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 翌日、私達は早速山を降りて出発することにした。この世界に来た時に着ていた部屋着はさすがに着れないので(着ようにも上しかないし)、クロスの服を借りた。

 身長が同じくらいで、クロスが細身なのもあって、案外ちょうどいい着心地だった。もちろん下着まで借りることになってしまったが、思いの外気持ち悪いということもない。しかしながら、いつまでも人の褌を履くような状態でいるわけにもいかないので、降りた先で適当な町でも見つけて、身に付けるものを入手しなくてはならない。



「さて、とりあえずこの山から一番近い町に行こうか」


「うん。その前に一つ聞きたいんだけど」


「なに?」



 着替えて寝室から居間に出てきた私を、既にそこで待っていたクロスが出迎えた。彼はいつも通りの、シャツにパンツというシンプルな服装をしていた。膝下まであるブーツを履き、肩には足元まで隠れる長さのマントを羽織っている。そして、



「その眼鏡、なんなの」



 なんか眼鏡掛けてる。しかもただの眼鏡ではない、瓶底のように分厚い丸いレンズに、ハッキリと渦巻き模様が刻まれている。



「これは変装。僕はほとんどの人生を、師匠の元で引きこもり同然に生きてきた。故に外界の人間に顔はほとんど知られていないはずなんだけど、........まぁ、一応ね。


 もし魔法使いの僕が居ると知られたら、この国では面倒になるからね」


「あー、そう言えば魔法使いを嫌ってる国なんだっけ。........っていうか、もっと普通の眼鏡とかなかったの?」



 アニメのキャラクターで、似たようなものを掛けてる学級委員を見た事がある。こんなもの、実際に掛けている奴は初めて見た。ふざけているとしか思えない外見だが、クロスは至って真面目な表情で、キョトンと首を傾げた。「日本じゃポピュラーなデザインだって聞いたけど」ーーーーあながち間違いではないが、まぁ、いいか。ほっとこう。




「さて、荷物をまとめたよ。これ君の分」



 茶色のショルダーバッグを手渡され、それを肩にかけた。中身を見てみると、果物のような実やパン、水の入った皮の袋が入っていた。



「そのビスケットは僕の好物だから、つまみ食いしてもいいけど少し残しといて」



 遠足じゃないんだから.......。

 クロスも同様のショルダーバッグを肩に下げており、見た感じペシャンコで中身は入っていないようにみえる。しかし、彼が玄関のドアの脇に置いてあった長い杖を、その中にいとも簡単に入れるところを見てしまった。どうやら、クロスのそれは特殊なバッグのようだ。




「昨日はとりあえず町に降りて道具や服を揃えるだけにしよう。君もだけど、僕もこの世界で外に出かけるのは初めてだからね。最初から焦って、どんどん先に進むのはよくない」



 走る事よりも先に、まず歩くことを覚えろ、ということか。その考えには私も賛成だ。変に気張って無理をするのは、私もあまり好きではない。



「もう一つ質問」


「はい。なんだね」


「私達がいるこの場所は、標高何メートルくらい?」


「2000」



 なるほど。標高2000メートル。「最初から焦って、どんどん先に進むのはよくない」だっけ。どの口が言うか。そんな高さの所から、山の麓の町まで行くなんて。この子はちょっと世間知らずなのだろうか。



「あのさ、その顔で分かるけど、なにも僕は歩いて山を降りるなんて考えてないんだよ。

 僕をなんだと思ってるの。魔法使いだよ?」


「なるほどね。つまり魔法で町まで移動するってことね」


「そう。厳密には“町の近くまで”だけどね」




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