第18話
「あぁっ……」
一晩明けて地獄の様な頭痛と吐き気によってカリムは目を覚ます。
どうやって帰って来たかは定かではないが自分の家で目を覚ました事に安堵を覚え、ふらふらとした足取りで低級の解毒ポーションを手に取り、迫りくる吐き気とともに飲み干すと、椅子に腰掛け大きく息を吐く。
しばらくすると多少二日酔いが収まり着替えをすると家を出る、幸い寝坊した様子をはなく、途中出店で簡単な食事を買いむりやり胃に収めると、不思議と楽になったような気がした。
「おはようございます」
普段より力のない声で挨拶をすれば同僚達が未だ土気色の顔を見て、心配半分からかい半分といった様子で声をかけていく。
「カリム!」
突然の大きな声に頭を抑えながら振り向けばそこには見慣れた上司が顔をしかめ立っていた。
「お前なにしたんだ? 会長からお前が出勤次第顔を出すようにと連絡があったぞ」
その言葉にカリムは更に顔色を悪くした十中八九昨日の事だろう。
「急いでお伺いしろ」
「はい……」
力なく返事をすると上司は「とりあえずこれ飲んで、顔洗ってからだな」と苦笑いしながら今朝のんだものと同じ解毒ポーションを手渡すと、「すいません」とカリムは本日二本目となるポーションを飲み干した。
ルクレア商会会長室前、カリムは大きく何度も深呼吸をし覚悟を決め「お願いします」と待機する老執事セオドアに声をかけた。
数度ドアをノックし「失礼します、会長。カリムさんがお見えです」とセオドアが声をかけると「入ってくれ」と低い声が返ってくる。ゆっくりと開くドア、セオドアに促されカリムは緊張した様子のまま入室をする。
「失礼します」
入室したカリムのまず目に入るのはソファーの上座に腰掛ける、短い髪を後ろになでつけている偉丈夫ルクレア商会会長マーシス。
冒険者時代に上げた功績により王国より男爵位を得、各地を依頼で飛び回っていた頃の国内外の人脈を利用し一代でトライアズを中心に王国内に拠点、販路を作り上げた男。その眼光は鋭く、現役を退いて久しいはずの身体は未だ衰えを見せていない。
「そこにかけてくれ」
促されたソファーに「失礼します」と腰をかける。
向かいの席にはノインが、セオドアはマーシスの斜め後ろに控えていた。
「カリム君、お茶とコーヒーどちらが良かったかな」
マーシスの問にうわずた声で「コーヒーでお願いします」と答える、カリム個人としてはお茶の方が好みなのだが、コーヒーはルクレア商会の主力商品の一つであるのだ。
しばらくするとコーヒーの香りがふわりと鼻に届く。マーシスとカリムにはコーヒーが、ノインの前にはお茶が置かれ、給仕をしたメイドのセラはノインの後ろについた。
「すまないね、カリム君。朝から呼び出してしまって」
「あっ、いえ、いつでもお呼びください」
「そう言ってもらえると助かるよ。君の事は聞いている中々の目利きだと」
「ありがとうございます」
カサカサで張り付きそうな喉にカリムは熱さを我慢しながらコーヒーを流し込む。
「君を呼び出したのは…… 分かっていると思うが昨夜の事だ。随分とお祭り騒ぎだったと聞いた、何やら途中にルクレア商会の名前も上がっていたそうだが…… 何があったか聞かせてもらえるかな」
―― 来た……
当然予想していた事だがマーシスの口から聞かれると思わず大きく喉をならす。
「はい、では少し長くなりますが」
カリムはヤコウがお店に現れた所から話をする。ドートレスとのやり取りから始まり、ヤコウが自らのスキルの小袖の手の話をしたところでノインが小さく反応をした。
「私と居た時もいつの間にか服装が変わっていた事がありましたがやはり、スキルでしたか」
「はい、次々と服装を変えていました。そして次に変わったのは真っ白な
ドレスだったのです」
「「ドレスだと(ですか)」」
マーシスとノインの声が重なる。
