第6話 Pay Back

深夜の大阪新世界は昼間とは様相を変え、イリーガルな空気を漂わせている。

一つ道を間違えれば裏世界の住人に追い出されるような地区で、その男はあえてその路地に入り込んだ

3分もしないうちに、”そっち系”の格好に身を包んだ3人組に道を塞がれるのはいうまでもないだろう。

「ここは観光地ちゃうぞオッさん。引き返すんやな」

リーダー格らしき男がそういうと、子分二人が前にズイっと出て男を威嚇する。

「知ってるわそんなもん。わからんとこんなとこ来るかドアホ。目ん玉付いとんのか?バッジが見えんのかこのボケナス」

そういう男の胸には金色のバッジが光っていた。それを見たリーダー格は青ざめ

「し、失礼しました。どうぞ」

と道を通した。

「わかりゃあええねん」

男は3人組の間をすり抜け、先に向かった。

「兄貴、今の誰ですか」

バツが悪い兄貴に子分が話しかけ、彼はイライラした声で答える。

「ありゃ創新会若頭の元山さんだよ。スーツじゃねえからわかんなかった」


元山は自分がオフィスを構える雑居ビルの前に立ち、スマートフォンをポケットから取り出した。

SMSサービスから直近の通話を選び、コールする。相手は2回のコールで出た。

「今から入る。撃つなよ」

流暢な韓国語で通話相手に伝え、エレベーターを呼ぶ。

尾行もなく、異変はないが時代は空からの監視だ。

UAVや衛星が追っていたらひとたまりもないことを元山は理解していた。

エレベーターに乗り込み、6Fのスイッチを押す。

滑車がワイヤーを引っ張ってエレベーターを引き上げる音が響いた。


事務所にはただ社名だけをドアに貼り出しただけで何業かさえわからない。

どうせペーパーカンパニーだ。

ディンプルキーを取り出し、鍵穴に差し込んだ。

「戻りましたよ、中尉殿」

そういいながら元山は部屋に入る。

事務所登録してはあるが、実際は彼の自宅である。

男一人生活しているにしては小奇麗で、彼の性格が出ている。

そしてその部屋の奥にはテレビをソファで見ているユン・ソナ中尉が居た。

「ウォン・ジョンハ、外の様子は?」

ユン・ソナは新幹線のときの清楚な装いをやめ、シャツとカーゴパンツに衣替えしていた。

「中尉、その名前で呼ばないでください」

「お前こそ中尉はやめろ」

二人はしばし見つめ合い、笑った。

「外の様子は至って変わりませんよ。警察が中尉を捜している様子もありません」

ユン・ソナはしばらく思案した顔をしたが

「まぁテレビでも発砲事件を起こした犯人は男とか言っていたし、日本警察の一部しか知らないのかもしれないな」

「ええ。ああ、中尉。面白い情報を手に入れました。ご覧いただけますか」

彼はポケットからUSBメモリを取り出し、机にあったノートパソコンへと接続した。

フォルダが開く。中には1本のMP4形式の動画が入っていた。

「これは大阪のミナミで撮影した監視カメラ映像です」

映像は比較的鮮明で珍しいカラー撮影だった。

「うちの組が仕切ってる違法カジノの録画です。警察が来たときにわかるようにつけてたんですが・・・ここ」

元山、もといジョンハは映像を停止させ拡大する。雑踏を歩く5人の集団に注目しているのだ。

「ここ、先頭を歩いている男。KNISです。実名は不明ですが、日本では青川清志と名乗っています。KNIS子飼いのパラミリということはわかっています」

「大阪まで来ているとなると、ある程度私の動向はわかっているわけか?」

ジョンハはうなりながら電子タバコを口に咥える。

「わかりません。KNISの工作員は正直新幹線以降かなり活発に動いています。ただパラミリはこれが初めての確認事例です」

「他の四人は?」

「三人はおそらく同じくパラミリです。で、一つ問題なのが・・・こいつです」

拡大した画像で一番不鮮明になっている最後尾の男。

「顔が殆ど見えないな・・・」

ソナの言う通り、ちょうど動いていたのかかなり不鮮明だ。他のシーンでもちゃんと捉えていない。

「ですがコマ送りして見える・・・ここ」

一瞬だけ首筋に何かが見えた。ジョンハはその位置で映像を止める。

「首に入れ墨がみえますか」

「見える。なんだろうこれは・・・鷲?」

ジョンハはにやりと笑い、スマートフォンを触り始める。

