第12話

 鈴が鳴る。


 りん、りんとヤコウの動きに合わせて鈴がなる。


 それは仮面につけられた鈴なのだろうか、それならば小さいのによく響く。


 りん、りんと鈴がなる。


 攻撃を避ける度に響く鈴の音、避ける度にたなびく袖、衣装も相まってどこか踊っている様に見えた。囲む男たち、少し離れてみているユナ達、ヤコウを見極めんと見つめているセラ、そしてメリルとメリルの隣に立つ禿頭の男、それらの耳に届く鈴の音。1人、2人、そして多くの者がはたと気が付く。


―― 誰の声なのか? 先程から聞こえる声は誰のものなのか?


 欲しい……欲しい


 周りを見ても声の主は居らず。


 欲しい…あな欲しい……


 まるで耳元から聞こえる様なそれに一応に顔が曇る。


 足りぬ、足りぬ


 言葉が重ねられていくたびに空気が変わっていくのを否が応でも感じる、まるでこの場の空気が、聞こえる言葉が質量をもったかの様に重くのしかかる。


 響く鈴の音と聞こえる言葉。


 五欲どれだけ満たそうと


 舞う様にドートレスの攻めを避ける姿と合わせて見れば、まるで何か儀式、祭事かと勘違いしてしまいそうだ。


 どれだけ手にしても、まだ足りぬ

 あぁ、乾く乾く、足りぬ足りぬ、満たされぬ満たされぬ


 ガタリといくつか音がする。メリルが音の方へ顔を向けると、リーリリ、エヴァが膝を着いている。セラそしてメリルの隣の禿頭の男、ギルドマスターである彼、リブラも額に汗をじっとりと滲ませている。


 リブラはゴクリと喉を鳴らす。

 死……

 幾つもの死……

 確かにリブラの目にはそれが見えた。


 その日、ある冒険者パーティー『クオリア』が持ち込んだそれのせいでギルドの裏では落ち着きのない様子となっていた。アクレスの花、しかも数年に一度市場に出回るかどうかと言うほどの大輪の物。リブラもこれ程見事なものは初めて見るくらいの物だ。何処でこれをと聞けば「貰った」と言う。そんな馬鹿なと問えば彼女達はさらに、ルクレア商会のノイン嬢も同じ物を貰っていると言う。誰にと聞けば要領を得ない感じだが、曰く狐の仮面の男だと。門の所で分かれたがじきにギルドに来るのではないかと言う事で、リブラは見極めねばと身構える。それ程の物を容易く与える男、利になる者なら此処を拠点として貰いたい。リブラは意を決し、該当の者が来たら自分がと伝えようとカウンターへおもむくと、それらしい男が既に登録に訪れ、更にドートレスに絡まれて訓練所へ向かったと言うではないか、登録を担当したメリルに話を聞けばルクレア商会のセラまで一緒に居たと言う。


―― セラを付けたと言う事は


 ルクレア商会が彼女を付ける意味をリブラは知っている、これでリブラの中で彼女達が言っていた事が現実味を一気に帯びた。


「メリルお前も一緒に来い」


 そうして訓練所で目にしたのはドートレスや他の冒険者達に囲まれる仮面の、狐の仮面をした男。既にその場にいた『クオリア』の面々に視線をやると、彼女等はあれがその人物だと言った様子で頷く。


―― せっかくだアイツ等には悪いが様子を見させて貰おうか

 

 そして始まるドートレスの攻めそれを容易くその男は躱していく。


―― 見事なもの……ん?


 耳に届く鈴の音と何かの言葉。それが重なる度に空気が重くなる。


―― これは!? 不味いか


 そう思った丁度その時、『クオリア』のリーリリとエヴァが膝を着く。リブラ自身立っているのがやっとだ、セラも顔色が悪い。それは魔力探知が比較的得意な者達ばかり。リブラの頭の中で警報がガンガンと響く、止めなければ危険だと。


 「そこまでだ!」そう言おうとした瞬間それは現れた。それが纏うのは殺気なんて生易しいものではない。


ただそこにある死

濃厚な死


 どれ程の死を喰らえばそうなるかと思う程の死がそこにはあった。

 そしてその死の気配を撒き散らす九つの尾を揺らすの黄金の獣はとても美しかった。

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