4-1、獣撃戦で目覚める力
翌日の明け方に
さすがに使いっぱなしは
向かうは
付近を散策した賤竜の見立てによって、おおよその地理が判明したのだ。その名通り、
その最中であった。冽花らがそれを見つけたのは。
最初に気付いたのは賤竜だった。
太陽が苦手だ
『血の
「……え? 怪我なんてどこもしてないぜ」
『違う。お前以外の血だ』
びっくりして冽花は立ち止まった。自身でも鼻を鳴らし、その場の空気をかぐと、かすかに
「あっちだ。行ってみよう」
冽花の言葉に無言で頷き、賤竜が続く。早足で茂みをかき分け、丘を登っていくと――そこに血まみれの男が倒れているのを見つけた。
一見して、もう手遅れであった。その顔色は
急いで冽花は近づくなり抱き上げた。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
揺さぶると閉じていた目が開いた。が、落ちくぼんだ目は今にも閉じられそうであり、一層強く冽花は揺さぶった。
「しっかり! どうしたんだ。何があったんだ、お前に!」
「……ぁ、ああ……ぁ、む……」
「む?」
「むら……が、こ、じゅ……に」
「村が
男は目をつむって、うなだれるよう頷いた。
「りょ、に、でていて……ぐうぜん、むれに……」
「華川村に向かう奴らに襲われたんだな? よくここまで逃げてこれたな」
ひっ、と男の喉が鳴った。
「な……な、か、ま、を……ぎせい、に……」
冽花は絶句した。折しもそれは先だって自分もおこなったことであり、仲間らの
固まった冽花にかわり、賤竜が腰をまげて男に話しかけた。
『敵の数はどれぐらいだ? 見つけてどれほどの時が流れた』
「ぁ、あ……さ……さん、じゅ、は…………じ、かん、は……」
ひくつく舌をつき出し、喘ぎ、男は絞りだした。
「に、こくほ、ど……」
『敵の数、三十。二刻(四時間)か、微妙だな』
じょじょに男の呼吸が浅くなりだしているのを見て、賤竜は冽花の肩に手をおいた。
『冽花、
「……ぁっ……そう、だな」
見れば、腕のなかで男は今にも
「気休めにもならないかもしれないけど。村に、あたしらは行くよ。できるだけのことはするつもり。……お仲間さんにもそう、伝えておいて」
冽花の言葉に一度だけ男の目が開かれた。その
「……ぁ、……り……」
そう言って、男の首は垂らされた。
冽花は身じろぐこともできなかった。まだ温かい男の体を抱えて――ぽん、とまた肩ではずむ手に助けられた。男を寝かせて立ち上がる。その体にはべっとりと男の血が付いてしまった。
「行こう、賤竜。……賤竜?」
『気休めではあるが、
男の頭上の樹にむかい、賤竜が片手を振るう。
ぐっと唇を噛んだ後に頷きかえす。ふと思い立って自身も彼の
「これも持っていこう。家族が、まだいるかもしれないから」
言っていて、それが難しいことであるのは分かっていた。
自身がそれに
それでも、冽花は笛を
川を下っていくごとに、血と
※※※
それから半刻(一時間)ばかり歩いて、冽花らは村に到着した。
そこは
打ち
まだ新しい血の香りに加え、戦いの跡であろう硝煙の匂いまじりの風に吹かれ、冽花はえづきそうになるのを懸命に堪えた。
口元を押さえながら続ける。
「せ、生存者……は」
『一見して
「まだ、中まで見てみないと分かんないだろ」
『有事にそなえて体力の温存はしておけよ』
暗に、“吐くなよ”と告げる賤竜に、ぎゅっと唇を結んではにらみ返した。「行くぞ」と肩をいからせて踏みこんでいく。
村の中は静まり返っていた。風の音と、冽花らの足音いがいに響く音は存在しない。
「……
『日が
ふと足を止めて賤竜がしゃがむ。何事かと思い見れば、顔面がなかば食べられた
「何してんだ、賤竜」
