第2話 First Faile

「ユニット3-5はどうなった!?」

「おい、報道管制を敷け!大臣と首相にも連絡だ!」

「VIPの行方を再検索しろ!今すぐにやれ!」

「被害状況を知らせろ、民間もだ!」

「警察庁から問い合わせが来ているぞ!対応しろ!」

市ヶ谷の作戦室は怒号が飛び交っていた。

予定外の失敗。

約束された成功の喪失。

磯先はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


飯井も同じように衝撃を受けていたが、心の何処かでは予測していた。そしてかけられる声を待っていた。

「一佐、”ブラックジャック”から連絡が」

彼の副官が耳打ちをしにやってきた。

「・・・・・・使わざるを得ないか。メイン回線につなげ、映像もだ」

飯井の命令で直ちに”ブラックジャック”の通信が作戦室のメインモニターに投影される。

「こちらグラディウス、ブラックジャック、聞こえるか?」

メインモニターに写ったのは車を運転中らしい二人の女性、いや、まだ少女と呼ぶに近いような二人だった。

『こちらブラックジャック、3-5はお悔やみを』

磯先はその声にハッとし、モニターを見る。

「飯井一佐、誰だ、これは」

「陸幕長、この二人は”ブラックジャック”です。今日限りのコールサインで、我々の予備です」

飯井の言葉に磯先は理解が及ばなかった。

「予備だと?どういうことだ」

『陸幕長さん、今ソレどこじゃないと思うんだよね』

磯先の言葉を遮るように運転手の女はしゃべる。

『頼みの綱だった特戦群は鎌倉あたりまで吹っ飛んで、あんたたちの首は皮一枚でさえつながってない。明日になったら辞職か自殺しかないわけで、でもまだ今なら取り返しがつくのよ』

「どういうことだ・・・?VIPの位置がわかっているのか?」

磯先の言葉に彼女は頷く。

『VIPは多分故意に情報を漏らしてそっちに誘引して、3-5は見事にしてやられたってわけ。そして今私達はVIPの側近をトレースして湾岸線の倉庫地帯に来ている。グラディウス、空自のUAVをスタンバってもらえない?』


