7、雨夜の逢瀬
暗い室内にいつしか雨音が響きだしていた。
だからだろうか、つかの間とはいえ、冽花が眠りに落ちたのは。
雨は眠気と物思いを誘発させる。
「ごめん、妹妹(メイメイ)……っ」
苦渋(くじゅう)に満ちた自分の声で目を覚ました。
冽花はぼんやりと瞬いた後に深い溜息を落とす。がりがりと頭を掻(か)き毟(むし)って項垂(うなだ)れると、夢の名残りがぽろりと目から零れ落ちた。
瞼の裏にうかぶ、泣き腫らした少女の顔。冽花が訪れると同時に、その小さい体をいっぱいに伸ばし、抱きしめてきた。小さい掌で頭を撫でて。
『っぃ……いたかった、ねえ、冽花。哥哥(あにさま)とはなれるの……かなしかった、ね……っ』
そう言って震えたのである。抱かれる側の冽花のほうが胸が苦しくなった。
あんたのほうだろう、それは。痛いのも、悲しいのも。
せっかく見つけた哥哥が捕まっちまった。他ならぬあたしのせいで。
よほど言いたかったけれど。口を開いたら、目頭が熱くなるのを止められなさそうで。みっともなく縋りつきそうで、冽花は逃げだしたのであった。
ゆるりと首を持ち上げる。
墨を流したように暗い室内に、窓の外からの雨音が満ちていた。
(……また夜がきたのか)
やはりぼんやりと瞬いて、冽花はそれだけを知覚する。
今、何刻(なんじ)だろう。分からない。分かるのは、こうして牀のうえで膝を抱えて、おそらく丸一日過ごしたことぐらいである。抜け殻(がら)のようになり。
この部屋は虎浪軒(ころうけん)の二階にある。かつては店主が使っていた部屋だそうだ。慕(ムー)が無理を言って貸してくれたのである。
あの後。そう、あの後だ。うっすらとは覚えている。帰りついた虎浪軒が湧きに湧いていたから。港湾地区(こうわんちく)での船舶奪取(せんぱくだっしゅ)作戦は成功を迎えた――らしい、から。
慕がきつく抱き締めてきて。けれども、なぜだろう。前はあんなに嬉しくて暖かかったその抱擁(ほうよう)が、ただただ辛くなるばかりだったのを覚えている。
それからそれから。あと、は。
“お帰りなさい、姐姐(おねえちゃん)! ふふふっ、みてみて、これ。慕阿姨(むーおばちゃん)がくれたの。かわいーでしょう? ……あれ、帅哥(おにいちゃん)は?”
虎浪軒で預かってもらっていた明鈴。可愛がってもらっていたのだろう。腕に人形を抱いて、それを嬉しげに冽花に見せて。その後、賤竜にも見せようとしたのだろう。無邪気に笑い、首をかしげてきた。
その時ほどに胸を抉(えぐ)られたことはなかった。
冽花は笑った。上手く笑えた……はずだ。
“帅哥(おにいちゃん)はね……ちょっと、ちょっとだけ遠くに出かけた。すぐに戻るよ”
あまりに白々(しらじら)しいことを言い、その後の自分の顔を見られたくなくて明鈴を撫でた。
そんな冽花の姿をみて、祝杯をかかげる同志らから逃がすように、慕に二階へ押し込まれたのであった。
――思い出した。冽花は膝(ひざ)に顔をうずめる。
自覚すると同時に、いやに染み入る静けさに気付いた。
