なので、俺は怯えつつルナ様を見ていると、
なぜか
とても切ない表情をしていた。
やるせなくて悲しくて言葉では言い表せない感情を押し殺している面持ち。
「あの、ルナ様?」
俺が心配になって彼女の名前を言うと、両サイドにいるリナとエレナ様も彼女の方に視線を向けた。
「……なんでしょう?」
「大丈夫ですか?」
俺の問いにルナ様はハッと我に返って、いそいそと返答をした。
「だ、大丈夫です。ちょっとのぼせそうになっただけです」
「いや、まだ浸かってからそんなに経ってないと思いますが……本当に大丈夫ですか?」
「……」
二度聞くのは失礼にあたるかもしれないけど、聞かずにはいられないほどルナ様は切羽詰まった顔をしていた。
ルナ様は再び物憂げな表情で自分のエメラルド色の目を潤ませた。
だが、
「カナトさんが気にするようなことではありません。それじゃ、お先に失礼します」
そう言って、ルナ様は立ち上がる。
いつまでも冷静を保とうとする彼女。彼女のこういうところが彼女を生徒会長たらしめるのだと改めて気付かされる。
けどな、
「「……」」
俺たちは開いた口が塞がらなかった。
「ん?」
俺たちの反応がおかしいのか、ルナ様は小首をかしげる。
濡れそぼった銀色の髪、そしてルナとエレナ様には負けるが結構大きな乳房、細い腰、すらっと伸びた象牙色の足。
一矢纏わぬルナ様の姿が、俺たち3人の脳内にくっきり焼き付けられるのだった。
飄々と漂うルナ様のバスタオルが俺の前に流れたついた瞬間に彼女はやっと気がついた。
「あ……ああああ……」
ルナ様の顔も次第に俺たちと同じ感じになる。
「きゃああああ!!!!!」
ルナ様は俺たちのいる温泉施設を魔法でぶち壊した。
X X X
とある山奥
「はあ……本当に今日は散々だったな」
結局ルナ様は自分の過ちを認め、弁償すると言って、自分の泊まる部屋に戻った。
だが、くるくる目で結構動揺していたな。あんなルナ様は初めて見る。
俺はというとちょっと気まずくなり、一人で山奥を散歩している。
「にしても、いいところだな」
ここは都市部ではなく、田舎に近い。
電気もないので、夜になると星と月の明かりが唯一の頼りだ。もちろん俺のスキルがあれば、人工的な照明を召喚することはできるが、今は自分の力に頼らずただただこの険しい山道に沿って歩いてゆく。
瞳孔が大きくなり、周りの草木の色は区別することができないが、草木の形とそれらが発する自然の香りは俺の鼻腔を吹き抜けて気分を落ち着かせてくれる。
川のせせらぎはしきりなしに俺の耳に入り、心地のいい自然の交響曲の一角を担う。
ワシミミズクのような猛禽類の出す鳴き声と野生動物やモンスターと思しき生き物が出す足音。
それらが全てが合わさって、ここは日本ではなく異世界であることを俺に知らせる。
リナの学費を稼ぐために一人で狩りをしていた頃を思い出す。
「ふふ」
夏休みとか冬休みになれば、時間がいっぱいできる。
だからその時また一人でつよつよモンスターを狩ろうではいか。
もしそうなったら、今度は高そうなアイテムを全部かき集めてケルツ様に持っていこう。
きっといい値段で買い取ってくれるはずだ。
そして、ケルツ様からもらっているお金と足し合わせて、もっと広くて快適な家を建てる。そして、そこでリナと一緒に住む。
そんな夢を抱きながら山奥の道を歩いていると、
「?」
誰かが木の上に座っていた。
キチガイの不審者なら早速身構えするはずだが、木の上に座っている人は、どうやらそんな類の人ではなさそうだ。
月光に照らされて光る輪郭と彼女が漂わせると思われる得体の知れぬ香りは、まるでここが現実ではなく、仮想空間であるかのように感じさせるほどの謎の力があるように思える。
下は名知らぬ木々や草で溢れているが、上は澄み渡る夜空に散りばめられて色を変える星々。
そして、ボロボロな服を着ている美少女の後ろ姿。
「?」
彼女は後ろを振り向いてさらに下を向く。
俺と目があった。
赤い目をした彼女は俺を正確に捉えていた。
「美しい……」
と、俺が感想を述べると、彼女は目を瞑り
高い木から落ちた。
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