第36話 みんなは現実を知る

 俺が召喚した155mm砲塔の先端は相変わらずギースを狙っている。


 穴の開いた鋼の盾を呆然と見るギース。


「一体何が起きているんだ……ベルンの奴はレベル3だからやられても仕方ないと思うけど、ギース様はレベル5だぞ!」

「あの硬くて厚い鋼のシールドをあんな簡単に……」

「そもそも、あれってなに?」

「一度も見たことのない形だわ……」

「大砲に似てるけど、何かが違う……」

「まるでこの世には存在しないような違和感」


 まあ、学問レベルが日本の中学くらいの世界に住んでる人にとって、この砲塔と劣化ウラン弾は不思議に映るだろう。

 

 だが、今はそんなことはどうでもいい。


 俺はギースを睨みながらさっきと同じ砲弾を召喚した。


 そして撃つ。


ドカーン!


「っ!くそ!」


 ギースは俺が放った弾をやっとのことで避けつつ、逃げている。


 俺は鋼の盾を持ちながら俺に背中を向けるギースの足あたりを狙ってまた撃つ。


ドカーン!


「あっ!!」


 すると、奴は見事に転けてしまった。だが、悔しそうにすぐ立ち上がり、地面を強く踏み締めてバランスを取る。それから興奮したように息を切らしながら俺を見つめた。


 俺は砲弾の代わりに言葉をかけてやることにした。


「逃げ足は早いですね」

「な、なんだと?!てめえ!!平民ごときがレベル5の俺に向かって何ていう言い方だ!?」

「さっきギース様が俺に言った言葉です。俺が使ったらダメですか?」

「……お前は呪われた悪魔の子だ!!」

「俺が呪われた?」


 急にワケのわからないことを言うものだから、俺が小首を傾げて続きを問うた。


「ハルケギニア王国を支える根幹である貴族に反逆しようとするその態度、やっぱり上位貴族であるこの俺がが正してやらねば!」

「ほお、つまり、平民はどんな理不尽なことをされても、貴族に抵抗してはならないというのが、ギース様の掲げる正義ですか?」

「理不尽?俺たち貴族は平民に対して理不尽なことはしてない!俺たち貴族はいつも平民らに慈愛の心を持って接してるぞ。ノブレスオブリージュだああ!!お前ら平民は俺たち貴族がなければ、飯を喰うこともできないんだよ!恩を仇で返す無礼者があああ!!」


 恩を仇で返すか。


 前世で塾講師をしていた頃を思い出すな。


 俺はふっと鼻で笑い目を細めて口を開く。


「恩知らずはギース様じゃありませんか」

「はあ!?」

「俺は以前、レッドドラゴンを倒すためにわざと威力の弱い魔力弾を放ちました。本気出したら、中で球状の鋼に包まれているギース様が確実に死にますから手加減してあげましたが、まさかそんなことを言うなんて……とても心外です」


 俺は明後日の方向に目を見遣り、短く息を吐いた。


 すると、


「侯爵家の長男である俺を馬鹿にしやがって……クッソ……クッソ!!」


 ギースは全身を震わせ、俺を睨め付けながら尚続ける。


「俺が弱いやつだとでも言いたいのかあ!?」


 握り拳を作り、訊ねてくるギースに俺は現実を教えてあげることにした。


「弱い強いは、意見を言うものの主観にすぎません。だから俺が決めつけることは語弊があるかもしれませんが」


 俺は一旦切って、息を整えてから言う。


「ギース様は俺の足元にも及ばないほど弱いです。


「「っ!」」


 観戦席にどよめきが走る。


「お前を必ず殺す……お前の存在と歪んだ価値観ごと消してやる!!!うあああああ!!!!!!」


 狂犬病の罹った犬のように唾液を垂れ流し、俺に向かって手を伸ばしてきたギース。


「ゲート・オブ・スチール!!!!!」


 彼の呪文と共に現れた魔法陣みたいなゲートはさっきのやつと比べ物にならないほど大きかった。


 やがて、数えきれないほどの先の尖った鋼の集団が現れ、それらが発する輝きは非現実的な雰囲気を醸し出しており、あたかも芸術作品を彷彿とさせた。


「最大速度でいけええええ!!!」


 まるで毒針を剥き出しにしてやってくるオオスズメバチのような勢いで俺に向かってやってくる鋼の数々。

  

「……劣化ウラン装甲」


 俺は砲塔を消してまた劣化ウラン装甲を召喚した。


 いくら強力な鋼でも、最先端技術の産物である劣化ウラン装甲を貫くことなんてできない。


「「ギース!ギース!ギース!ギース!」」


 ギースを応援する声を聞きながら俺は、安全な装甲の中で待機する。


 やがて攻撃や止むと、俺は装甲を消した。


「あ、ありえない……なんで無傷だ……」

「言ったじゃありませんか。ギース様は俺の足元にも及ばないほど弱いと」

「……」

 

