2-3

 顔を上げて彼を見ると、マグカップを持ってない方の手で拳を作り、口元を隠しながらそっぽを向いていた。見てわかるほどに赤面しており、なんというか、恥ずかしがってるのは私だけではないことがわかった。



「クロス、あんた童貞?」


「はぁ!?うるせぇな!」


「ああ、図星なんだね」



 恥じらいを隠すためか、彼は下唇を噛んで顔を顰めながら、マグカップを乱暴に置いた。



「仕方ないだろ。僕は今までほとんど外界に触れてないんだから」


「えっ?」



 外界に触れてない、ということは、人との接触がほぼ無かったということだろう。人で溢れた日本で生まれ育った自分には、とても想像がつかない。人が周りにいる煩わしさや、誰もいない時の寂しさを、彼は知らないのだろうか。



「寂しくはなかったよ。師匠が居たからね。彼は僕の命の恩人なんだ」




 私達が今いるこの国は、魔法使いに対して嫌悪感を抱いている国だという。クロスが生まれた地域ではそれが特に強く、生まれたばかりの赤ん坊の時期から魔法を使っていたクロスを、両親は殺そうとしたそうだ。「それを救ってくれたのが、師匠なんだ」モルドールはクロスを保護したあと、弟子として育てた。



「もちろん、ここ以外の国では魔法使いが生きやすい所もある。けど、師匠はここを根城にしていたんだ。目的は恐らく君なんだろうけど」


 それ故に、今までほとんど山から降りず、人との接触を避けていたということか。生まれて直ぐに両親から殺されそうになるなんて、私もあまり人に言えたことじゃないが、悲惨な生い立ちではないか。私のほうも、少々無神経だったな。



「いいんだよ。お互い様でしょ。そんなことよりも、」



 と、クロスは軽く手を叩いた。「君はこれから、ここを降りて“ねじ”を探しに行かなくてはならない」まだ僅かに赤らんだ頬をゴシゴシと擦りながら、そう言う。



「もちろん僕も同行するよ。君は無力だしこの世界には不慣れなんだし。だから、ちゃんと守るよ」


「無力........か」



 面と向かってそんなことを言われると、ちょっとだけ傷付くものがある。とは言え、事実なんだから仕方ない。



「師匠は“救世主は優れた直感で“ねじ”を見つける事ができる”って言ってたから、とりあえず君がなんとなく行ってみたいと思う方向に向かおう」


「お、おう」



 お師匠さん、ちょっと適当な遺言ばかり遺しすぎじゃないか........。




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