第17話

「本当にヤコウ、お前は最高だ!」


 ヤコウの肩に手を回しドートレスは声を上げて笑う。それに答えるようにヤコウもドートレスの肩に手を回す。


「あぁ、昼には拳を、夜には酒を交わしている。ここにやって来てすぐに、こんな友人が出来るなんて私は幸運の星の元に産まれたようだ」


 その言葉にドートレスは一瞬呆気に取られた顔をするが、すぐに破顔し上機嫌で声を上げる。


「おお!友人そうか、おう!ヤコウと俺はもう連れだ!」


 ドートレスはグッとジョッキを飲み干し「あぁ、くそ最高だな、酒をくれもう樽ごとだ」と嘯く。「樽ごと、樽ごとか…… いいなそれ」と言うと、ヤコウは馬鹿騒ぎに苦笑いを浮かべる店主の元へ向かう。


 急にどうしたんだと店主と何かを話しているヤコウを見ていると、カウンターの中、棚に並ぶ酒樽を持ち上げるヤコウの姿にドートレスは目を剥いた。

 

 あの細身の身体のどこにあんな力があるのかと。

 

 ドンと音を立て、眼の前に置かれる酒樽にドートレスだけでなく、周りからも何だ何だと声が上がる。


「ドートレス、私の故郷にこんな祝いの方法があるんだ」


 ヤコウが説明するのは鏡開きの方法。「木槌なんて持ってないぜ」とドートレスが言うと「私達冒険者にはこれがあるだろ」とヤコウは拳を見せる。ドートレスは目を見開くとすぐに「ちがいねぇ」と笑う。


「みんな聞いてくれ!」


 ヤコウの言葉にざわざわとしていた声が収まる。


「今日、私はドートレスという良き友にそして君たちという友人に出会えた。それを祝わせて欲しい」


 ヤコウとドートレスが酒樽の前に並び「「せーの!!」」と言う声とともに振り下ろされる拳。

 

 小気味の良い音を立て割れる蓋と飛び散る酒。


 ぽっかりと蓋が空いた酒樽、表面には小さな木くずが浮いているが気にしないと言った様子で雑にジョッキで酒をすくい。「乾杯」とジョッキをぶつけ、ヤコウとドートレスは酒を飲み干す。


「さあ、これは私から皆にごちそうさせて欲しい。遠慮なく飲んでくれ!!」


 ヤコウの言葉にドッと声が上がる。雄叫びの様な声の間に挟まるヤコウとドートレスの名前。


「「「「ヤコウ!!ヤコウ!!!」」」」

「「「「「ドートレス!!ドートレス!!!」」」」


 借りた杓でどんどんと酒を注いでいく。

 そこに老若男女、職業の差はなく次々と注がれた酒が「ほら!どんどん回せ」と皆に配られていく。


 皆に行き渡った頃にヤコウがドートレスに目配せをし、ドートレスはジョッキを高く掲げると釣られたように皆が各々のジョッキやグラスを掲げる。


「よしゃ!!乾杯だ!!!!!」


 それを合図に皆が「「「乾杯」」」と声を上げ、思い思いに近くの者とジョッキをぶつける。


 そんな光景にドートレスは興奮を隠せないでいた、顔が真っ赤なのは酒のせいだけではないはずだ。数時間前には予想もしていなかった光景、ヤコウに勘違いで絡み、負け、ギルドマスターやエヴァ達に怒られていたのが嘘のようだ。まるでそう昔、田舎で聞いて憧れた冒険譚の一幕みたいじゃないか。横を見れば酔っ払いに絡まれながら笑っているヤコウの姿、幸運の星だって、ツイてるのは俺の方じゃないか。

 

―― ちくしょう、ヤコウだけに格好つけさせる訳には行かねえな。


「オヤジ!!!足りねぇ!俺も一樽貰うぜ!!!!」




 ドートレスのそれに場は更に盛り上がりを見せた、そう異常なほどに。

 

 その異常に、熱に浮かされた中に彼はいた、名はカリムしがない商人、商人といっても自分で店を持っているわけではない、いつかはと思っているが今はある商会で買付けを担当している。ルクレア商会、そうノインやセラがいる商会の一員。ヤコウの事はノインの件もあり当然耳にしていたし、昼間の件も耳にはいっていた。本当にたまたま、友人と仕事終わりに食事をとこの場に居合わせたのだ。ただの買付け担当であり、当然ヤコウの監視等をしていた訳では無い、その役目の者達は遠くから店の様子を伺っているのだから。


―― 何だこれは、何だこの状況は。


 カリムはグルグルと思考を回す、見渡せば他の商会や商店の人間の姿はチラホラと見えるがルクレア商会の者は自分だけなのだ。


―― いいのか? お嬢様と縁のある方が中心となっているこの騒動に


 しばらくしての後にカリムは語る、この時の選択は人生でもっとも正解で、もっとも不正解な選択だったと。飲まれていたのだ次々と注がれる酒とこの異常な雰囲気に。


 カリムは大きく深呼吸をすると覚悟を決めた様に立ち上がる。買付け担当としてある程度の金額は自由に動かせる裁量を与えられている。当然、あの一樽の値段も頭に入っている、最悪だめでも自分の蓄えで補える金額。気がつけばヤコウ達の席の前、人生で一番じゃないかと思うくらいの声で告げる。


「私はルクレア商会のカリムと申します! お二人の友誼に当商会からも一樽出させて頂きたい!」


 その声に場の音が消える。


―― しまった失敗したか……


  ゴクリと唾を飲み込むとガッシリと両側から、ヤコウとドートレスに肩を組まれる。


「皆聞いてくれたか!! こちらのルクレア商会のカリム殿から一樽提供頂いた。皆、彼にルクレア商会に拍手を」


 ヤコウの声に再び声が上がる、それはルクレア商会とカリムの名。

 それにやられたと顔色を変えたのは他の商人達、既にルクレア商会程のインパクトはないがここで声を上げないのは気を逃すのではと次々に声が上がる。

 

 そして気が付けば店内にいた者だけでなく、何事かと顔を覗かせた者達を次々と巻き込み飲めや歌えやの祭りの様相を呈し、この店が始まって以来の売上を叩き出た。閉店後の店員達のやつれた顔を見て、店主は次の日の営業を取りやめた程であった。


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