 彼が悔しそうな顔をしていると


「ギース!!」


 観客席に座っていたハリーが勢いよく立ち上がり、ギースの名を呼んだ。


「ハリー様……」

「今日は、ギース君が主人公だ。愚かな平民に打ち勝ってセントラル魔法学園の新たな歴史を刻むんだよ」

「俺は……主人公……ハリー様が俺を称えてくれている……」


 ハリーの応援を聞いた周りの貴族らは感極まり天に届くほどの大声で彼の名をまた連呼する。


「「ギース!ギース!ギース!」」


「みんな……俺のことを応援してくれてるか。つまり、勝利の女神は俺の味方ってわけだああ!!!」


 急に元気づいたギースは、目力を込めて唱える。


「数多の小さき鋼よ、一つとなりてかの者の心臓を貫きたまえ!!!」


 すると、散らばっていた鋼は一箇所に集まり、巨大な形となった。

 

 そしてその巨大な槍のような形をした鋼は俺に真っ直ぐ飛んでいく。


 俺はまた装甲を召喚する。



カーン!!!


 試合場に金属と金属がぶつかる凄まじい音が鳴り響く。


 ギースは笑いながら全神経をこの巨大な鋼に集中させた。

 

 俺は密かに呟いた。




 以前レッドドラゴンを倒した際に使った武器である。前のやつより貫通力と破壊力が上がったものだ。


 500メートル上空から重力加速度の力を借りて下に真っ直ぐ落ちていくバンカーバスタ。


 俺の装甲と彼の鋼が摩擦を起こして気持ち悪い音を出し続けるが、もうすぐ終わるだろう。


「ギース様」

「は?」

「上、見ないんですか?」

「上?……っ!!」


 ギースは最初こそ俺を小馬鹿にするような表情だったが、俺の言葉の意味するところを察したらしく早速攻撃を止めて、上を見上げた。

 

 落ちていく一つの巨大な物体。


 レッドドラゴンの件もあるので、彼は俺が召喚した武器がなんなのか知っているようである。


「鋼よ!俺の魔力を限界まで吸い込んで盾になれ!!」

 

 そう叫ぶと、巨大な鋼は血の色に変わり、とても丈夫そうな盾になり、ギースの上に浮かんだ。


「あはは!!平民、分を弁えろ!!これが俺の本当の力だ!!お前の弱い魔力弾などおr……」


 バンカーバスタは魔法石によって張り巡らされた防御膜を破り、ギースの真上に落ち、彼の召喚した血の色の盾をいとも簡単に貫き、彼とわずか1メートル離れたところで爆発した。

 

 数十秒ほどが経ち、埃が鎮まる頃、ギースの姿が見えた。


 彼は倒れており、全身が傷だらけだ。


 彼は俺との戦闘であまりにも多くの魔力を使ったしまった。なので、顔は紫色で服は破けて耳を含む全身が血まみれである。


 前回、俺がレッドドラゴンから彼を救った時よりも酷い状態である。


 このままほったらかしにしたらギースは障害を持つことになるだろう。


 彼は横になったまま微かながら息をしていて、体は小刻みに震えている。


 ギースは完全に戦闘が不可能な状態だった。


 それを素早く察知した審判。

 

 だが、審判は何も言わない。


 本来なら戦闘不能であればボクシングのKOと同じ扱いになるはずだが、審判は悔しそうに俺とギースを交互に見ている。


 まるで貴族が平民に負けるという事実を絶対受け入れたくないとでも言いたげに。


 止めに入らないのであれば、俺はギースにもっと攻撃をかけるしかない。本当にやつを殺さなければならなくなってしまう。


 俺が重い足を動かした。


 貴族はショックを受けたらしく何も言ってこない。


 そこへ、


 ルナ様が審判の首に剣を突き立ててきた。


「あなたは審判でありながら、決闘という行為をなめているのですか!?」

「そそそ……それは……」

「セントラル魔法学園校則、第3編『決闘試合』の第二章『審判に関する規定』における第三条をご存じですよね?」

「……審判が不正をしたか、またその疑いがあれば、決闘試合においてその審判の権利と権限は生徒会長に委ねられる……」

「わかっているじゃありませんか」

「……」

「これより貴方の審判としての権利と権限は剥奪されました。つまり、あなたはです」

 

 足を震える元審判はそのまま座り込む。


 そして、ルナ様は大声でみんなに告げ知らせる。




「ギースさんが重傷を負い、戦闘不能状態になりまして、決闘試合は終了しました。よって勝者は……」


 ルナ様は息を整えて






「二年最下位クラスのカナト!」




「「っ!!!」」



 観戦席に座る貴族やろうどもは後頭部をぶたれたかのように呆気に取られ、嫌悪と絶望と悲しみが混じった表情を浮かべている。

 

 だが、例外はいるわけで


 リナ、エレナ様、ジェフ様、ミア様は俺を労うかのようにみんなふむふむと頷いて、熱い視線を送ってくれた。


 そして、VIP席に座っているセレネ様に至っては、


 笑み混じりに手を振ってくれた。


(怒りを募らせるハリーは密かに試合場を出る。カナトを徹底的に壊せる策を練りながら)


(平民の服装をしたキチガイであるアランが遠いところから試合場にいるカナトを見て微笑んだ)




追記


貴族たちが発狂するのはまだ始まってもいません。


ご指摘いただいた誤字と脱字は全部修正しました。


ありがとうございます!


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