「ソナ中尉、あなた確か”首刈り部隊”に所属していましたよね」

「ああ、延坪島事件までは」

「そう、あなた達には延坪島事件が原因で解散したと伝えられていますが、実態は北の工作員部隊が青瓦台に偽装爆薬を仕掛けたのが原因です。これ、その時の映像です」


スマートフォンをジョンハはソナに見せ、映像を再生する。ハンディカムで撮影された映像は爆弾処理ボットの映像らしく、不鮮明だが青瓦台内部を示す証拠が写り込んでいた。

大統領執務室だ。ボットは執務室中央に置かれた不審物に接近し、解体を始める。

すると爆弾は見計らったかのように煙を出し始め、花火のように軽く爆発すると中からメモが飛び出てきた。

”首刈り部隊を解散しろ。我々はいつでも来ることができる”とだけ書かれたメモだ。


「青瓦台襲撃は前世紀以来のスキャンダルです。そして韓国軍最機密であるはずの首刈り部隊の漏洩。政府はあなた方を守るためにも解散したんですが、まぁなぜその話をするのかと言えば」

スマートフォンをソナから返してもらったジョンハは別の映像を再生する。

「執務室の監視カメラです。仕掛けたのはこの憲兵に変装した3人ですが」

映像には韓国軍の軍服にMPの腕章をつける3人組が執務室に入り、爆弾を仕掛けている様子が写っていた。

「ここ。見覚えのあるものがありますよね」

映像を止めたジョンハは一人の偽憲兵を拡大する。ちょうど首筋が見えていて、そこには

「鷲の入れ墨。まさかKNISと北の工作員が合同で私を探しているというのか?」

「現政権に変わってからこっち友愛ムードですから、ジョイントタスクフォースなんじゃないですかね」

そうおどけて言うジョンハとは違い、ソナはうち震えていた。

「まさかそこまで腐っているのか?」

「かもしれません。どちらにしろ、KNIS子飼いのパラミリはあなたも御存知の通り中東とアフリカでかなりの”経験”を積んでいますから厄介です。在日界隈の武器商人も最近頻繁に取引しています。そこに北の工作員が絡むとなれば・・・ともあれ俺としては早急な帰国をおすすめします」

ソナは深い溜め息をつき、目を見開く。表情は先程と打って変わって何かを決意した顔だ。

「この連中を叩く。現在地は?」

「本気ですか?・・・って聞いても本気ですよね。わかりました、教えますよ」


思わず野並は聞き返した。

「その情報はどこで?」

「企業秘密ですね。でもこれは確信を持って言える。じゃなきゃCIAの前で言わないです」

戸桜はそう豪語するが野並は一滴も信じられなかった。

「たしかに同じ民族だが、分断から60年”殺し”合ってきたはずだ。それが今、仲良くJTFを組んでユン・ソナ中尉の捜索を?」

戸桜が持ってきた資料は在日界隈に潜らせたCIROのモグラが嗅ぎつけた北と南の蜜月の関係を示すものだった。

「彼らは我々を騙しているつもりかもしれません。でなければインチョンから関空まで直行便で乗り付けてこないでしょう」

テーブルに置かれた写真はかなりの望遠レンズで隠し撮りされた写真で関空駐車場をうつしていた。

「このバンは写真が撮られた3日前、兵庫県で盗難されNシステムにも反応しなかった。ユン・ソナといいなぜ映らないのかは不明ですが、ともかくこのバンは関空でこの男たちを拾った。KNIS準軍事組織のカン・ホンジョン、通称青川。彼の部下3名、そしてこの男」

一人ひとりが正確に隠し撮りされた写真。最後に置かれたのは短く刈り込まれた頭髪に年齢が見えにくい童顔の男。

「この男はうちが知っている」

マイルスが口を開き、周りをわざとらしくキョロキョロと見回す。

「この男の所属は朝鮮人民軍偵察総局第25課。イム・オッキョ中尉。あ、なぜ知ってるかは企業秘密」

偵察総局は北朝鮮の対外工作部門だ。そして戦闘部隊でもある。

「オッキョ中尉は25課課長で、以前から日本に数度潜入していた。これはCIROも把握しているはずだけどね」

戸桜は口笛を吹いてごまかす。野並はこの二人組みがよく似ていると思い、スパイはこんなもんなのかと思うことにした。

「オッキョ中尉の25課は南侵専門。その男がKNISのパラミリと動いている。これはもはや北と南がユン・ソナを共通の目的としているに違いない。そしてこの動きが察知されたのは韓国大使襲撃直後」

