1-6
「余計なお世話かもしれないけど、君の母親について色々調べたよ。
彼女は本当は息子が欲しかった。だが最初に産まれたのは君だった。君のことが疎ましい感情はあったけど、世間に“良い母親”の自分を見せたい気持ちからそれを抑圧してた。そして5年前、君の弟が産まれた。
君の父親の遺伝子と、元モデルである自分の遺伝子を合わせた、イケメンな息子を作るために仕方なく性を受け入れていたが、息子が産まれた以上もうそれは必要なくなったわけだ。
何より、君の父親は乱暴だからね。君もよくわかってる通り、ね」
かなり皮肉な口調で付け加えられた最後に、私も思わず鼻で笑った。確かに、父のそれは乱暴で、人を物のように扱う、独りよがりな行為だった。
少年の言おうとしていたことは、薄々分かった。つまり、母は父の相手をしたくないので、代わりに私を差し出したのだ。父が自分の意思で私を襲ったのではなく、母がそうするように言ったのだ。
「風俗に行くのは病気のリスクがあるし、君の父親は気に入った女しか抱かない人だからね。ーーーーこれだけ聞くと、いい男に感じてしまうね。これだけ聞くと」
「あなた、面白い人だね」
「........うわぁ。皮肉じゃなくて心から面白いと思ってるでしょ、その顔」
「うん」
「君も、かなり面白い人だよ、うん」
まぁ、とにかく、母は私を身代わりにした。しかし罪悪感は人並みにあったのだろう。私に見せた今までの彼女の態度は、嘘には見えなかった。もしあれも演技なら、とんだ悪女だ。
私が死ねば、また再び母は父の相手をするのかとは思うが、この表情から察するに恐らくそれも長くは続かないのだろう。父を殺すか、それとも他に身代わり
アテがあるのかも知れない。母には双子の妹がいる。彼女は実家で仕事もせず引きこもっているらしいが、母と顔が同じなので、きっと父は満足するだろう。
そして弟は、長男として可愛がられ、そして姉が「ベランダから落ちて死んだ」から、周囲に哀れまれて優しくされながら、生きていくのだろう。
諸悪の根源は母で、そして父はその傀儡と言ったところか。私は母にとっては産みたくなかった子供で、父への生贄として育てただけの娘だった。自分の母親は、悪意に満ちた願望や策略で生きている、とんでもない女だったということが、よくわかった。
「じゃ、改めて聞くけど、どうする?戻りたい?
多分戻っても無理やりベランダから落とされて死ぬか、他の方法で殺される確率が高いけど」
「........だね。ここまで痛めつけられた様子だと、多分どこか骨が折れて居たりするだろうね。肋骨とか」
折れていないとしても、痛みで動くのもままならないだろう。2人を振り払うために暴れる力も、出せないだろう。どちらにせよ、死ぬのかもしれない。それに父はもちろんのことだが、母までもが曲者だと分かった以上、仮に生き延びたとしても私はまともに生きれる気がしない。以前と同じか、それ以上に酷い生活になりそうだ。そして最終的に自殺するか、遠くに逃げて体でも売って日銭を稼ぐ生活を選ぶだろう。親に従って玩具にされながら、親の選んだ学校に通って親の望んだ職業に就くなんて、全てを理解した時点でもう無理だ。死ぬか、物理的に離れるかで逃げるしかない。
「少なくとも、この世界は今まで生きてきた世界よりも、ずっとまともに生きれそうだね」
「まともには生きれないよ。君には役目があるからね」
「........ハッ、なにそれ。世界を救う救世主になれとでも言うの?」
鏡を覗き込むのをやめ、椅子に座り直した。背もたれにもたれ掛かり、膝と腕を組んで少年の顔を軽く睨みつけた。こいつ、私をどうにかするつもりなのか?ならば殺してしまうのもいいだろう。どうせ異世界だ。今更日本の法律を恐れることもない。私は私の身を守るためなら、殺人だろうがなんだろうが、やってやるさ。
「そうだよ。救ってよ。
そのために君を待ってたからね」
「ふむ........」
どうやら、本気らしい。ふざけてもいない、嘘を言ってる感じでもない。
「意味がわからないんだが?」
「うん。だから後で説明するよ。
とりあえず、もう“こっち”の君は死なせてもいい?
僕の魔力で時間を止めるのも、そろそろきつくなってきた」
「ああ、それでいいよ」
確かに、少年の顔色は先程から悪くなる一方だった。ただでさえ透き通るように白い肌が、今では白を通り越して真っ青だ。眉間には僅かに皺が寄り、少々呼吸が荒いのも見て取れる。
「わかった」早口で言いながら、彼は指を鳴らした。すると、鏡の中の光景が動き出したのが伺えた。さすがに自分の死に際は見る気にはなれず、私は椅子にもたれたままぼんやりと天井を見上げた。日本、地球における私の人生はこれで終わり、この世界で言わば第2の人生ってやつが始まるのか。不思議な感覚だ。だって普通は、死んだら終わりだもの。
と、惚けている私の向かいで、少年が立ち上がった。慌てた様子で何処かに走り去り、その後、........なんというか、明らかに嘔吐してる音が聞こえた。
そんなにしんどいなら、私のために日本の時間なんか止めなきゃいいのに。
まぁ、それも優しさなのだろうか。私の意思を尊重しようという、彼なりの。
「大丈夫?」
げっそりとした顔で戻ってきた少年に声を掛けた。少年は小さく頷きながら、再びテーブルの向かい側に座った。
「さて、まずは自己紹介をしよう。僕の名前はクロス。魔法使いだよ」
と言って、テーブルに両肘を置いた。両手を組んでその上に顎を乗せつつ、薄く微笑みながら私の目を見た。眉を釣り上げて、君も自己紹介くらいしろと無言で促してきた。
「私の名前は、........あー................ミミ」
自分でも違和感を覚える自己紹介だった。なぜなら、それは産まれたときに付けられた名前ではなかったからだ。だがしかし、即興でもなかった。自分の名前ではないが、いつか一緒に遊んだ、あの子の名前。あれは何歳のことだったかしら。
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