3-3

マルトの叔父の家は、町から少し離れた森の中にあった。灰色の壁の小さな家で、1人で住むには丁度良さそうだ。近くに工房らしき小屋もある。

周囲の木々は元々生えていないのか切り倒したのか、家の周りだけ開けていて日光が降り注いでいる。色とりどりの花が整備された状態で咲いており、これはマルトと母親が時々世話をしているらしい。

当の家主はあまりこれを気にしていないらしく、よく見ると端の方の花は踏まれて潰れているものもあった。




「叔父さん!」



ノックも無しに勢いよく玄関のドアを開けたマルトは、家の中に向かって大きな声で呼び掛けた。彼女について中に入ると、部屋の壁にはたくさんの刃物が飾られていた。包丁やナイフはもちろん、斧や剣、畑仕事に使うような鎌や鍬もある。

刃の付いた物自体が好きで作っている、といったところか。職人というよりは芸術家に近い気質を持っていそうだ。



「待っててね!」マルトはそう言い残し、家の奥に走って行ってしまった。

取り残された私は、とりあえず壁の刃物を見てみることにした。窓から入り込む陽光を受けて鈍く光る刃物たちは、確かに美しいものだった。私にはその手の造詣は無いが、それでも刃物の曲線や色には目を見張るのがあると分かった。



様々な刃物の中で、私は玄関の近くに掛かっていた3本のナイフが気になった。どれも似たような形をしていたが、よく見ると微妙な違いが見える。刃の曲線や持ち手の角度、光を弾く強さもわずかに違う。


その三本の中の一番右の一本に強く興味を引かれ、手を伸ばして触れようとした。



「触るな!」



と、背後から男性の怒鳴り声を浴びせられた。もちろん、私は無視してナイフを掴んだ。もっと穏やかに、触らないでくれと言われたなら従いたいものだが、怒鳴られると#些__いささ__#か反抗したくなる。



「あ、ごめんなさい。もう触っちゃった」



私を怒鳴りつけた男性は、頭をガジガジと掻きながら、ため息混じりに「クソが」と悪態を吐いた。彼の頭髪も赤いが、マルトのそれよりは若干茶色がかっている。



「これ売ってください」


「売り物じゃない。ナイフなんか町の店にあるだろ。そっちに行ってくれ」


「しかし、マルトにここで買えると聞いたのですが」



男性はマルトキッと睨みつけるが、彼女は微塵もうろたえる様子もなく、ただ可愛らしく舌を出して笑った。「お前!」マルトを捕まえようとする男性の手をスルリと避け、彼女は私の元に戻ってきた。そして私の腰に抱きついて、「叔父さん、お願い!」と甘えた声を出した。うん、可愛い。



「お金なら払いますよ」


「幾ら出しても無駄だよ」


「でも欲しいです。どうしてもダメですか?」


「それは人に譲れるようなものでも、売れるようなものでもない」



その口ぶりから、単なる意地悪ではなくてナイフ自体を恥じている____........というか、出来に納得していないらしいことが解った。


確かにここにある刃物は美しいが、よく見れば僅かな歪みがある。気に入らないものをわざわざ飾っている理由は、さすがに分からないが。

もしかすると彼はただ不器用なだけで、実際はただ自分に厳しい人なのかもしれない。



「売れるようなものではない、ならタダでください。ありがとうございます」


「ちょっと待て。なんでそうなるんだ」



うーん、さすがに強引すぎたかもしれない。



「ごめんなさい、あまりにも素晴らしかったので、欲しくて仕方なくなりました。

私はミミと申します。旅をしておりまして、身を守るためにいい武器を探しています」


「だから、町にある店に量産品のナイフが安く売られている。それを買えばいいだろ」



壁際に置かれていた木製の椅子を引きずって私達の近くに置くと、私がナイフに手を出さないよう見張るかのように、男性はそれに座った。

腕を組んで私の手元を睨み付けている。


よく見ればいい男だ。歳は30代あたりか。宿屋で会ったマルトの父親は人の良さそうなおじさん、という感じの男性だったが、目の前に居るその弟は狼のような鋭い目を持ち、通った鼻筋はツンと高い。こういう整った顔の人の睨み顔は、凡庸な人のそれよりずっと恐いし迫力はあるが、同時に目を惹かれてしまう。



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