2-2

 クロスは私の発言を聞いて、唇をポカンと半開きにした。スウッと息を吸い、一拍呼吸を止め、目を泳がせた。初めて気付いた事があって、それに考えを巡らせようとしてる様子だ。




「あー、そっか。そこまで考えが行かなかった。確かにそんな感じだ」


「................」



 この子、ちょっと抜けてるのかもしれない。



「まあ、一応おおよその話はぼんやり分かったよ。君に協力する。

 でも、私はその救世主じゃない可能性もあるからね。そのことは忘れないで」


「そうだね。僕も実を言うと半信半疑なんだ。目の前で君が実際に“ねじ”を破壊する所を見ないことには、ね」


「そりゃそうだ。ーーーーところで、」



 話の内にシチューの最後のひと口を食べ終え、スプーンを皿の上に置いた。この2日、私はほとんどベッドの上で過ごしていた。その間クロスは、私の額に水で冷やした布を乗せたり、ーー思い返せば少し気まずいが、汗で濡れた服を取り替えたりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。


 それはいいのだ。気になるのは、寝ている私の体の上で手を翳し、何かをブツブツと唱えているところを夢現に見た覚えがあるのだ。



「あれか。あれは君の身体の状態をリセットさせていたというか、整えていたというか。まぁ、早い話が治療していたということだね」


「そうだったのか。ごめん、厨二病かと思ってた」


「君に言われたくないけど。

 それでさ、これは仕方の無いことだから許して欲しいんだけど、君、今生理中だよ」



 君が動けない間、君の下着を替えて処理した。本当にごめん。

 なんとも率直に話すものだ。無神経とも言えるが、確かにこれは本人に伝えなくては後々困ることだ。


 彼の魔法で私の身体の治療をした際、それまで服用していた薬の効果もリセットされたということだろう。私が母から毎日飲むように言われていたあの薬は、避妊薬だった。私はその事を感付いてはいたが、はっきりさせることは避けてきた。事実を受け入れられる気がしなかったのだ。


「僕は女じゃないから詳しいことはよく分からないけど、なるべく早めに正常な状態に戻そうと思って。薬の効果が無くなったことを確認したいのもあって、ごめん、ちょっと調節した」


「別にいいけど」



 どこからかマグカップが2つ飛んできて、テーブルに着地した。入れ替わりに空の皿が飛び上がって、キッチンの方に消えた。マグカップからは湯気が立ち上り、甘いチョコレートの匂いがした。どうぞと手の動きで勧められ、マグカップに手を伸ばした。



「ところで、処女膜はどうする?戻せるけど」


「あっっ................えぇ!!!?」



 さすがに驚いた。ココアを飲む前でよかった。慣れているのか、それともよく分かっていないのか。ーーーーなんとも思ってないのかもしれない。なんてこともないような、淡々とした口振りでとんでもないことを訊かれ、さすがに顔に出てしまうほど恥ずかしくなった私は俯いて膝を見下ろした。



「そういうのって人によるけど、大事なもんじゃないの?一応元の状態に戻せるよ」


「........いや、いいです。今更そんなもの、要らないです」


「ああ、そう。だよね」



 クロスは素っ気なくそう言うと、マグカップを持ち上げて何度も息を吹きかけた。猫舌らしい。私も少し息を吹いて、ココアの水面を軽く啜る。暖かいものが喉を下り、身体を温める。

 初潮は父に襲われる少し前にあった。あの時はとても腹が痛くて、病気なのかと思った。今も下腹部は痛むし、身体も重く感じる。久しぶり、いや、ほぼ初めてに近い感覚だ。



「ごめん、さっきから無神経なことを」


「気にしないでよ。仕方ないことなんだから」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る