野並は自然と口が開いていた。

「奪った情報には北朝鮮にとって都合の悪い情報だった」

「Exactly。戸桜、あとは頼むよ」

そう言ってマイルスは扉へと歩いていく。

「カナエ、この御礼は、そうだな、銀座でディナーで。それじゃあ」

そう言い残し、部屋には戸桜と野並が残された。

「野並二尉、君をよんだのはあなたの子飼いのヒットマンがそれに絡んでいるからだ」

「どういうことですか」

「2年前、君がケースオフィサーになる前に彼女たちは山口で北朝鮮軍の潜伏工作員5名と交戦し、殺害。その際にユン・ソナ中尉が参加したのは知っていると思う。このとき殺害された”39号室”の局員、ソン・ムンギ。これは人民軍参謀本部のソン・ヒョソン大佐の息子だったのさ」

繋がる情報。政権交代、南北融和、JTF。

「南の一部の勢力が、北へ”手土産”としてユン・ソナを売った?」

「そう読み取るのが筋だろうし、我々でそれが推察できるのであれば彼女本人が理解していないとは思えない。彼女が先だって殺している同僚たちはその漏洩に関わったんだろうとね。そして彼女は実行犯の名を知るため、大使の持つ情報に”アクセス”した。CIROでは大使が奪われたのはユン・ソナの父子を殺害した北朝鮮工作員の情報があったと考えています」

「そうなると我々が韓国側と共同歩調を取るのは危険では?」

戸桜はため息をつく。

「そうなりますね。だから我々としても二尉がお持ちのヒットマンでユン・ソナ中尉を日本から追い出していただきたい」


-大阪 鶴橋コリアンタウン 14時25分-

鶴橋コリアンタウンに建つ雑居ビル。その4FにKNISパラミリ、偵察総局25課が集まっていた。その数は合わせて15人。この南北JTFはオッキョを中心に行動を行っていた。

「問題を整理する。まず第一目標はユン・ソナ中尉の排除だが、彼女を支援するグループが居る。存在はつかめていないがアメ帝絡みの韓国人グループだ」

オッキョがテーブルに差し出した写真には元山が写っていた。

「こいつは在日系暴力団の通名、元山だ。こいつの出入りしている事務所にユン・ソナが居ると思われる」

その言葉にカン・ホンジョンが口を挟む。

「確証はあるのか」

「J班の観測情報だ。間違いない」

「それじゃこんなに人数はいらないだろう。武器も」

部屋にいる全員がかなりの重武装をしている。場所がわかる上に相手も二人ならこんなにいらないのではというのがカンの意見だった。

「備えあれば憂いなしと日帝のことわざにある。それにあいつはインチョンでしこたま武器を盗んでいる」

「日本政府側にバレる確率は?」

「それは無視していい。我々の撤退は間違いなく日本の政治中枢にいる協力者が手助けしてくれる」

カンはその言葉でようやく納得を見せた。

「それでは一致したところで襲撃計画だがー」

オッキョが言いかけたところで部屋が爆轟に包まれた。天井が爆発したのだ。

真下に居た5人がバラバラに弾け飛び、近くの4人も重傷を負った。オッキョとカンは離れていたおかげで無傷だったが、二人はすぐにこれがユン・ソナの襲撃であると察知した。

「全員警戒を-」

穴の空いた天井から黒い影が一つ、ものすごい勢いで飛び出てきた。


ソナはK2ライフルを横倒しに構えたCQBスタイルで部屋に飛び込むと、目の前に居た男にダブルタップ射撃を行い、振り返って別の男に撃ち込む。息をつく暇もなくソナは走り、立ち上がろうとした男の顎に鋭い蹴りを入れて首の骨を折るとその男を踏み台にジャンプする。その先に居たのは今にも拳銃を構えようとする敵で、その体に思い切り体当たりをかましたのだ。

体当りされた男は鈍い呻きを出しながら拳銃-K5拳銃を撃った。ソナはその銃身を手で振り払い、弾道をそらしながら右肘を顔面へ打ち込む。

「撃て!やれ!」

そんな声が聞こえたのでソナは猫のように男の首を支点に回転し、彼を盾にする。

容赦なく銃弾が幾重にも突き刺さるが、ボディアーマー+人体の厚みを貫通することはない。ソナは腰から手榴弾を引き抜き、ピンを抜いて投げつけた。爆発と同時に、自分の脇を男が二人駆け抜けたのに気づく。ソナはそれが南北JTFのトップだと判断し、残りの雑魚を相手しなくて良いようもう二個手榴弾を部屋に放り投げた。