『よく見てみろ、この骸を』
「えー、やだ――」
『見ろ』
ぐっと服の
『主たる傷は七つ。
「げ。殺すだけじゃなく汚されたってことかよ」
『そういうことだな。状況からみて、食事をした後に
「遊び感覚で傷つけた後に
目を見開く冽花に賤竜が頷き返し、ひっくり返した骸の背を指さす。
『人と獣の蟲獣である可能性が高い。しかもこの
「聞くだに最悪じゃねえか……」
いわゆる知恵ある獣だ。しかも大型獣の力をもつ。数ある蟲獣のなかでも
『どうする、
賤竜の言葉に、冽花は来た道を振り返った。
確かに、踏みこんで早々に、こんな遺骸を見つけてしまった。これからはこんな遺骸がもっと転げているに違いない。あるいはそれを作った本人との
唇を結びうつむいて、
「…………もう、ちょっとだけ探してみよう。危なくなったら
『心得た』
訊(たず)ねた割に、
「……賤竜は――」
『ん?』
「……なんでもない」
自分の選択に不満を感じることはないのか、と問おうとしてやめた。
また道具だなんだと言われるのも気が滅入るし、第一、自分の気持ちを楽にしたいがための言葉だと、彼女自身分かっていたからだ。
賤竜の視線を感じながら、先を切って歩きだす。
それからも
代わりに汚染された遺骸は幾つも発見され、より襲撃者の存在を、強く認識させられることとなったのであった。
が、村のなかでも端のほうの、とある一軒の家の
そこもまた他の例にもれず戸は外側より壊され、入口からでも玄関に一つ、奥に一つと遺骸が見えたため、望み薄かと思われたのだが――小さく、何かを叩くような物音が聞こえたのである。
冽花と賤竜は顔を見合わせて、足音を忍ばせて奥へと進んでいく。
音はくぐもっており、弱々しく断続的に響いていた。近づくと、すすり泣きめいたものまで聞こえる。
伏した遺骸から聞こえてくるようで、冽花が
じっと耳を傾けていた賤竜が、おもむろに遺骸に手をかけ横へと転がす。べっとり血の跡がついた板の間を探り、ごくごく小さいくぼみを見つけて板を外した。
すると、現れた
「鳥……! 鳥の蟲人? っ、こんなに血だらけになって……」
おもわず息を飲んで、冽花は眉尻をさげた。
右肩から先が白と黒のまだら羽に覆われた子どもは、血でぬれそぼった
あまりにも痛々しい姿に、おもわず両腕を伸ばした。
「おいで。痛いとことかないか? 怖かったなあ。一人で心細かっただろう」
その言葉を聞くと同時に、幼子の
その背を擦りながら、冽花は賤竜を見やった。賤竜は退かした遺骸の
死因は――一見して、分かりにくいほどにぼろぼろの遺骸であった。服の柄や髪の長さから察するに、女性なのだろうが。
とくに背面からの傷が多いことに、ぐっと冽花は唇を噛み締めた。
「この子の親……だったのかな」
『その可能性はあるな。隠されたために生き延びたのか』
やるせなさにもっと唇を山なりに結ぶ冽花である。
蟲人の生きにくい世の中だ。子どもは捨てられることが多い一方で、我が子だからと、大切に育てられる例も確かに存在はする。その数少ない一例だったに違いない。
「賤竜、この子の傷は……?」
『……陰気、陽気に乱れは存在しない。無傷だな。この血の香りはこの骸のものだ』
「……っ」
もう
父が先に立って倒れ、母が死ぬまで守り抜いた構図なのだろう。
家の外からは絶え間なく悲鳴に
「もう大丈夫だよ。
「ぅ、ぅぅー……うゥー」
「うん、いっぱい泣きな。大丈夫。怖いものなんて、なんにも――」
だが、冽花の目と鼻の先に掌が出されていた。賤竜のものだ。
その手がひかれて口元に指をたてると、彼は戸口のほうへと向かった。
後ろ手にひいた右手に
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