3-5
「おまたせ」
1時間ほど待たせてしまったが、マルトはそこに居た。子供だから勝手にどこかに行ってしまわないかとも思っていたが、彼女のしっかりした性格を信じることにしたのだ。
マルトは家の前に植えられた花の近くで、棒で穴を掘って遊んでいた。あられもないガニ股で身を低くして、穴に肩スレスレまで突っ込んで中の土を掻き出している。穴深すぎだろ。
私は自分の身体と引き換えに手に入れたナイフを持った手を上げて、彼女に見せた。男性が作ったナイフの鞘と、それを持ち歩くためのベルトも貰えた。
「本当にそれでいいのか?なんなら、しばらく待って貰えたらもっと完璧なものを........」
「いいえ、これがいいです」
私の後から玄関から出てきた男性の申し出を、冷たい口調を心掛けて断った。彼の目には先程のような頑ななものは無く、明らかに「俺のそばにいてくれ」と言わんばかりの、優しい目付きになっていた。
「どうもありがとうございました」
「あ........ああ」
事務的に告げた。彼は少し傷付いたような顔をしていた。これでいいのだ、変に期待させてはいけない。どうせ二度と会うことはないのだし、この人が求めているのは私ではなく死んだ妻だ。
初めて目が合った瞬間に察していた。嬉しさと、驚きと、愛情と、悲しみ........色んなものが綯い交ぜになったあの一瞬の表情。あれを見て私に懐かしい人の面影を見たのだと、それが解らないわけがない。
私はそれを理解した上で、自分のために彼の気持ちを利用した。
私はこれでいいのだ。最低で汚い女でいい。しかし、
「完璧じゃなくても、これはとても美しくて素晴らしい作品ですよ。宝物にしますね」
「........あぁ。ありがとう」
こうして彼に笑いかけてしまうあたり、私はまだ弱いのだろう。
「それでは、さようなら。本当にありがとうございました」
ナイフを入手して、とりあえずの必要なものは手に入れた。予定外の時間のロスがあったため、空はすでに夕暮れになっている。
「マルト、ごめんね。説得するのに時間かかってしまって」荷物を持っていない方の手でマルトと手を繋ぎ、私達は町に戻る道を歩き出した。
「いいんだよ。叔父さんは頑固だから大変だったでしょ」
「うん。土下座した。土下座しすぎて三点倒立になった」
「さんてん........?なんか凄そうだね!
ーーーーあ!“神様”見せるんだった。ここからすぐ近くだからいこうよ」
神様、か。そう言えば見に行くって約束したな。時間は思ったより遅くなってしまったが、........彼女の両親にはしっかり謝らないとな。
「わかった。見に行こう」
「いこー!こっちだよ!」
ウキウキとした様子で私の手を引き、マルトは先程見掛けた樹木の方に向かって歩き出した。彼女の後ろ頭の綺麗な分け目や、プラプラと揺れるお下げ髪を眺めながら、私はぼんやりと後に続いた。
自分の手の中にある小さな手を、彼女のためにも振りほどいてあげたい。己の中に湧き上がるその衝動を抑えていいものか迷いながらも、繋いだ手は離さなかった。
樹木は周りの木々より何倍も大きく、そして太かった。天に向かって真っ直ぐと伸びる太い幹の頂点に、丸みのあるとても巨大な岩が上手いこと分かれた幹に引っかかった状態で乗っていた。見間違えかと思ったが、どうやら本当に乗っていたようだ。
「うわぁ、すごいね。どうしてこうなったの」
「ふふんっ」
マルトは私の手を離すと、両手を腰に当てて得意げに胸を張った。
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