「どうして奴がこの場所を知っていた・・・!」

オッキョの怒りは深く、自らの失態を恥じた声だ。

「今はそれどころではないだろう、イム・オッキョ中尉。後退して再編しなくては」

「わかっている、カン・ホンジョン。所定通り第二拠点へ行く」

二人はソナを振り切り、ビルから出てすぐさま用意しておいた三菱のアウトランダーに乗り込んだ。

「互いの本隊に増援を要求するしかないな」

「反対だ、イム・オッキョ中尉。日本政府がこの攻撃を嗅ぎつけないと?」

ホンジョンはこの攻撃によって日本政府が本腰を入れる可能性を危惧していた。

嫌でもあの現場に転がっているのが不法入国した北鮮人と観光ビザで入国した韓国人だとバレてしまう。

「そうも言っていられない。ここで最重要はやはりユン・ソナの排除だ、カン・ホンジョン!」

そう強弁を張るオッキョにホンジョンは折れた。

「わかった、第二拠点で合流し、迎撃しよう」


なんばパークスの立体駐車場に止められたフォレスターの中で九絵とユウキはその時を待っていた。

『---から---へ。発砲事案入電。場所は天王寺区鶴橋--町。付近のPMはこちらへ急行し--』

フォレスターに備えられた”正式”な警察無線が傍受する情報を彼女たちは待っていた。

サベッジから突如下達されたユン・ソナ市内潜伏の情報を元に、彼女たちはその確率がさらに高いここなんばに待機をしていた。

「九絵、始まった。行くぞ」

「準備は出来てる」

九絵はB&T MP9のチャージングハンドルを引き、初弾を薬室へ装填した。

ユウキの運転でフォレスターは駐車場を飛び出し、鶴橋方面へと走り出す。

『生野5から--へ。現在速度違反の三菱アウトランダーを確認。ナンバーはなんば--の127--。照会求--っ発砲!発砲されている!』

「派手にやるねえ」

「ソナさんのやり口じゃない。KNISじゃない?」

「それにしたって派手すぎるだろ」


パトカーに追跡されたオッキョとホンジョンは警察を撒くために銃を発砲し、パトカーを下がらせた。

「まずいな。予想より早い。ルートは覚えているか、カン・ホンジョン」

「わかっている。所定通りだ」

事前に想定した逃走計画に基づき、アウトランダーはパトカーを足止めすると同時に急ハンドルで道に面したガラス張りのショウルームに突っ込んだ。

中には家具が展示されていたが、アウトランダーはお構いなしにそれをなぎ飛ばし、客を引き跳ばし、反対側のガラスを突き破って通りをショートカットした。

『オッキョ中尉、聞こえるか』

オッキョの耳元に装着された無線機がようやく息を吹き返し、仲間からの通信を傍受した。

「こちらオッキョ。警察は撒いておくから気にしないでほしい。第二拠点は?」

『準備できている。いつでもユン・ソナへの反撃が可能だとKNISにもつたえろ』

現在走っている場所は高層ビルが入り乱れ、車もまたわざと高架の下を警察のヘリでも追跡できないよう走っていた。

「イム・オッキョ、そろそろ車を乗り換えるぞ」

「わかった」


アウトランダーはあべのハルカス近くの路上に停車した。大通りから一本入った場所で、予備の車両を用意した場所である。

「警察は追跡を諦めたのかもしれない。移動しよ--」

カン・ホンジョンがそう言いかけた瞬間、鋭い痛みが彼の首を襲った。

遅れて響いた銃声でカン・ホンジョンはようやく自分が撃たれたことに気づく。

崩れ落ちるホンジョンを他所に、オッキョは肩に吊りジャケットで隠したグロックカービンを撃った。

オッキョが捉えた人影は大通り側ではなく、自分たちが行こうとした道の先から撃ってきている。距離は20メートルとないだろう。

オッキョは牽制射撃を続けつつ、ホンジョンの襟首をつかんで予備の車両であるスズキエスクードの裏へと運んだ。

「カン・ホンジョン、大丈夫か」

オッキョはロングマガジンのグロックカービンをひたすら撃ち続けるが、ホンジョンの反応はない。一瞬意識をホンジョンにうつしたが、息絶えているようだった。

씨발くそっ・・・!」

悪態をつき、オッキョはグロックを撃ち続ける。相手もまたエスクードに向けて突撃銃らしい銃を撃ち続けていた。

「こちらイム・オッキョ!KNISのカン・ホンジョンが死亡!J班の支援を要請する!」

『中尉、我々は極めて近くにいる。2分持ちこたえろ』

