2-9

それは5歳くらいの女の子で、ピンク色のワンピースを身につけた可愛らしい子だ。長い赤毛を二つに束ね、三つ編みにしている。左目に泣きぼくろがあるが、今は満面の笑顔を浮かべている。



「いらっしゃい!旅人さんですか?」


「まぁ、そんなところ。

このお兄さん、私の連れなんだけどさ。凄い疲れちゃっててさ。早いとこ宿で休ませて上げたいんだ。案内できる?」


「いいよ!私のおうちが宿屋だから、一緒にいこう」



なるほど。こうやって客を呼び込む算段なのかもしれない。この子自身にはそんなつもりはないだろうが、親は少なからずともそれを目当てとしてそうだ。........もし私がこの子の親なら、間違いなくそう考える。社交的で可愛い娘、見事な客寄せだ。断りにくいしな。


「お兄ちゃん、大丈夫?」少女はこちらに駆け寄り、私と繋いでない方のクロスの手を掴んだ。もう少しだから頑張って、と明るい声で励ましながら、私と一緒になって彼の手を引く。........いい子!




「お嬢ちゃん、君の名前は?」



両手を引かれて歩きながら、ある程度息が整ったところでクロスが尋ねた。少女はクロスを振り返り、丸い目でまっすぐに彼を見上げた。振り返った瞬間、お下げが宙を舞った。


「マルトだよ。昨日5歳になったの」


「お、それはおめでとう。誕生日プレゼントもらった?」


「うん。このリボン!」



己の三つ編みの先を持って、そこに結んであるリボンを見せるマルト。ピンクのリボンの縁は、小さなレースで飾られている。物で溢れた世界で育った自分には、そんなもので嬉しいのかと感じてしまう。しかし彼女の屈託のない笑顔からは、大いに満足していることが伺えた。





「この三つ編みもお母さんがしてくれたの!可愛い?」


「すごく可愛い。お姫様みたい」



私が言うと、マルトは頬を緩ませた。そして



「お姉ちゃんも、すごくすごく美人だよ!

お兄ちゃんもかっこいい........、いや、可愛いよ!」


「ど、どうも........」












階段を上って入った先には、目当てとしていた町が広がっていた。崖下とは違い地面には植物が植えられ、町の向こうには森が見えた。建っている建物は、レンガ造りが多い。広さはそこまで大きくはないようだが、程よく#栄__さか__#えているのか#人気__ひとけ__#は多い。


町の中心には円形の広場があり、そこで小さな子供達が追いかけっこをして遊んでいた。「あそこだよ!」広場に面した建物の中の一つを指さして、マルトが言った。赤い屋根、白い外壁の建物で、おそらく三階建てだろう。



宿屋に近づいていくと、甘い香りが漂ってきた。花や香水のそれではなく、お菓子を焼いているような、美味しそうな香りだ。思うところがあってクロスの方を見てみると、案の定嬉しそうな顔をしていた。疲れていても食欲はあるのか。



「何かわからないけど、........あの、アレを使うと甘い物がほしくなるんだ」


「ああ、アレね」






忘れていたが、この国は魔法使いを嫌っているのだった。アレ、とは魔法のことだろう。



「いらっしゃい」



マルトに続いて宿屋に入ると、彼女と同じ赤毛の男性が我々を出迎えた。カウンターに座り、何やら分厚い本を読んでいた様子だ。「お客さんつれてきたよ!」マルトは男性に走り寄り、勢いよく抱きついた。


立ち上がった男性が愛想のいい笑顔を浮かべ、こちらに歩いてきた。私の顔を見て一瞬、何かに気付いたように表情が固まったのが少々引っかかるが、悪意は無さそうなのでスルーしておこう。



「どうも、この宿の主人です。

うちの娘がなにか、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「とんでもない。むしろ私の連れの方が彼女に迷惑を掛けました」



そう言う私の横で、クロスが小さな声で「悪かったな........」と唸るように呟いた。



「部屋#空__あ__#いてますか?一部屋で結構です」


「はいはい、実は現在ちょうど一部屋しか空いてないんです。ベッドも一つですが、それでもよろしいですか?」


「構いません。お願いします」



ベッドが一つ、と聞いてクロスが私を見るのが分かったが、無視して了承した。彼には悪いが、知らない世界の知らない町で、あまり一人になりたくない。



「安心しろよ童貞。襲ったりしないよ」


「いや、別にそこは考えてなかったけど........。どうせ僕が床に寝るんだろうなぁって」



その通りである。彼は頭がいいな。




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