渋谷から10分もしないうちにグローバルホークは空域に入った。高性能偵察カメラの映像は市ヶ谷地下に送信され、担当官によって処理解析が行われる。

「熱反応を15確認。VIPは確認できませんが、武装はしています」

担当官の言葉に飯井はこれがジャックポットと確信した。

「幕僚長、VIPはおそらく彼女たちが言うように横浜倉庫街でしょう。我々に失敗は許されない」

磯先は逡巡する。先程の渋谷での失敗、自分の預かり知らぬところで動いていた飯井一佐への収まらない不信感、そして失敗の帳消しとなるVIPの確保。

「許可する。だがユニット3-4の到着を待たせろ」

『そんな時間ないんじゃないの?UAVはそれを捉えてると思うけど』

彼女の言葉に担当官が同意の言葉を発する。

「倉庫まで30kmの海上に未確認船籍を確認。届け出のない船舶です」

「グローバルホーク、映像を拡大します」

グローバルホークのカメラが未確認船籍を拡大する。

「船舶登録番号は確認できますが、データベースにありません」

おそらく敵の工作船か、その類の物だろうと飯井は推察し、

「海自では間に合わない。海保に連絡を--」

と言葉を続けるつもりが遮られた。

「一佐、これは我々市ヶ谷で終わらせるべきだ」

そう述べる磯先は”ブラックジャック”が映るモニターを覗き込む。

「ブラックジャック、VIPを確保しろ。船に乗り込む前だ。出来るか?」

『その言葉を待っていたんだ。バードマン、こちらブラックジャック。状況に入る』


渋谷の同志たちは日本帝国主義の凶弾に倒れた。だが我々の目的は”教主”の生存と繁栄。

彼なくしてこの世界なし。

そう男は信じていた。

横浜の倉庫が最終脱出拠点だ。各地を追われた教主と我等同志達は海外の同志のつてを頼り今日脱出する。

だが彼は脱出できなかった。

彼が守っていた倉庫の入り口で、彼は脳みそを地面に撒き散らす結果になったから。


九重ここのえ、一人倒した。100ポイント」

SRSコバート狙撃銃を構えた少女はそういいながらボルトを引いて薬莢を排出した。

『ビューティフォー、ユウキ』

「照れるなぁ。もっと殺しちゃう」

そういいながら彼女は次弾を薬室に装填し、シュミットアンドベンダー製の高倍率スコープを再度覗き込む。

コバートは彼女の細腕で保持され、その腕は足で保持されている。

スコープの中の獲物を探す時、彼女は舌なめずりをした。狩るものが狩られる側へ。

テロリストは逮捕されなれていても、殺しなれていても、殺され”慣れて”いない。

特に彼らのような殉教的な狂信者は。

だから、彼女たちのような一方的暴力に備えていない。

「アーメン、ってか。何信じてんだかしんねーけど」

コバートはもう一度火を吹き、500メートル離れた倉庫の屋上に居た男の頭を叩き割る。


倉庫外周、公道に不審な動きがないかその男は監視していた。彼が立っている入り口は敷地への進入路の一つで、時間が来るまでは公安や警察がやってこないか見張ることになっている。

だが彼はひどく困惑していた。

そこに女子高生が来たからだ。

その制服は神奈川県では有名な高校の制服で、彼も見たことがあった。だからそんな高校の女子生徒がこんな人気のない倉庫街に居ることが”可怪しい”のだ。

だから彼は街灯の下で明るく照らされた彼女に声をかけた。

「おい、こんなところに一人でどうしたんだ」

彼女が警察や公安には見えなかった。女性の捜査員が居ることは知っていたが、こんな幼顔の捜査員は居ないだろうと思って。

泣きじゃくるような声が聞こえて彼は更に驚いた。

「お、おいどうした」

彼はテロリストではあったが、こんな異常な状況に現れた彼女を見過ごせなかった。

「おい、泣いてちゃわからない。どうしたんだ」

それに警察でも呼ばれたらしたらとんでもないことになる、だからそうなる前に自分がここから連れて行かなくては、そう思って。

「なぁ、おい」

肩に手をかけた。彼女は涙をいっぱい流し、その肩は震えていた。

「どうしたんだ、誰かに何かをされたのか」

「私があなたを殺すから、私は予め泣いたの。これから奪う命を背負う重荷のために」

泣きじゃくっていたんじゃなかったのか、驚くほどに凛とした声が彼の耳朶を打つ。

「は・・・?」

思わず漏れた間抜けのような声。直感的に彼は感じる。

生命の危機を。

飛び退こうとした彼は体に衝撃を受け、自分の意志とは別に後ろに吹き飛ばされた。食道を逆流して何かがこみ上げ、吹き出す。血塊だ。

「えっ、ごふっ、はっ・・・?」

彼は血まみれになりながら自分の体を見、視界と意識が混濁した。ごっそりと引きちぎられた自らの胴体。”出ちゃいけない”ものが道路に散らばり、どす黒い血があたりを染める。

女子高生は羽織っていたPコートを地面に脱ぎ捨てた。

ケルテックKSGのフォアエンドを後退させ、後部から空薬莢が排莢される。

サルヴォー12減音器が取り付けられていた。彼が臓物を地面に撒き散らしたことは倉庫の中の連中には感づかれていない。

そして少女は過呼吸と血反吐に沈む男に囁いた。

「いつまでも”専守防衛”じゃないのよ、こっちも」

彼女は不要になったサルヴォー12を取り外し、死ににゆく彼を残して先へと歩く。


倉庫の入り口で死んでいる男を跨ぎ、少女は倉庫のドアノブに手をかける。すんなりと回った。

事前に脳味噌に叩き込んだ倉庫の見取り図。

中は保管倉庫で、一切合切の事務所やそのたぐいのものはない。完全な平面。このままあけたら感づかれるだろう。いくら女子高生でもこの場所に入ったら殺される。0.5秒考え、彼女は足元に転がっている死体に目をやった。


