3-6

「昔ね、悪い悪い魔法使いがこの国に大きな災害を引き起こす魔法を唱えたの!」そしたら大きな地震が起こって、この町の奥にあった山が崩れたの、と。

そういえば、森の更に奥にも山がある。マルトの話では、当時この山の木や川は枯れ果てており、その原因は不明だったため、困り切った住人達は町を捨てて移住することも考えていた。


その時、悪い魔法使いが地震を引き起こした。それが元で山の岩が崩れ、この町に向かって転がってきたという。あまりにも巨大な岩の塊が迫ってくる様を見て、住人達は死を覚悟した。しかし、今私達の目の前に生えるこの樹木が岩を受け止め、町は守られたのだ、



「そして!この木が町を守ってくれて、その後森も復活したんだ!

だからこの木は、この町と、あの山の守り神様なの!」


「そうか。........この岩が山の植物を枯らす原因になるような場所にあったのかもね。

で、地震のお陰で岩が動いたから、山が復活した」



「ちがうよ!」私の言葉に、マルトは目付きを鋭くした。「魔法使いが山を枯らして、わざと岩を転がして皆を殺そうとしたの!おじいちゃんがそう言ってたし、皆もそう言ってるもん!」

そう断言した少女の言葉を否定しようとは、どうしても思えなかった。これは仕方の無いことなのだ。たとえ偏っていて客観的ではない話でも、幼い頃から正しいことなのだと言い聞かされ、それ以外の考え方を教えて貰えない。だから真実だと強く信じてしまう。


きっとマルトぐらいの幼いうちなら、丁寧に話して聞かせれば理解してくれるだろう。だが、彼女にこの教えを与えた大人達も幼い頃からこれを真実として教えこまれてきたのだ。何代にも渡って、この“真実”は伝えられ続けてきた。

そんな中で彼女が「違うんじゃない?」と声を上げてしまえば、きっと周りから酷い扱いを受けてしまうだろう。

だから、このまま大きく偏った思考のままでいいのだ。彼女のために、周りのために。



「確かに、言われてみればそうだね。ごめん、私が間違っていたよ」








……………




あの後、私達は宿屋に帰った。彼女は母親の手伝いをしに行き、私は部屋に戻った。



「おい、クロス」



真っ暗な部屋の中に、カーテンを開けたままの窓から外の光が入り込む。その弱い光に照らされ、ベッドに横たわるこの国の嫌われ者の体の輪郭が浮かび上がっている。仰向けに寝ている彼の胸が静かにゆっくりと上下に動き、それに合わせて深い呼吸の音が聞こえた。



後ろ手に部屋の鍵を掛けながら、荷物を床に置いた。腰に巻いていたナイフのベルトを外し、荷物の上に乗せた。



「お前どんだけ寝るんだよ」


「........んん?あー、どうもこんにちは」


「もうすぐに夜だぞ」



青白い光に照らされ、彼の#瞼__まぶた__#がわずかに開いた。私はベッドに片手を乗せ、そのまま体重をかけた。そのままベッドに上がり、布団を捲って中に潜り込むと、驚いて固まっているクロスの頭を己の胸に抱きしめた。

左足をクロスの足の上に乗せ、腹部の上で膝を曲げた状態で寝そべった。



「いきなりなんなの?」


「いいから、しばらくこのままでいさせてくれない?」


「........別に構わんが」



彼の金髪に指を絡め、サラサラとした毛髪を撫でた。外の光を受けて緩やかに輝いている髪の毛は、間近で見ると惚れ惚れとしてしまうほど綺麗だった。

彼の身体の上に乗せた足の下に、徐々に存在感を増すものがあるのがわかったが、私は何も言わずに更に彼を強く抱きしめた。



「クロス........、私は己の汚さに嫌気がさしてきたよ」


「................」


腕の中でクロスの頭が動いて、私の顔を見上げているのがわかった。手首に何か温かいものが触れ、優しく掴んできた。彼の手だった。彼は私の手を少し引きながら、わずかに身体を動かした。



「お姉ちゃんたち!ご飯だよ!」



部屋のドア越しにマルトの声がする。「わかった、すぐ行く」ドアを振り返って答えると、私は腕を解いてベッドから起き上がった。



「ご飯だって。食べに行こう」


「........うん。あの、」


「なにさ」



クロスは何かを言おうと口を開いたが、すぐに閉じて俯いた。小さく首を振り「なんでもない。僕は着替えてくから先に行ってて」


まぁ、なんというか、........彼にはすぐには人前に出れない事情があるしな。そのことを伝えたかったのだろう。


少々申し訳ない気持ちでなるべく急いで部屋を出たので、その後クロスが呟いた言葉に気付くことはなかった。





「どんなことをしたとしても、君はずっと綺麗だと思うけどね、ミミ」





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