第25話 事件の匂い
翌日
フィーベル家
貴賓用部屋
今日は休みだから、朝早くから妹と共にフィーベル家にやってきた。
リナとエレナ様は闘技場で鍛錬中で、俺はエレナ様の父であるケルツ様に呼び出されてレッドドラゴンをめぐる騒ぎについて話している。
「すみませんでした」
「別に謝ることはない。あれは仕方がなかったからな。むしろよくやってくれた」
「別に、褒められるようなことはしてないと思いますが」
「娘から話は聞いておる。レッドドラゴンを倒したんだってな?カナト君が直接」
「……はい」
「ふふ、俺の麝香鹿を失ったことより、君がレッドドラゴンを倒した事実の方が大事だ」
「俺の麝香鹿?」
「あ、言ってなかったか。あれは、俺の商会で飼育している最上級麝香鹿だ。王家の人が重宝する香水の原料になっている」
「……そんなに大事な鹿を失ったのに、ほ、本当に大丈夫ですか?」
確かにクエストの依頼主は王家だ。おそらくその麝香鹿は天文学的な値がつくだろう。。
だが、ケルツ様は上機嫌になり、口の端を上げて言う。
「需要ある物の供給が減ることが知れ渡れば、値段は自然と跳ね上がるものだ。麝香鹿の死による損失を補ってあまりあるほどにな」
「なるほど。商魂逞しいですね」
俺がちょっとドン引きして返事すると、ケルツ様が満足そうに立ち上がる。
「俺は重要な用事がある。カナト君はここを我が家だと思って過ごしてくれ」
いや、そんなこと言われると余計に意識してしまうんだが。
今日は一日中リナとエレナ様の相手をしないといけないから俺も気を引き締めておこう。
と思っていると、ドアを開けて出ようとするケルツ様が急に後ろを振り返り、
「運命は強い者を放っておかないものだぞ」
「……」
X X X
ケルツside
王宮の近くにある建築現場
重い荷物を持つ健全な男たちの歩きによって砂埃が大地に舞う。
石を切るもの。運ぶもの。命令を出すもの。などなど……
この工事現場で仕事をしている人は少なくとも200人は軽く超えそうだ。
確かにきつい仕事ではあるが、彼らの表情は実に明るい。まるで大いなる希望に向けて走る一人の人間のようだ。
ケルツは南の国で採れた新鮮で巨大なハチミツココナッツが数百個入った巨大な馬車と共にこの工事現場に現れた。
すると、お馴染みの金髪男がケルツを歓迎する。
「ケルツ様〜待ってましたよ〜」
「ほお、アルベルト。なかなか頑張っているようだな」
ジェフの父、アルベルトがイキイキした感じでケルツを迎える。
アルベルトが現場監督に合図すると、その現場監督は大声で叫んだ。
「作業中止!!みんなこっちにあつまれい!!」
すると、これまで一生懸命頑張っていた漢たちが作業を一旦止めて、ケルツのいるとこにやってくる。
彼らはドヤ顔でケルツ様を歓迎した。
「「おはようございます!!!!!」」
彼らの覇気が気にいるのか、ケルツは満足げに頷いて話し始める。
「ふむ。実にいい声だ。今日は頑張っている諸君らを労いにやってきた。南の国で採れた新鮮なハチミツココナッツをあげよう」
「「な、南の国のハチミツココナッツ!?!?」」
南の国のハチミツココナッツという単語を聞いた途端、漢たちは目を丸くなった。
「南の国のハチミツココナッツは、貴族や金持ちの商人しか食べられない高級食材だぞ……」
「呪われた奴隷である俺たちにここまで恵んでくれるなんて……」
「しかも、公爵様がこんな下賎な俺たちの働くところにまでやってきて……」
「涙出ちゃうで」
「ケルツ様の商会の奴隷になって本当によかった。塵芥にすぎない俺なんかが、こんないい待遇を受けるなんて……」
感動の涙を流す奴隷たちをみて、ケルツは話す。
「諸君ら一人一人はフィーベル商会においてなくてはならない大切な存在だ。一人一人が自由意志を持って、王宮の増築工事という名誉ある仕事をする」
一旦切ったケルツは、目力を込めてありったけの声で言う。
「より有能なものは高い給料を払い、ボーナスを支給しよう!だから最善を尽くして王家に認められるだけの素晴らしいものを作っておくれ!」
「「おお!!!!!!!!!!」」
雄叫びが鳴り響く工事現場。
ケルツは早速魔法をかけて持ってきた大量のハチミツココナッツを飲みやすいように上の部分を切って、さらに氷属性の魔法石を使い、それらを冷やす。
それから、200を超えるハチミツココナッツを奴隷作業員らに全部渡した。
「生ぬるくならないうちに飲むがいい」
すると、奴隷漢たちは頭を下げてから飲み始める。
その光景を満足げに見つめるアルベルトは漢たちに聞こえない声でケルツに言う。
「素晴らしいです。ケルツ様」
「全部アルベルトのおかげだ。まさかこんな方法を思いつくとはな。君は実に賢い」
ケルツに褒められたアルベルトは、一瞬嬉しそうに笑ったが、やがて目を細める。
「僕が賢いわけではありません。こんなやり方を思いつかずに、奴隷を物のように死ぬまで何も与えずにコキ使う無知な貴族が愚かで、僕のやり方を受け入れてくれたケルツ様こそが賢い」
「いや、この場において謙遜はいるまい。奴隷たちに給料を与えるという斬新な発想は君にしか思いつかない。しかも、業績に応じてボーナスという追加報酬を支払う仕組みは、おそらく俺みたいな貴族は一生かけても考えられないだろう」
「あはは〜」
「他の商会や貴族の下で働いている奴隷と比べて俺の奴隷たちの生産性が約30倍も高いことはとっくに証明されておる」
「ふふふ、給料とボーナスという支出があっても、それ以上のお金が入ってくる。だけど、他の貴族はこんな真似、プライドのせいで絶対できないんでしょうね。あいつらは、ケモノだから」
「アルベルト」
「はい」
「あの団体の件はどうだ?」
話題が変わったことで、アルベルトはケルツを手招き、歩き始める。
やがて人気のないところに着いた二人。
アルベルトが口を開く。
「あまりいい噂は聞きません。おそらくもうすぐ開かれてる王室主催のパーティーに攻撃を仕掛けてくる可能性があるかと」
「ふむ。それは大変だ」
「僕の愚息が大好きなカナト君に頑張ってもらいましょうか」
「そうしよう」
「自分達より優れた平民一人が、王宮の中で大活躍する姿を想像するだけで、興奮が収まりませんね」
アルベルトは再び目を細めて口角を吊り上げる。
その姿を見てケルツは意を決したように言う。
「俺は今から第二王女様のところへ行く」
「香水を届けに行くんですよね?」
「ああ」
「健闘を祈ります」
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