「はい、見たことのないシルエットのドレスでした」
カリムは少し冷えたコーヒーを飲み込み唇を湿らせる。
「それまでは私を含め商売人や、女性の方達は何処か遠巻きに見ていました。あぁ、また馬鹿騒ぎをしているなと。ヤコウ殿は女性用の服装に数度姿を変えました。ヤコウ殿の周りに居た男性の方達は服装を変える度に笑っておりましたが、商売人や女性の方々はその見たことのない服装に目を奪われたのです」
「ふむ、カリム君から見てそのドレスや他の服装はどうだったのだ」
「はい、正直に言えば金になると…… 離れたところから見ただけでしたがどれもが見たことのない服装で、もしスキルでなく現物であればすぐにでも買付けたいと思う程です。ただ……」
「どうしたのだ」
「今思えばですが、ヤコウ殿の手の上だったのではないかと」
「それはどういう事だ」
「先ほどもいいましたが何処か私達は冷ややかな目で見ていました。当然私はお嬢様との事も耳に入っておりましたがそれでもです」
「カリムさん、それではヤコウさんは」
「はい、その場の全員の視線、興味をそこで一気に集める為なのではと」
室内に沈黙が流れる、マーシスは大きく息を吐くと姿勢を前のめりにし「続けてくれ」とカリムに声をかける。
続きをカリムは話し初め、途中酒樽を軽々と運んだ話には「ほう」とマーシスは声を漏らし、樽を拳でヤコウとドートレスで打抜きそこから酒を皆に振る舞った話には目を見開いた。
「そこで勝手だとは思いましたが声を挙げさせて頂きました。この機を逃しては行けないと思い」
「それでうちの名前が外まで聞こえる程の大合唱となったと」
「はい……」
「そうか……」
マーシスはゆっくりと立ち上がり、カリムの後ろへと移動する。その圧にゴクリと喉を鳴らすと、背後から両肩を掴まれカリムの身体が一気に揺れる。
「よくやった!!」
前後に身体を揺らされなんとか「ありがとうございます」を絞り出す。
「いや! 面白いな。ノイン達からも話を聞いていたが、なんだよそいつは」
マーシスは笑い声を上げながら再びソファーにどかりと腰を下ろす。
「大森林を無事に抜けて、ノイン達と合流、街についてセラをつければ鑑定を見破り、ギルドに着いたら着いたで、絡まれて決闘だっ。そこで化け物みたいな召喚獣を呼んだと思えば、大量の魔物を納品」
腹を抱えて笑うマーシスにカリムは唖然としノイン達はまたかと呆れた様子で見ている。
本来のマーシスはよく笑う気さくな男だ、男爵、会長という肩書があるがゆえ威厳がある態度をと心掛けているが、マーシス・ルクレア男爵よりも冒険者マーシスが顔を出したのだ。
「それで夜にはそれかよ。なんだよ、めっちゃくちゃ面白いじゃないか。いや、俺もその場に居たかったなくそ」
セオドアに目線を送り「セオドア、スケジュールは」と声をかける。
「一番早いと4日後の夕方です」
「おし、食事の用意を。セラ、彼の宿泊先は?」
「首狩り兎に、報告では朝からギルド内の資料室に籠もっていると報告を受けております」
「ほう、ではカリム君」
「はい!」
「悪いがヤコウ殿に予定を聞いて来て貰えないか」
「かしこまりました、すぐに確認して参ります」
カリムはこれ幸いと立ち上がり「失礼します」と退室しようとするが、ドアに手をかけた所で呼び止められる。
「結果の報告が済んだら、今日はもう休みでいいからな。何だったら明日も一日休んでおけ、私の方から話しておくから」
マーシスの言葉にカリムは「ありがとうございます!」と頭を下げ、退室していく。
マーシスは冷めたコーヒーに口を付け「きっとこれから大変になるだろうからな」呟く。当然それがカリムに届くはずはなく、辛うじて聞いていたセオドアが気の毒そうにカリムの出ていったドアを見つめていた。
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