第39話 派閥と温泉
パーシ家の会議室
「このように大勢集まっていただき、誠に感謝します」
ハリーの父であるヘンリーが大勢の前で話をしている。
会議用のテーブルには多くの貴族が座っており、表情はさまざまである。
怒りを募らせているもの。オドオドしているもの。無表情のものまで。
彼らはヘンリー派閥に属する貴族たちである。
そんな彼らに向かってヘンリーは続ける。
「みなさんご存知のように、この前カナトという平民はマレー侯爵家の長男であるギースに無礼を働きました」
カナトという名前を聞いた途端、会議室にいる貴族は耳を攲てる。
「最初は我々高貴な貴族のいる場所に汚物が流れたなという認識でやり過ごしていたのですが、この前の件があったのでもう見過ごすわけにもいきません」
胸をムンと逸らし自信満々に言う彼に参加している貴族らは同調する。
すると、自分の意見が肯定されたことで興奮したヘンリーは鼻息を荒げてまた話す。
「食糧を供給するという平民本来の役割を捨て、生意気にもセントラル魔法学園に入学して、貴族だけに許される権利を享受してるんですよ!平民の分際で!我々の領域に土足で入り込んで!」
彼の大声を聞いて、会議に参加していた人のうち一人が感極まったように立ち上がり、口を開いた。
「そうですよ!我が息子があんな下賎な平民に負けるはずがない!きっと不正をしたんだ!じゃないと説明がつかない。だって……だって……」
ギースの父と思しき人は一旦切って息を整える。
そして思いっきり息を吸って
「俺の息子は優しくてレベル5だああああああああ!!!!!!」
彼の意見にみんなはふむと頷く。
「あの平民なら十分あり得るな」
「そうだそうだ」
「もしかして、あのジェネシスという組織と繋がりがあったり?」
「お……もしかして我々貴族を内部かいら崩壊させるためのスパイ?」
「ジェネシスとやっぱり通じているのか……だったら早く殺さないと!」
憶測が飛び交う中、ヘンリーは目を細めながら笑いを堪えて話す。
「そうですね。あの平民は王女殿下を暗殺しようとしたジェネシスと繋がっている可能性は高いでしょう」
低い声で放たれたハリーの言葉に全員がまた耳を澄まして聞き入る。
「やはりハルケギニア王国は平民に対して甘い印象がありますね。もっとお尻を叩いて、言うこと聞くようにしないと」
と言ったヘンリーは気持ち悪い表情をしたのち小さく囁く。
「平民が払う税金の税率を大幅に上げたりして」
ヘンリーの声はとても小さいが、会議室にいる全ての貴族は
口が裂けるほど口角を吊り上げて喜ぶ。
「それは妙案ですな」
「これは決して我々貴族のためじゃなくて、あくまでハルケギニアのためにやるようなものですな〜」
「恨むならカナトという無礼極まりない男を恨めばいい!」
「あはは!さすがヘンリー様。よく知っていらっしゃる」
みんなが口を揃えてヘンリーを絶賛する中、彼はまた話をする。
「カナトという男にはとても綺麗でかわいい妹がいます。噂によると、妹をとても大切にしているそうですね」
「「おお……」」
「貴族に歯向かった罪は重いんですからね。自分の妹が奴隷になるという苦しみを味わってもらいましょうか」
外は逢魔時でパーシー系の屋敷を斜陽が照らし夢幻的な雰囲気を醸し出しているのだが、
会議室の中には陰湿な雰囲気が流れていた。
X X X
ライデンの別荘
「っ!」
「エレナ様!もっとしっかり俺の動きを見てください!」
「はあっ!」
エレナ様の攻撃はあっけなく俺が召喚した武器によって弾き返され、そのまま飛ばされた。
これで何回目だろう。
別荘にきて訓練を始めた時よりかは動きはマシになった気がするが、やっぱりエレナ様には肝心なところが欠けている。
倒れているエレナ様に向かって俺は説明を始める。
「エレナ様は自分より強い相手に対しては動きが鈍くなる嫌いがあります。確かに前よりはよくなりましたが、俺の近くにいるとエレナ様は急に集中力が低くなりますよ」
「……それはカナトのせいだから」
「何か言いましたか?」
「なんでもない……」
エレナ様はさっきより頬を朱に染め上げ、息を切らしている。
結構長い時間訓練に励んだわけだから、そりゃ疲れもするだろう。
横になって休んでいるから息をこんなに切らす理由はないのがちょっと気になるが。
俺が無意識のうちに、視線を他のところにやると、そこにはルナ様が俺をじっと見つめていた。
うん……なんだろう。俺とエレナ様が訓練をしている間に、ずっと俺に熱い視線を向けてきたんだが……
まあ、そもそも俺は監視対象だ。
そりゃ見られて当たり前だよね。
俺は再び倒れているエレナ様を見て彼女に近づいて手を差し伸べた。
すると
「お兄様!ジェフ様とミア様との鍛錬終わりました!」
「お、おう」
ドアを開けて堂々と入ってきたのはリナだった。
俺の手を握って立ち上がったエレナ様は笑顔でリナを歓迎する。
すると、リナが俺とエレナ様に飛び込んできた。
俺たちに顔を擦り付けながら甘えるリナ。俺は労いを込めて彼女の頭を優しくなでなでしてあげた。
「今日はこれで終わりにするか。ジェフ様とミア様は?」
「先に温泉に入りました」
「なるほど」
「へへ……お兄様!私たちも一緒に入りましょう!美肌効果のある温泉ですよ!お兄様も美人になります」
「いや、俺は男だぞ」
「ふふ、この別荘の周りには温泉が多いんですから選び放題!エレナ様も私とお兄様と一緒に浸かりますよね?」
「ああ。もちろんだ」
いつもの会話だ。
俺はリナと毎日のように風呂に浸かり、時々エレナ様も混ざる。
だが、
「カナトさん」
「?」
「私の聞き間違いじゃありませんよね?」
いつしかやってきたルナ様が怖い顔で俺を睨んできた。
リナはキョトンと可愛く小首を傾げているが、
エレナ様は何かまずいことでも思い出したかのように冷や汗をかき始める。
彼女の顔を見て俺は大事なことに気がついた。
俺たちの何気ない話が他者にどんな影響を及ぼすのかについては全く考えてなかった。
エレナ様はフィーベル家の長女だ。
爵位を継ぐと噂されるほど彼女は将来が有望で、本来なら俺なんかの平民が近付くことさえも許されない孤高な方だ。
そんな人と一緒にお風呂に入る。
別に俺たちだけなら問題にはならないが、いつも中立を保ちここハルケギニア王国の行政と司法に多大な影響を及ぼしているレノックス公爵家の長女様がそばにいるとなると、話は違う。
俺もエレナ様と同様冷や汗をかく。
「ん?お兄様?エレナ様?どうしたんですか?一緒に温泉入らないんですか?」
追記
……
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