こんなに静かなのは久しぶりだ。最近は一人でいることが極端に少なかった、気がする。
あいつが傍にいたから。
雨は物思いを誘発する。独りであることと、それに今朝のことを思い出させる。
「っ……笨蛋(バカ)」
体を震わせると、吐き捨てるように冽花は呟いた。きつく腕に力をこめて、何度も額を膝小僧(ひざこぞう)にぶつけ始める。
誰に対して“笨蛋(バカ)”と言ったのか――一番は自分に対してである。
何が悪かったか、と言われれば。たぶん、最初から悪かったのだろう。
過信しすぎていた、自分たちの力を――とくに賤竜の力を。賤竜ならできる、賤竜なら負けない。そんな気持ちがいつの間にか胸の底にあった。
それは一種の甘えをもたらしていた。賤竜ならやってくれるはずだ。賤竜ならば、この願いも実現してくれるのではないか。
思い出すのは、蟲人(こじん)らが襲撃(しゅうげき)してきた折である。
冽花はその言葉に揺らいで動けなくなった。あの時動いてさえいれば、浩然(ハオラン)が離脱(りだつ)することはなかったかもしれない。
冽花が選んだのは賤竜に弱音を吐いて。頭に手を――載(の)せてもらいかけた、それだけだ。
額をぶつけるのをやめて、自分の頭に手を置いた。
迷いを捨てきれぬままでいた自分は、『逃げろ』と言われた時機(じき)を見誤った。“なぜ助けてくれない?”――この言葉は自分に、分不相応(ぶんふそうおう)な義侠心(ぎきょうしん)を抱かせた。そのツケを賤竜に支払わせることになった。
言ったじゃないか、あの時。聞いていたはずだ。
『此にとってはお前が最優先事項(さいゆうせんじこう)だ』と。
考えなしの行動をすれば、しわ寄せはすべて賤竜に来る。分かって、いなかった。
自己嫌悪(じこけんお)に浸り続ける冽花の耳は伏せられ、ただただ雨音に侵され続ける一方だった。
だが、ここで。ふいと窓の外から、こつり、と硬い物音があがる。
冽花は顔を上げない。鬱々(うつうつ)と自己嫌悪という甘苦(あまにが)い毒に浸り続けようとする。が。
こつこつ、こつ。そんな冽花の気を弁(わきま)えない音どもは、頻度(ひんど)を増やし窓を叩いてくる。
冽花の尻尾が次第に牀を叩き始め、耳も後ろへと引かれ始めた。
音の数が六を超えた頃である。ついにカッとし、冽花は窓を勢い開け放っていた。
「誰! うおっと!」
投じられてくる石を危うく受け止めて、眼下を睨みすえる。
太陰(つき)もぶ厚い雲に遮られた夜である。そこにあるのは深更(しんこう)の闇ばかりであったが、ふと闇に動きが生じた。傘の前面を傾けて、こちらを見上げてくる白い人の顔があったのだ。
左目に眼帯をつけた、見ない顔の男であった。 冽花はきな臭いものでも嗅いだように鼻筋にしわを寄せて、なおも言い募ろうとしたが。
「しっ」
「……は?」
おもむろに口元に指をたてて制されたために首を傾げる。
「子どもを起こしたくはなかろう。出てこないか、少し」
冽花は耳を疑った。
忘れるはずはないその声、その口調。“子どもを起こしたくはない”、だと?
