2-8
「それは大丈夫」皮袋の水をラッパ飲みするクロス。この町は治安がいいし、住人の性格の傾向も全て調べた上で選んだんだ。ここには僕らを騙そうとしたり、その他の悪意ある行動を取るような人はいない。そこまで肝がすわってないとも言える、と。
「クロス、これから先も移動する度に毎回そんなにバテられたらお荷物なんだけど。捨ててくか途中で殺して食糧にするよ?」
「冗談じゃなくて本気で言ってんの、ほんとおかしいよね。
大丈夫だよ。急な変化に体がびっくりしてるだけだから。すぐ慣れるよ」
ついでに、と、人差し指を立ててクルクルと回し、己の額にあてた。
「慣れるまで、多少魔力で自分を保護するようにするから」
「それってこの前時間止めた時みたいに吐いたりしないの?」
「平気」
魔法の種類が違うそうだ。以前私が死ぬ直前に地球の時間を止めた魔法は、自分の体を犠牲にして世界の理を歪めるもので、今回の魔法は自然エネルギーを使っているとかなんとか。流暢な説明をしていたが、要点以外はさっぱりだ。別に私は魔法を学ぶつもりは無いので、知らなくても困らないだろう。それくらいでいい。
会話もそこそこに、私達は崖の下まで来た。下から見上げてみると、とても高い崖だ。これはまたクロスがバテるぞと思いながら、私はさっさと階段を登りだした。クロスは不満そうな表情を浮かべながらも、重い足取りで私の後から階段を登った。
階段の角度は思っていたより緩やかで、一段一段もさほど高くはなかった。踏み固められて平らな階段から、普段からここを利用しているのが伺えた。入口の印象から閉鎖的な所を予想したが。
「おーい!」
階段を八割ほど上ったあたりで、頭上から声を掛けられた。見上げると、崖の上から誰かがこちらを見下ろして、手を振っているのが見えた。「お客さんだ!いらっしゃい!」その声は子供の声で、どうやら女の子のようだった。
「呼んでるよ。早く行ってあげよう」
「ちょっと待って、もう少し、ゆっくり、行こう」
ハアハアと大きく息を切らしたクロスに、やんわりと服の袖を掴まれた。魔法で保護していると言っていたが、それでも今の彼自身の体力ではきついらしい。私が屈強な男だったら彼を抱えて行けたのだが、残念ながらそうではない。
「おじいちゃーん、足元気を付けてねー」
なので、袖を掴んできた手を引いてやることにした。煽ったのはご愛嬌だが、彼は少々カチンと来た様子である。恨めしげに私を睨み上げながら、無言で階段を登り続けた。しかし、素直に手は握り返してきた。
まるで弟みたいだ。あの子は負けず嫌いで、転んだところに私が手を差し伸べた時ですら、悔しそうな顔で、しかし素直に手を取って立ち上がった。助けられたことが悔しいのではなく、転んでしまった自分の不注意と、失敗した自分の弱さが悔しかったのだ。
「そういえば、クロスって何歳?」
「18」
「歳上かよ。頼りないなぁ」
「うるさいなぁ!これから強くなるの!」
「おう、頑張って」
無理はせずに辛い時は人の助けを素直に受け入れ、そして負けず嫌いなクロスの性分は好感が持てる。少なくとも、今まで出会ってきた人の中では一番、嫌いではないと思える。ただ、悪意や下心が見えないところには、自分の理解が及ばないだけに恐怖に近いものも感じているが。私も人を疑いすぎなのだ。
階段の頂上がすぐ目の前、というところで、先程私達を呼んでいた人物が待っていた。
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