第22話 貴族のプライドとは
ジェフたちのside
爆発したレッドドラゴンの残骸と気絶した貴族たちをジェフとミアは顔を顰めながら見つめる。
「ジェフ様……大丈夫ですか?っ……」
「ふふ、ミアちゃんこそ大丈夫かい?結構魔力を使ったよね?」
「……」
二人の顔はいつもより青白い。
魔力欠乏症ほどじゃないが、相当な魔力を一気に使ったせいで二人は座って休んでいた。
だが、ジェフはありったけの力を振り絞り立ち上がる。
「ジェフ様!?どこに行かれますか?」
驚いたミアが訊ねるも、ジェフはミアの頭を優しく撫でては彼女を背に前へと進む。
「プライドを大事にする貴族様に伝えたいことがあってね」
「そ、そうですか」
ミアは明るい表情で彼に手を振った。
ジェフは倒れている貴族のところへ行く。隣にはリナとルナが他の貴族たちの治療にあたっていた。
頭を抱えて足を動かすジェフにとある気絶した男が視界に入った。ジェフはその男の前で腰をかがめては目を細める。
『つけあがるんじゃない!!平民!!お前の言葉が、我々貴族のプライドに傷をつけていることに気がつかないのか!?』
そう。
今耳から血を流しているこの男が発した言葉である。
ついさっきまで上から目線でカナトを嘲り、ひどいことを言っていたこの男は
無様な格好で気絶している。
このままナイフで首を刺せば魔法が使えない奴隷だって簡単にこの男を殺すことができる。
ジェフはこの男に顔を近づけて耳元で囁きかける。
「あなたが振りかざすプライドって一体なんですか?他人を見下して、自分の優位性を確認したがる感情をプライドというのであれば……」
一旦切って、ジェフは息を深く吸う。
そして、生ごみを見るかのように気絶した男を見つめて言う。
「そんなのは野良犬にでも食わせてやればいいですよ」
そう言ってジェフは過去を思い出して眉間に皺を寄せる。
気絶した男はジェフの言葉を聞いてもなんの反応も見せずにいると
「すごいですね!レベル5の人も魔力欠乏症になることがあるなんて!!」
「……私も初めて見ます」
「ルナ様もですか!?すごい!!」
「私も魔力を提供しますので早くやりましょう」
「え?ルナ様、助けてくれるんですか?」
「当たり前です。周りを見てください。この大人数を治療するのはリナさんの魔力だけじゃ足りません」
「おお……ありがとうございます!!」
「……」
ギースを治療するリナのところに視線を送るジェフ。
彼は微笑んでいた。
すると、いつしかミアが自分の隣にやってきてほんわかした表情でリナを見つめる。
ジェフはミアをみて
「リナちゃんが気に入ったかい?」
ジェフの言葉にミアが頷いて恥ずかしそうに言う。
「……かわいい平民の女の子ほど悲しい存在はありません」
「……まあね。世の中には紳士を装う悪い男がいっぱいいるから」
「はい。今まで、エレナ様の守りがあったとはいえ、貴族の女子たちには嫉妬の視線を向けられて、男子からはエッチな目で見られていたのに、あんなに明る表情ができるなんて……」
「ふふ」
「なんで笑うんですか!?」
突然笑い出したジェフにジト目を向けるミア。
「いや〜なんか今日は悪いこともあったけど、いいこともいっぱいあったかなって」
「いいことですか?」
「このなんの使い所のない防御魔法が、今日初めて意味を持つようになったから」
「……そうですね。私の強化魔法も同じです」
「みんなが協力し合った」
「……カナトさんは利用価値がないと思われた私たちの能力を分析してちゃんとした役割を与えてくれました」
「ただ強くてレベルが高い貴族が集まったパーティーこそ我々は最高のパーティーだと讃えるが、そんな最高と呼ばれる奴らはレッドドラゴンにやられてしまったね」
「なんという皮肉な話でしょう」
「正直、カナトはこの学園、いやこの王国には勿体無い男だよ」
「……きっと他の国の王族がカナトさんを知ったら、ほおっておくわけがないでしょう」
ジェフとミアは色んな話をした。
X X X
カナトside
「か、カナト……」
「はい?」
「こうやって二人きりで歩くのは初めてだな」
「そ、そうですね」
現に俺はエレナ様と二人きりで歩いている。
生徒会からの情報だと、確かにこの岩山の近くに麝香鹿がいるとのことだが。
