一章

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 一章




 死んだと思ったが、残念ながら違うらしい。身体が投げ出され、後頭部に固いものがゴツンとぶつかった。しかし、手が触れた感触が明らかに私の自室のベッドでも、床でもなかった。


 もっとザラザラとしていて、まるで岩のようだ。しかも地面は凹凸が激しいらしい。背中や腰、色んなところに痛みが走った。



 ハッとして目を開いて、視界に飛び込んできたのは部屋の天井ではなく、清々しい青空だった。



「........え?」



 屋外だ。さっきまで私は、自宅の自室に居たはずだ。そして父に怒鳴ったせいで、殴られた。そこで意識が途切れたのは覚えている。


 しかしながら、これはありえない事だ。どう考えてもここは家の中ではないし、それどころか住んでいるマンションの近所でも無さそうだ。




 後頭部を擦りながら起き上がる。頭にいくつかコブがある。下腹部ーーーーおもに自分の大事なところがーーーー鈍く痛み、ヒリヒリしている。その痛みが、最前まで父にされていたことを嫌でも分からされた。


 周りは岩が多く、風が強い。平地では無さそうだ。むしろ山の頂上のように感じる。



 感じる、というよりはこれはおそらく、山の頂上だ。しかもかなりの標高のようで、私の周囲およそ10数メートルの切り立った岩場は、見事に雲の海の上に飛び出していた。天気はすこぶる良く、白い雲の海の上には、見事な青天井が広がっていた。



 なんと美しい光景であろうか。

 都会で見上げる空と、この空とでは、とても比べ物にはならない。一片の濁りもない青空を見たのは、きっとこれが生まれて初めてだ。


 身体中は痛いが、どうやら骨が折れていたりはしていないようだ。何とか立ち上がれた。


 そして立ち上がった直後になって、やっと自分がほとんど裸であることに気付いた。

 ここに来る前まで自分がしていたことを思えば、当たり前の事なのだが。上半身はボタンが全て外れたパジャマと、胸元までたくし上げられたインナーを辛うじて身につけてはいたが、下半身は裸だった。せめて上半身と下半身の状態が逆であれば、多少マシなのだけれど。

 まぁ、しかし幸いにもここには私以外の人間は出歩いていない様だし、とりあえずは良しとしよう。なるべくこの岩場を降りて、草むらでも探そう。適当に葉っぱでも見つければ、パッと見はかなり間抜けだろうけれど、腰に巻き付けて下半身を隠せる。無いよりはずっとマシだ。



 何が驚くって、自分が思いの外取り乱していないことだ。そもそもこの現実離れした状態で実感が湧かないのかもしれないが。そして、しかしまぁ、とてもアホな事を言わせてもらうが、ノーパンというのは意外と気が楽なものがある。誰も見ていない、というのも大きい。日本に生まれた日本人として、いちいち人目を気にして生きてきたのだ。この状況に開放感を覚えるのも無理はない。



 さて、馬鹿馬鹿しい話はもう終わりにしなくてはならない。いずれにせよ私はこのままここに留まることは出来ない。第一ここは標高が高い。足を滑らせて落ちでもしたら、死ぬかもしれない。


 ................いや、もう死んでるのかもしれないけど。

 ここは天国か地獄か、もしくは気を失って寝ている夢の中、ってオチも有り得る。できれば夢の中というのは勘弁して欲しいと思うが、その反面、幼い弟のことを考えるとそうであって欲しい気持ちもある。しかし、夢なら痛みは感じないはずなのに、先程から身体中がズキズキと痛んでいる。以前夢の中で何度も父に殴られたことがあるが、あの時は全く痛みがなかった。





「................」



 あれだ。考えても仕方ない。

 とにかく今は、ここから離れなければならない。それだけは確かだ。


 どうやら私は天に向かって伸びる、筍のような形に似た大岩の上に居るらしい。下の方を覗き込んで見たら、どうやら高さは大したことがなさそうだ。その気になれば自力で降りれるほどのなだらかな傾斜がある。想定していたよりは、多少楽に降りられそうだ。



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