「っ、ラオ――」
「しっ」
おもわず噛みつこうとしたものの、それもまた制されて、うぐぐと歯噛(はが)みすることになった。ひとまず靴(くつ)を取ってきて、窓から地面へと飛び降りる。
「……どういうつもりだ、てめえ。どこまで知ってる?」
「まあ、まあ。少し歩こう。この場ではゆるりと話もできまい」
傘ももたずに現れた冽花を、躊躇(ためら)いなく傘の下に入れて老鬼は歩きだす。どこに行くのかと疑念は尽きぬまでも、虎浪軒を振り返る。ここを知られている以上は、従うほかなかった。
「しばらくぶりだな。元気そうで何よりだ」
「……皮肉か、てめえ」
「まあな。お前にやられた腕だが、まだ薬なしでは軋(きし)むものでな」
「ハッ、いい気味だ」
「こちらもいい気味だと言えばいいのか。……ずいぶんと声に覇気(はき)がない」
冽花は奥歯を噛み締めるなり、横目で老鬼を睨んだ。
「知ってんだろ、どうせ。虎浪軒も知ってたぐらいだ」
「まあな。お前たちの謀(はかりごと)から、その謀の顛末(てんまつ)までよく知っているとも」
「だったら――」
「俺から賤竜を掠め取ったお前にしてはお粗末(そまつ)なことだ」
「…………お前のじゃねえだろ」
「貴竜(グイロン)に頼まれていたものでな。暫定(ざんてい)、俺の風水僵尸だった」
貴竜、と聞いて、冽花は足を止める。言葉にまよって口を開け閉めすると、老鬼はゆっくりと足を止めるなり振り返ってきた。
「なんだ?」
「貴竜って、やっぱ賤竜のこと気にしてんのか?」
「大いにな。というよりか、風水僵尸(ふうすいきょうし)たちは対(つい)に執着(しゅうちゃく)するきらいがあるようだな。陽型はとくに。あの理性的な抱水(バオシュ)をして、右翼、左翼、連理楼(れんりろう)などというものを作り、おのれを慰(なぐさ)めていたぐらいだ」
「理性的かぁ? あれ」
あの狂いっぷりは知らないのだろうか。相当な偏愛(へんあい)、いやさ、妄執(もうしゅう)を感じさせる挙動(きょどう)であった。
「土台、仕方のない部分はあるのかもしれん。僵尸(きょうし)が如何(いか)にして生まれるか知っているか?」
「いや……」
「土地の気に左右されるきらいはあるが。第一に、恨(うら)み、辛み、悲哀(ひあい)。強い感情をもって死した骸(むくろ)が化すものだと言われている」
「……っ」
冽花は息をのんだ。恨み、辛み、悲哀。貴竜――いや、賤竜もまたそうなのだろうか?
うつむく冽花に構うことなく、老鬼は言葉を続ける。
「貴竜は時に俺を弄(いら)い、思うまま奔放(ほんぽう)に力を振るい噛みつく。だが、そうし終えた後には理性的な奴に戻る。生前の鬱憤(うっぷん)を晴らしているのか、僵尸の性(さが)であるのか、それは分からないが」
「……ずいぶん、そっちは……なんていうか自由なんだな」
「そう言うそちらはどうなのだ? 俺は貴竜から聞く“哥哥(あにき)”しか知らぬゆえな。現契約者としての所感(しょかん)を聞きたい」
そう言って再び歩きだす老鬼に、冽花はつづいて歩きだしながら頭を巡らせる。
賤竜、は――。
「変なやつだ」
「変なやつ?」
出し抜けに告げた言葉は、老鬼にとっても予想外だったのか、おうむ返しに聞き返してくる。その声に頷いて、冽花は腕組みをする。
「風水僵尸ーって言ってはいるけど、風水がうんぬん言う前に、してることといったら、薬湯(やくとう)作ったり、鳥とって野草採って、飯作ってるしさ。ほぼこっちの言うこと二つ返事で聞くくせに、変なところは強情で。真面目で」
口を尖らせて、ここ一週間余りの記憶を遡ってみる。たった一週間余りなのに、意外と彼と過ごした時間は濃厚であった。
「この前なんか、明鈴と三人で飯食ったんだけどさ。食えなくてもこっちの感想聞いてるだけで嬉しそうにしやがんのさ。変だろ? 自分のことは道具だー、って言ってるのに。まるで人間みたいな面しやがんのさ」
ムジュンしてる、とより唇を尖らせる。
