第9話 カナトは初めてエレナに負ける

 俺とリナはくっついている状態でエレア様を見つめている。彼女も妹同様大玉のメロンのように大きすぎる乳房の持ち主で、それを白いタオル一枚だけが包んでいる。

 

 当然お湯に浸かっているためタオルは濡れ、スケスケ状態だがエレナ様は真っ白な皮膚を朱に染めて片手で巨大な膨らみを隠してから俺たちを遠慮がちな表情でチラチラ見ている。


「エレナ様……無理しなくても」


 と、心配そうに目を逸らしてから言うものの


「……強くなるためならこれくらい造作もないことだ!」


 いや、どう見ても明らかに動揺してんだろ。


 俺もだが。


 けど、公爵家の長女とあろうものが俺みたいな平民と同じ風呂に入るのは常識的に考えてありえない。


 つまり、これは強くなりたいという気持ちが異様に強いことの現れとも言えるのではなかろうか。

 

 俺に胸を当てるリナが恥ずかしがるエレナ様をじっと見ている中、俺は口を開く。


「あの……エレナ様」

「な、なんだ!」

「その……なぜエレナ様は強さにこだわるんですか?」

「え?」

「だって、普通貴族は平民に裸を晒すようなことはしないと思うんですが、なぜエレナ様はここまでするのかが気になりまして……あ!別に言いたくなければ言わなくて結構です!差し出がましいことを言っちゃって申し訳ございません!」


 俺が両手をぶんぶん振りながら慌てていると、エレナ様は俯いたまま返事をする。


「この王国を守らないといけないからだ。何があっても」


「「……」」


 表情こそ確認できないが、彼女の悲壮感漂う声音は心なしか俺の耳にこびりついたままなかなか消えてはくれない。

 

 この国を守るのか。

 

 彼女は幼い頃から国際同盟を結成して、魔王軍討伐のための国際軍のトップを数年間務めた。


 だが王国から強く警戒されてセントラル魔法学園に追いやられた。


 王家から嫌われても王国を守らないといけない理由。


 いくつか考えられる理由はあるが、それを平民ごときが口にするべきではなかろう。


 なので俺が真面目な表情でエレナ様を見つめていると、リナが急に俺から離れてエレナ様の隣に行って座る。


 リナに気づいたエレナ様は若干驚いて目を丸くした。そんな彼女を見てリナが話す。



「えっと……エレナ様は学園でずっと私を守ってくれてとても強くて立派で完璧な方です。だから私、エレナ様みたいな人間になりたくてずっと努力してきました」

「リナ……私はそんなに完璧な人ではない。リナの兄にも負けて、友達もいないし……」

「エレナ様……」


 可憐な姿のエレナ様は訓練をした時の獰猛さはなく、まるで一人の少女のようにはにかんでいる。


「私、今日のエレナ様を見て、ますますエレナ様が好きになりました!」

「リナが……私を好き!?」

「はい!大好きです!」


 と言ってリナが急にエレナ様に抱きついた。


「っ!」


 黒髪美少女のリナの体と金髪美少女であるエレナ様の体が密着する。ことに大きすぎる弾力のいい四つのマシュマロが形を変えて時には押しつぶされたり、時には押し込まれて実に壮観だ。


 て、考える場合じゃない。


「リナ!さっさと離れろ!平民が高貴な貴族の肌に触れるのは絶対ダメだから!」

「え?」

「俺が教えただろ!貴族社会での平民の立ち位置を」

「あ、そうでした……エレナ様、本当に申し訳ございません。お、お許しを……」

 

 リナは反省した表情のまま頭を下げて、彼女と距離を取る。

 

 俺が冷や汗をかいていると



 エレナ様がリナの手首を握った。


 リナは戸惑ったように、体をブルブル震わせて俺に視線で助けを求めた。


 が


「確かにリナの兄が言ったように、平民が貴族に触れることはあってはならないことだ。世の中の多くの貴族や王族は平民を見下し、馬鹿にしているから」


 エレナ様の言葉はごもっともだ。


 平民は例え救国の英雄になったとしても、貴族にはなれない。

 

 つまり水と油の関係だ。


 俺が小さくため息をつくと、


「だが、自分の肩書きを鼻にかけて人を見下す人は、臆病者だ」

「え?」

「自分の優位性を確かめたいがために平民や自分より立場が下な人を見下す貴族は器の小さい人間だから……私はそんな人間になりたくない。そんな輩は例外なくもっともをするからだ」


 エレナ様は透き通った青い目で俺を捉える。


 彼女は戦場に赴いて多くの敵を殺し、多くの人を引き連れて魔物と戦った。


 つまり、彼女の言葉には貫禄があるように思える。


 なので俺は無言のまま頷く。


「え、エレナ様?」

 

 今までエレナ様に手首を掴まれていたリナが彼女の名前を呼ぶと


「ふふ、リナ。触っても構わない。私を友達だと思ってくれ。友だちというのがなんなのかあまり知らないが……」

「エレナ様……エレナ様……エレナシャマ!!!!!!」

「っ!」


 感動したリナが目を潤ませてエレナ様に飛び込んだせいで、二人はそのまま倒れてしまう。


「ん……リナ、これは一体……」

「す、すみませんエレナ様。つい勢い余って」

「大丈夫。でも、倒す勢いで抱きつくのは勘弁してくれ」


 二人は目を瞑ったままうつ伏せになっている。


 彼女らの体に引っ付いていたタオルは剥がれ、お湯の上を漂っているわけで

 

 自然と俺の目には裸状態の二人の一糸纏わぬ真っ白なお尻が入った。


 もちろん、


 お尻の真ん中も


「ああああ……」


 これはだめだ……


 まずい


 と思いつつもどうすればいいのかわからず固まっていると、


 エレナ様が目を開けた。







「なっ!!なにを見ているか!!!!!」





 俺はエレナ様のキックを喰らってしまった。


 今日初めて、俺は彼女に負けてしまった。




X X X


エレナside


 カナトとリナを家に帰してから彼女は寝巻き姿で父の執務室へと向かった。


「リナ」

「お父様……」

「あの二人は帰ったか?」

「はい」

「ふむ。ところで、その顔はどうした?」

「顔ですか?」

「うん。いつもより赤いような」

「っ!!なんでもありません!!!」

「……わかった。それより二人とは仲良くなれたか?」

「……リナとは友達みたいな関係になりました」

「それは実にいいことだ」

「は、はい」


 エレナが頬を緩めて口角を微かに吊り上げた。そんな娘がかわいいのか、ケルツは微笑みを湛えるが、やがて口をキリリと引き結び真面目な表情になる。


「カナト君と会えたのは天の導きだ。彼ともいい絆を築いてくれ」

「はい。ところで私から一つ言いたい事があります」

「なんだい?」

「リナの兄の強さは王国随一……いや、隣国を加えても右に出るものはいないと思います。直ちにそれ相応の爵位を叙してこの王国をより強くするべきです」

「ああ。他の国では、魔法が使える者は例外なく貴族になれる」

「しかし……ここは」

「なれない。平民に与えられた爵位である一代限りの下級騎士も、100年間授与したことがないんだ」

「つまり……」






「この王国は極めて危ない状況に置かれているという事だ。人の恨みは、



「……」




 ケルツはエレナを真剣な表情で見つめる。


 まるで、未来に起きることを予言するかのように、彼の声色には切羽詰まった切実さがあった。












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