1-3
水の流れに向かったままマントを被ってしゃがみこんでいる私の横に、その人が膝をつく。丈夫そうな革のブーツを履いた、華奢な足が視界に入った。
「僕の師匠は、これを飲んで死んだんだ。
これを小さな水瓶いっぱいに汲んで来て、僕に遺言を残しながら、飲みながら、ゆっくりと自殺したんだ」
「........へぇ」
そんな時間のかかる死に方より、さっさと首でも吊れば楽になれただろうに。死ぬのは一瞬がいい。ゆっくりと死ぬなんて、真っ平御免だ。マントから頭を出し、天を仰いだ。ああ、死ぬならこの空を見ながら死にたいな。
「ところで、ここはどこなの?」
傍らに座る人を見て、話しかけた。私と同じくらいの年代の少年で、少しクセのある金髪で、青い目をしている。とても肌が白く、顔立ちはなかなかに整っていた。整いすぎて、女の子にも見える。
「少なくとも、君が住んでた日本、いや地球ではないね」
声は低めで、同年代らしからぬ落ち着いた口調をしていた。小ぶりの鼻を上げて、先程までの私と同じように空を見上げる少年。
「更に言うと、君は“まだ”死んではいない。
けどこれから死ぬ予定だ」
「........は?」
思わず素っ頓狂な声と顔で驚きながら、少年の顔を凝視した。
「まぁ、ちょっとね。僕の力であちらの時間を止めてるんだ。
長くは持たないから、君には早めに決断してほしい」
そう言って少年は笑って見せたが、何だか妙に下手くそな笑顔だった。ぎこちないというか、緊張しているというか。
「ついてきて」少年はスっと立ち上がると、腕を引っ張って私のことも強引に立たせた。腕を掴んだまま、彼は私を連れてその場を離れていく。
「あなたの力、ってどういうこと?」
「ん?ーー魔法」
「はぁ........。そりゃすごい」
言葉と口振りが一致してない私のセリフに、少年が小さく吹き出した。今度は下手な笑顔ではなく、自然な、楽しそうな笑顔だった。しかし、それを直ぐにひっこめて、
「本当は君が死んでからこちらに転移させても良かったんだけどね。一応、君の意思を確かめておきたいと思ったんだ。今は君の魂だけが肉体を離れている状態だよ。
君が望むなら、死ぬ直前に戻れるよ」
「戻れるなら、戻りたいかも」
口をついて出てきた己の言葉に、私は驚愕した。戻りたいのか?
あんな地獄のような家に、また戻って生活をしたいのか?
私を貶める父や、私を生贄にしている母の顔を、また見たいのか?そんなわけない。
心残りと言えば5歳の弟だけだが、あの子は私よりも親に大事にされている。父も絶対、あの子には手を上げたりしないだろう。つまりあの家庭は、私が居なくても別に、不幸にはならないのだ。
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