1-4


 むしろ私が死ねば、娘が死んだ両親、姉が死んだ弟として世間から哀れんでもらえる。同情で多少の得もできよう。少なくとも、父はそういうものを喜ぶ人間だ。

 少年も私の返答には驚いたようで、一瞬足を止めかけた。が、すぐに立て直してスタスタと歩き続けた。



「どこに行ってるの、これ」


「あそこ」



 細い腕を伸ばして指さす先には、ゴロゴロと転がる岩の群れがあった。何にもないように思えるが、と少年に再度問いかけようと思った。「あー。なんて分かりにくい」岩しかないように見えたが、よくよく見れば岩に隠れて小さな小屋が建っていた。周囲の岩に溶け込むように、岩に似せた模様が描かれているようだった。



「あそこで、ずっと君が来るのを待ってたんだ」


「........はぁ?................はぁ。そうなの」



 さっぱり分からん。なんでこの人に待たれていたんだ。一体何故だ。ずっとって、どれくらいだ。



「まぁ、そこらへんの疑問には後で答えるよ」






 少年に連れられて小屋に入ると、まず中の広さに驚いた。外から見た大きさだと、公園の公衆トイレ(しかも男女分かれてないタイプ)くらいのもなのに、中はとても広かった。そして1階建ての小屋なのに、どういう訳か階段がある。なるほど、魔法というのもあながち嘘ではないようだ。


 木製の壁と床の広々とした部屋の真ん中に、正方形のテーブルが設置してある。椅子は二脚、それぞれテーブルを挟んで向かい合った位置にある。窓もきちんとあるが、カーテンなどは付いてない。


「とりあえずこれ、僕のだけど着てくれない?」と、少年はズボンと下着を投げて寄こした。




「どうも........」



 もちろん男性の下着なんて、しかも新品ではなく私物なんて、履くのは少々躊躇われる。だが、背に腹はかえられないものだ。いわゆる異世界で、下半身は裸、そして当方女という状況だ。他人の下着だとしても、無いよりはマシだ。


 マントで見えないように隠しながら、私が下を履いている間に、少年は椅子に座ってテーブルに膝をついていた。



「履いてくれて良かった。もし男物を嫌がったらどうしようかと思った。目のやり場に困るからね」


「まぁ、私もノーパンは心許ないしね。ありがとう。ーーーーちゃんと洗濯してあるよね?」


「当然のこと聞かないでくれる?........じゃ、座って」



 促され、少年の向かいの椅子に座った。座ってみて気付いたが、椅子に対してテーブルの大きさが微妙にミスマッチだ。不便なレベルではないが、少しテーブルが大きい。テーブルの真ん中に小さな丸い鏡が置かれていた。鏡面は上に向かって置いてあるが、天井を映してはいなかった。鏡の中には、何やら暗い空間があるように見える。



「中を見て」その前に説明をして欲しい気持ちはあったが、世の中には百聞は一見にしかずという言葉もある。それに、彼が先になんの説明もしないのは、彼なりの考えもあるのだ。それを私の都合で思い通りにさせるのは、気が引ける。



 椅子から立ち上がって、その鏡を覗き込んだ。すこし体勢がキツかったので、椅子に膝を乗せてテーブルに両手で体重をかけた。

 鏡の中は真っ暗で、何にもないように見えた。が、よく見ると暗闇に浮かび上がる影があった。



「君が死ぬ直前だよ」



 と、言われても、よく見えないのでピンと来ない。どうやら中央に人が横たわっているようなものが見えるが、これが私なのだろうか。「ちょっと見やすくするね」少年が右手を翳すと、鏡の中の光景がじんわりと明るくなっていく。便利なものだなぁと感心しつつ、目を凝らした。




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