”教主”は同志のボートが到着するのを心待ちにしていた。

渋谷での爆破は明日のニュースのメインだろう。陸自の特殊部隊をコケにし、我々はゆうゆうとこの国をあとにする。そしてふたたび戻る時この国は亡い。

彼の護衛の一人が外のドアが開いたことに気づく。

「おい、無線連絡を入れてから開けろ」

なにもない倉庫でドアが開くのは一番奥に居た彼らにもわかる。

彼は念の為、56式小銃を構えた。

入り口は薄暗く、誰かがそこに立っているということしかわからない。

「おい、誰だ。村田か?沖島か?」

その人物は返事をしない。

護衛たちは一斉に銃を構えたが、そもそもこれがSATや陸自だったら一人で入ってくるのは可怪しい。どういうことなんだ?そう彼らは思っていた。

その人物はひどい歩き方・・・足をもつれさせながら引きずるように歩いていた。

「なんだ?誰なんだ、あれは」

教主の声に促され、護衛の一人がフラッシュライトをその人物に向けた。

そこに映し出されたのは顔のない人間だった。

「なッ--」

彼らが反応するよりも早く、死体を立てて引きずってきた少女はKSGを彼らに向けて撃った。12ゲージバックショット弾は幾重もの散弾を散らしながら彼らに襲いかかる。

「てっ、敵ぃ」

一人が散弾で腕を引きちぎられ、何人かの体に弾丸が突き刺さる。悲鳴。

「う、撃て撃て!」

多数の56式や猟銃が彼女に向けられ、発砲された。

少女は走りながら再度KSGのフォアエンドを後退させ、薬室にシェルを装填して撃った。

T1ドットサイトをマウントしたKSGを一切の無駄なく構え、撃つ。再度装填、撃つ。1Kill。彼女は不規則な動きを続け、56式の火線を避け続けた。その間にもテロリストたちは一方的な殺戮を味わうことになる。彼らは素人で、彼女はプロ。その構図を見せつけられ、テロリストたちは次第に彼女との銃撃戦を諦め、肉弾戦に移行した。

雄叫びを上げながら巨漢の男が体当たりをしようと突進し、彼女はすぐさまKSGを向け直して撃つ。だが撃針が空を叩く音が大きく響いた。

「弾切れだ!いけぇ!」

数人の男が一斉に飛びかかる。

しかし少女は焦りもせず、むしろ余裕そうな表情を浮かべる。

右手でグリップを保持したまま、彼女は左手で排莢口のセレクターを切り替える。

そして再度コッキングし、巨漢の男に銃を向ける。

「そんな弾切れの銃--」

最後まで言葉は出ず、頭に花が咲いた。

12ゲージスラッグ弾が頭を木っ端微塵にし、その猛威は別の男に向けられた。

2連式チューブで入れ分けられたショットシェルはセレクター一つで切り替えられる。

彼らはそんな事知りさえせず、スラッグ弾で弄ばれた。

あるものは腕をちぎられ、あるものは腸を体から出す羽目になった。

教主の前で繰り広げられる”虐殺”。するものからされるものへの退化。

彼女がKSGを撃ち切る頃には、立っているものは教主以外に居なかった。


「ユウキ、VIP以外を排除。そっちは?」

『ボートは海保が間に合わないみたいだからこっちで潰しといた。エリアクリア、じゃあそのイエスさまを引き渡してズラかろうよ。私今日はラーメンの気分』

九重はユウキの自由さには呆れさせられた。人殺しのあとにご飯の話とは。まぁそのポジティブさには助けられているので文句も言えないと一人脳内ごちる。

「さて、教主様。あなたの王国はここに終演を迎え、物語りはエンドロールよ」

彼女の声に合わせるように倉庫の天井を突き破ってマルチカムトロピック迷彩を着たユニット3-4がUH-60から滑り降りてきた。

教主は怒りに身を震わせ、口角泡を飛ばしながら叫ぶ。

「わ、私には弁護士を呼ぶ権利がある、そうだろう!?」

だがその声はユニット3-4の隊員によって遮られる。

彼らに猿轡を噛まされ、教主様は外へと連れられていく。

『今頃永田町は大騒ぎだろうが、よくやったブラックジャック』

バードマンの声に九重はため息をつく。

「バードマン、このコールサインダサすぎ・・・」

”バードマン”は悲しそうな声を出した。

『えぇ?手塚嫌い?』

「きらいじゃないけど、コールサインにはダサすぎ」

九絵はため息を付き、次のコールサインは自分で決めようと決心する。

「とにかく、バードマン。晩ごはん食べるから経費で落としといて」

そう言い残し、無線機を切った。

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