この2分が正念場、そうイム・オッキョは心に刻み込む。相手、おそらくユン・ソナを防ぎ切らなくてはならない。


ユン・ソナは初弾を”青川”に当てられたことは行幸だと思ったが、その後イム・オッキョが避けて逃げたことには舌打ちをした。

K2の装弾数は30発。オッキョは銃声からピストルカービンのように思えた。

リーチと威力では勝るが、大した防具をつけていないユン・ソナには1発でも危険であり、彼女もむやみに接近できなかった。


オッキョはロングマガジンをリリースし、ベルトに装着したマガジンポーチから新しいマガジンを装填する。

「まだか、J班!」

『もうすぐだ』

パトカーの音が近くなりつつある。流石に大阪の市街地で銃撃戦をしているだけあって反応が早い。

ユン・ソナはオッキョの牽制射撃に対応できず、接近できていない。

わずかながら勝機が見えてきたオッキョだったか、ここで安心することはできないと自身に言い聞かせながらグロックを撃ち続ける。


ユン・ソナはセミオートでの射撃を続け、相手の車両に弾を撃ち続けていたがイム・オッキョは別の逃走手段があるのだろう、堂々と車を盾にしていた。5.56mmの高速徹甲弾だが、うまく向こうまで抜けていないらしく有効弾はゼロだ。

空になったマガジンを捨て、新しいマガジンをチェストリグから装填する。その時ソナはイム・オッキョが車の裏に引っ込み、装填する瞬間を逃さなかった。彼女は地面に倒れ込み、20m先の車の下、そこから見えるオッキョの足へセミオート射撃5発を撃ち込んだ。


膝と足に激痛を感じ、オッキョは崩れ落ちた。

すぐに立ち上がろうとするが、全くと言っていいほど足に力が入らない。

「イム・オッキョ」

オッキョはその声がした方へとグロックを向けようとしたが、右肩、左肩へ弾を打ち込まれた。

개새끼畜生・・・!」

足、両肩を撃ち抜かれたオッキョは地面に突っ伏し、ただ呻くしかできない。

「まずはお前からだ。J班はその後でいい」

ソナはそう告げ、オッキョは頭へとK2を向ける。トリガーに指をかけようとした瞬間、彼女は鈍い衝撃を腹部に受け、地面にもんどり打った。

ほとんど獣的な勘で彼女はボロボロのアウトランダーまで飛び退き、自らに撃ち込まれるはずだった弾を3発避け、ホルスターからK5拳銃を引き抜く。

「ユン・ソナ!出てこい!」

ソナはアウトランダーの影から声の主を探す。

大通りを塞ぐように停車した日産セレナから続々とAKで武装した武装勢力が降りてくる。

「J班か」

ボソリとつぶやくソナをよそに、J班はオッキョを回収するとソナへの包囲を狭めていく。

「もう終わりだ、お前を家族のもとに送ってやろう。出てこい!」

北部訛りの朝鮮語がひどく耳障りだった。

ソナは心中を決意し、残っていた手榴弾3個を手元に集めようとした。

「ソナさん!!!」

この場で初めて聞く若い声。しかも日本語で、方向は大通りではなくソナが来た方角からだった。

彼女の頭上を何かが通り過ぎ、それはJ班の足元で煙幕を放出した。スモーク弾だ。


「九絵、狙撃手確認。排除する」

『了解、こっちも合流した!離脱する!』

ユウキはM110SASS狙撃銃を構え、シュミットアンドベンダースコープにJ班の狙撃手を捉えた。彼女たちが交戦する通りを見下ろせる雑居ビルの5FからSVDらしい狙撃銃を構えている。

「シュート」

トリガーを引き絞り、AAC製サプレッサーを介して7.62mmNATO弾が音速で飛び出る。

スコープに捉えた狙撃手は赤く花を咲かせ、それを見るなりユウキは通りにいるJ班へ射撃を開始した。


「ソナさん!カバーします、後退を!」

そう叫ぶ少女はMP9を構え、エアコンの室外機を盾にJ班を牽制射撃し始めた。

ソナはその少女に見覚えがあり、思い出すのに2秒ほどかかってしまったがすぐに信頼できる相手だと理解し、ここはさがることにした。

J班も煙幕と狙撃、そして至近からの銃撃にソナを深追いすることができなかった。

双方が牽制で射撃しながら後退し、警察が到着する頃に残されていたのはおびただしい薬莢と血痕、そしてカン・ホンジョンの死体だけだった。

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