なるべく理性を保とうとするが、時折ぶつかるエレナ様の腕の感触と鼻腔を刺激するエレナ様のフェロモンの匂いが俺を戸惑わせる。
なので俺が若干距離を取ろうとすると、エレナ様がまたよってくる。
距離詰める必要あるんですか……
と思いつつ俺は困ったように彼女の横顔をチラッと見てみる。
「……」
本当に綺麗だ。
靡く金髪、整った目鼻立ちと青い宝石のような瞳。体は引き締まっているのに、赤ちゃんを産むという女の役割に忠実した巨大な乳房とお尻。
彼女の美しさは筆舌に尽くし難い。
学園でも彼女の美しさにまつわる噂はいっぱいある。
毎日のように他国の王族から結婚を迫られていること。戦姫とも言われる彼女の美しい顔を見て彼女に殺されるために戦争に参加した敵国の兵士の話など、キリがない。
正直にいうと、住む次元が違いすぎる人だ。
「カナトは本当に強いんだな。レッドドラゴンまで……」
「いいえ。エレナ様の協力あってのことです」
「この時の謙遜は自慢と同じだぞ」
「あはは……」
エレナ様は頬を膨らませて若干怒り気味である。
だが、やがて足を止めて急に頬をピンク色に染めては
「カナト」
「ん?」
「ありがとう……」
「え?なんで感謝するんですか?」
「カナトにはずっと助けられっぱなしだし……」
「いや、むしろこっちの方が助かりっぱなしというか……主に学費……」
「こっちのようがいっぱい助かっているぞ!そ、その……一度も負けたことのない私に負けを教えてくれたり、私を暗殺者から救ってくれたり、優しかったり……こんな気持ちは初めてだ」
彼女は唇を震わせて、足を小刻みに震えさせる。
「今日のカナトの格好いい姿を見て私は確信した」
「か、確信?」
エレナ様の様子がおかしい。
今までのような凛々しい姿ではなく、まるで一人の女の子のようなウブな姿だ。
「あの件以来、私はカナトと一緒にお風呂に入ったことがなかった。でも、これからは毎日一緒に入るから……」
「な、なんですって!?」
「カナトになら……見られてもいい。私はもっと強くなりたいんだ……」
「……」
開いた口が塞がらなかった。
彼女に至ってはもうりんごばりに顔が真っ赤になってブルブル体を震わせていた。
その瞬間、
「きゃっ!」
エレナ様の足に力が入らないらしく、俺に向かって躓く。
「危ない!」
俺はそう叫んで、彼女を抱き抱える。
「エレナ様、大丈夫で……っ!」
「かかか、カナト!こ、これはだな……」
さっきより濃くなったエレナ様の甘美なるフェロモンの匂いと凶暴なマシュマロの柔らかさが俺の思考を停止させる。
ダメだ。理性が崩壊する。
エレナ様を見ちゃだめだ。
他のところを見て気を紛らそう。
どれどれ、岩山の隅っこに黒焦げになった動物が多数。
黒焦げ……
動物……
シカ
「麝香鹿!?」
「にゃ、にゃに!?じゃこうじかだと!?」
X X X
麝香鹿はレッドドラゴンによってすでにやられた後だった。
時すでに遅し。
「俺は……一体なんのためにレッドドラゴンを倒したんだ……」
灰になった大量の麝香鹿の前で絶望に打ちひしがれた俺が膝を地面につけて悲しんでいたら、エレナ様が笑い出した。
「うふふ!!麝香鹿の様子を見るにおそらくやられたのはクエスト開始日の前のようだな」
「つまり、最初からクリアできないクエストだったんですね」
「ああ」
エレナ様はくすくす笑ながら俺を見つめてきた。
こんなに明るい表情のエレナ様を見るのは初めてだ。
彼女は落ち込んでいる俺に手を差し伸べて
「カナト」
「?」
「みんなのいるところへ戻ろうか」
「……」
エレナ様は暖かい視線を俺に向けてきた。
頬はほんのり桜色に染め上がっていて、学園にいる時のエレナ様とは大違いだ。
俺は不覚にも心の中で今の彼女の顔がもっと見たいと思ってしまった。
「はい!」
俺は公爵令嬢である彼女の手を握り、立ち上がった。
X X X
ハリーside
ハリーの部屋
「ふふ、プランは順調に進んでいるようだね」
ハリーは頸にある古傷をさすり、目を細める。
「可愛いエレナちゃんとゴミ以下の平民……そんな組み合わせは僕が許さないんだから」
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