茶を一服奢(おご)ってやった時に、少しだけ目を丸めて、香りを喫(きっ)していたのを思い出す。
此(これ)は風水僵尸である、此は器物だ。お前の願いを叶える道具なのだと、そう言って聞かせながら、彼は人のような顔をして振る舞ってみせる。
語りながら冽花は、目の前の闇が滲んで揺れるのを覚えていた。
なぜだろうか。たった一週間余りの仲なのに、こんなにも鮮やかに思い出せるのである。なぜだろう。こんなにも、彼は自分のなかに根差している。
「っ……まずもって変だろ? こんな、あたしなんかの言葉を聞くんだぜ? あいつは。聞けば、皇帝様の政(まつりごと)のために造られたっていうじゃねえか。偉いやつだ。凄いやつなんだ。でも、なんでか、あたしみたいな女の言うことを聞きやがるんだよ」
震えわななく唇を笑わせるが、上手く笑えなかった。かわりに滲んで溢れだしたものは、ほとほとと地面にこぼれて水溜まりと同化してゆく。
老鬼は黙って歩き続ける。黙って涙雨(なみだあめ)まじりの雨音に耳を傾けつづける。
「……今朝もそうだった。こんな、あたしなんかを守ったばっかりに」
「お前の責(せき)なのか?」
「そうさ。あたしが全部ぜーんぶ救いたいって、欲張ったのがいけなかったんだ。っ……あたしなんかが、」
契約者だったばかりに。
すん、と鼻を鳴らし、目元をぬぐって鼻を啜(すす)る。あとは言葉が出なかった。
思い出が溢れすぎて、自分がした選択の結果があまりに重たくて、堪らなかったからだ。
そんな冽花へと、ふと老鬼は向き直ってくるなり低い声で告げる。
「ならば死ぬか?」
「…………へ?」
「そんなにも己を卑下するのなら。そんなにも罪悪感に打ちひしがれるのならば。いっそ切るのも手ではあるだろう。賤竜を解放してやりたいのならば死ぬといい。それが唯一、風水僵尸の契約者が交代する条件だ」
「え……ぇ」
「できないのならば俺がしてやるぞ。お前も知ってのとおり、汚れ仕事は俺の十八番(おはこ)だ。貴竜も喜ぶことだろう」
老鬼は懐(ふところ)に手を入れると、おもむろに鏢(ひょう)(鏃(やじり)状の暗器)を取りだした。
冽花は傘からまろび出て、濡れた地面に尻もちをついた。その暗器の痛みはよく知っている。尾の毛を膨らませて、鏢に目を釘づけにする冽花に、老鬼は微笑みかけてきた。
「あたしなんか。あたしなんかが。そう言っている限り、風水僵尸の契約者たる覚悟など芽生(めば)えるはずもない」
「……老鬼?」
「あやつらは自分の抱えたものを飲んで、こちらに尽くしてくる。言ったはずだ、恨み、辛み、悲哀から化した存在なのだと。記録はなくとも、その爪痕(つめあと)は人格に如実(にょじつ)に刻まれている。その上でこちらに尽くしてくるのだ」
老鬼はその場に膝をつくと、鏢を載せた掌を冽花へ差し出してくる。
「確かにそれぞれやり方は異なるだろうが、心も、矜持(きょうじ)も……親愛とて持ち合わせている。賤竜が言ったのか? お前など守りたくはなかったのだと。お前など、契約者に相応しくないと」
冽花はじっと雨に濡れゆく鏢を見つめながら考えた。
最初に出会った日に、彼は告げた。
『言ったはずだ。お前を守りきってみせると。必ずここは抜かせない。ゆえ――』
『頼んだぞ。契約者、冒冽花(マオ・リーホア)よ』
初めて出会った時から、自分を契約者として見ていた。信じて、いた。
『お前が扱う、お前のための器物(きぶつ)だ。よく覚えておけ』
『構わない。此はお前の道具だからな』
初めて出会った時、あの炭焼き小屋でやり合った時も。彼は自分に傅(かしず)いていた。
そうしながらも、その声が冷たく感じたのは、やっぱり落胆があったからなんだろうか。落胆を感じるほどに、こちらに好意をもってくれていたのか。
『飲むのか』
「あったりまえだろ。油爆河蝦(ヨウバオハーシア)を前にして飲まずにやってられっかってんだ」
あの市場で交わしたやり取り。呆れたように肩を竦(すく)める、その気安い態度が嬉しかった。楽しかった。あの暖かさは確かに血の通ったものであった。
