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 身体中の痛みと下半身に何も身に付けていないことを覗けば、私自身のコンディションは万全だ。


 私はさっそく、後ろ向きになって足元の手頃な岩の凹凸に手をかけた。そしてゆっくりと足を降ろしていきながら、体重を掛けられそうな凸凹に足を探す。爪先が岩に擦れて少し痛い。腰を落とすと、下腹部がズキンと痛む。その痛みが、自分がまだ生きていることを感じさせた。ついさっきまで死にたいと願っていたはずなのに、それが何故か嬉しい自分がいる。



 ーーもしかしたら、本当は死にたくなかったのかな。



 死にたかったのは私の勘違いなのかもしれない。だってこんなに、自分が生きてることが嬉しいのだから。



「うぅっ........くっ」



 気付いたら、私は泣いていた。泣くのなんて、本当に久しぶりだ。嬉しくて泣くのなんて、初めてかもしれない。喉の奥から零れてくる嗚咽が我慢できないまま、私は泣きながら岩を降りていった。自分の体が、自分の思い通りに動いていることが、どうしてこんなに嬉しいのだろう。


 今が、今こそが私は「生きている」のかもしれない。今までの私は、少なくとも4年前からの私は、死んでいたのかもしれない。










 情けなく泣き声を上げながら、大岩から降りた。傾斜がなだらかだったお陰で苦労はしなかったが、降りる間ずっと中腰の姿勢を保っていたせいか、かなり疲れが出た。気管が軽く押し潰されているような息苦しさを覚えながら、大岩を降り終えた辺りにあった丁度いい大きさの岩のそばにしゃがみ、寄りかかった。口の中が乾いている。これは水分を取らないと危ないかもしれない。



 幸いなことに、どこか近くで水が流れる音が聞こえていた。それはチョロチョロと僅かな流れで、小川と呼ぶにもなんとも心もとないほどの、かすかな流れのように思えた。気力を振り絞って再び腰を上げた。音のする方に耳を済ませながら歩いていくと、本当にかすかな、小さな水の流れを見つけた。

 膝を下ろしてその水を見る。なんだか灰色をしているようにみえるが、水は水だ。喉さえ潤せれば、あとはどうでもいい。さっさと飲んでしまおう。


 そう思って、私は体を丸めて水に手を伸ばした。






「えーっと、やめといた方がいいと思うよ。死ぬから」



 そんな私の背後から、誰かが声を掛けてきた。まず最初に考えたのは、今の自分の格好だ。はっきり言ってみっともないし、前かがみになっているので尻が丸出しのはずだ。そうなると、背後から声をかけた人物にはそれが見えているわけで。........恥ずかしくてとてもじゃないが、振り向いて相手の顔を見ることは出来ないな。



「ごめん、別に見るつもりは無かったんだけど。これどうぞ」



 なんと優しいことか、その人は大きな布ーーーーおそらくマントだろうーーーーを、私の頭から被せてくれた。有難い。これで羞恥心が消えるまで顔を隠せる。



「この水はね、この山にだけ存在する毒の成分が含まれているんだ。1口飲んだら下痢する程度だけど、多分君は、がぶ飲みするつもりだったでしょ?

 さすがにそれは死ぬよ。最初は目が回って、だんだん舌が麻痺してきて、舌の表面から血が噴き出す。最終的に、全身から出血して死ぬことになる」



 難しいことはよく分からないが、とりあえずこれを飲んだらろくな死に方はしない、ということだけは分かった。




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