『此にとってはお前が最優先事項(さいゆうせんじこう)だ』
そう告げた顔に、躊躇(ためら)いなど欠片もなかった。真っ直ぐに瞳を冽花へと向けていた。
冽花の目から、熱い涙がこぼれて伝う。
「…………いや、だ」
「ん?」
「死にたくない。死なない。あたしは――」
思い出した。思い出してしまった賤竜は、どれも冽花にむけて、ひたむきな信頼と親愛を傾けていた。後悔などない。お前に仕えるのに、お前を守るのに悔いなど微塵もないのだと、その姿が告げていた。
だから。冽花は自分が惜しいと思った。
ぼろぼろと涙を零しながら、頑是(がんぜ)ない子どものように首を振って、冽花は続ける。
永らえさせられたことで生まれた、新たな願いを。
「もう一度、賤竜に会いたいんだ。会って謝りたい、し……それに」
ひくりとしゃくりあげて言い募る。
「ま、守ってくれて有難う……って、伝えたい……!」
守ってくれて有難う。助けてくれて――ずっとずっと救い続けてくれて有難う。
不甲斐(ふがい)ない契約者(あたし)を支えてくれて、有難う。
その言葉を聞いて、涙を見た老鬼は、じっと沈黙を落とした後に鏢もつ片手を退いた。
「そうか。それがお前の選択か」
「ぅ、ん」
「いいんじゃないか。覚悟には程遠いながらも、欲望とは一種の原動力になる」
そう言って鏢を仕舞(しま)い直した老鬼は、再び差し出す傘に冽花を入れる。
「お前に一つ、情報をやろう」
「……じょうほう?」
「ああ。現在、賤竜は喜水城(きすいじょう)にいる。陽のある昼間は中庭に出され、八卦鏡(はっけきょう)の光もろとも浴びせられて力を削(そ)がれている状態だ。夜になれば地下牢(ちかろう)に拘束される」
「……っ!」
瞳に光を宿し、這いつくばるようにして老鬼の腕を掴んだ冽花に、老鬼は頷き返した。
「あの分では三日ともたぬだろう。あの煙は僵尸としての陰気とともに、お前から与えられた血食(けっしょく)の気も含まれている。双方が欠乏(けつぼう)すれば、やがては物言わぬ骸に戻ることだろう。もっとも、抱水は生かさず殺さずを選ぶだろうがな」
あのこちらのすべてを読み尽くしたような抱水の一手を思い出す。
今思えば、蟲人たちを解き放ったのも。自分と連理楼を囮(おとり)に戦ったのも、すべては最後の手のためだったのだと知れることができる。
あれほど身の入った芝居(しばい)をこなし、攻め時を見極める手腕をもつのだ。賤竜に対しても、ぎりぎりの線まで見極めて責めるのは明白だった。
「行かなきゃ。賤竜を助けに」
「一人で行くつもりか? 相手はこの街を仕切る領主とその風水僵尸だぞ」
「それでも行く。だって、あたしは――」
冽花は炯々(けいけい)と光りだすまなこを笑わせる。強気に歯をも覗かせて、発奮(はっぷん)に尾を降りたてながら言い募るのであった。
「賤竜の契約者なんだからさ!」
そんな冽花を、どこか眩(まぶ)しげに眺めるなり、老鬼は立ち上がる。
「ならば行くといい。お前と賤竜の行く末、また新たな情報として持ち帰らせてもらおう」
「おう。貴竜にはよろしく伝えてくれよ。……いつか賤竜と一緒に会いに行くから、って」
老鬼は瞬いたものの、「伝えておく」と頷き返す。そのまま踵(きびす)をかえすなり、何事もなかったかのように立ち去る背へ、冽花はそっと手を振る。
そうして歩きだす。元来た道を、虎浪軒への道のりを。
一人でも、とは言ったが、それが難しいことは承知の上だ。だから、姐さんに頼んで、もう一度仲間を集めてもらう。額(ぬか)づいたとて、仲間に協力を求めるつもりであった。
「あたしもだ。……最優先事項は、お前だよ。賤竜」
そぼ降る雨の空を見上げて告げる。その瞳にもう涙はなく、憂いの曇りさえ散らされて。肩で風を切って、ゆっくりと夜道を行く一人の契約者(おんな)の姿があった。
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