第11話

 ドアを抜けるとそこは雪国だったなんて事はなく、広がるのは陸上の競技場のような場所であった。ドアをくぐる前にセラからヤコウが受けた説明では、この場所はギルド所有の訓練所。くぐったドア、正確に言えばドアに取り付けられた宝石【玄関子げんかんし双生石そうせいせき】は設置したドアとドアを繋ぐ道具であり、二つに分かれた宝石がそれぞれのドアに取り付けられている。ダンジョンで極稀に発見されるものであり過去発見された報告は限り両手で数えれる程であり、冒険者ギルド内で確保できているのはこの扉についているものと解体場に続いているものと後一つだけなのだという。


 なぜヤコウがここにいるのか、モンスターの買い取りの為等ではなく、決闘などという中世の貴族かと思わせるようなものの為であった。


「おい!降参するなら今のうちだぞ」


 ヤコウに向き合う様に並ぶ男達、その中でもリーダ格であろう男が声を張り上げると他の者達からも大小声があがる。そんな声を聴きヤコウは小さくため息をつくと、訓練所を囲むように設置されている観客席に座るユナ達に目をやる。この騒ぎの原因、エヴァと目が合うと彼女はゆっくりと口角を持ち上げる。怖い女だと視線をもとに戻し男達を見据えながら、数刻前の事を思い出す。


 買い取りの順番待ちの際に絡んできた男達、そんな彼等にエヴァは。


「嫉妬かしら…… みっともない」


 そういってヤコウの腕に絡みつくように身を寄せるエヴァ。その姿に男は顔を真っ赤にして声を荒げる「勝負だっ」と。

 

 ヤコウはギルド訪問時に絡まれると言うテンプレートな状況に感動しながら、ふっと目に入るエヴァの顔、からかいがいがあるおもちゃを見つけたと言わんばかりの笑顔に寒気の様なものを覚えた。

 

 そんなヤコウを尻目に誘うような視線で口を開く。


「そうね、もしこの人に勝てたら…… 今晩食事にでも付き合ってあげてもいいわ」


 その言葉にガタっと多くの椅子がゆれる。立ち上がる殺気だった男達、野獣の群れ、初めは数人だった男たちの群れは十数人の獣の群れへとなる。

 

 エヴァはヤコウと目を合わせると困った様にわざとらしく笑う。


「怖いひとだ」


 その呟きにエヴァは嬉しそうに目を細め「怖い女は嫌いかな?」と冗談めかして口にする。それにヤコウが「どうだろうな」と返すと満足そうにエヴァは笑う。そんなやりとりを見て初めに絡んできた男が更に激高し声を荒げた所でギルドの職員が制止に入るが、男は興奮したままギルド職員に訓練所の使用を申請し今に至ると言ったところであった。


「後悔してもしらねぇからな!」


 男が叫ぶ。

 それを合図にヤコウを囲む様に広がる男達、しかし囲む様に広がり身構えているだけで誰もヤコウに向かってくるものはいない。唯一正面、さきほどから声を張り上げている男だけが武器を構えじりじりとその距離を詰めている。


「全員でこないのか?」


 一斉にかかってくると思っていたヤコウは思わずそんな言葉をこぼすと、対面する男の顔が怒りにゆがむ。


「そんなわけねえだろ! 1対1に決まってんだろうが! 馬鹿にするんじゃねえ!お前一人に全員でかかるなんてダセェ事するわけないだろうが!」


 怒鳴り声を上げる男、それに賛同するように廻りを囲む男達からも声が上がる。その証拠に先ほどからよく聞いていれば彼等の口からヤコウを罵るような言葉は離れていないのだ。


―― 悪くない


 ヤコウは彼の彼等の事をそう思うと思わず笑みがこぼれる。


「何笑ってやがる!」

「あぁ、これはすまない、いや、なんだ悪くないとおもってね」

「はぁ?意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

「いやいや、存外いい男達だと思ってね。名前は?」

「名前だぁ? ドートレスだ!」

「ドートレスか、私はヤコウ」


 「以後お見知りおきを」ヤコウはそういうとドートレスに向かって腕をまっすぐ伸ばすと指を鳴らす。

 

 乾いた音が響く。

 

 気が付けばヤコウの服装が変わっている。本来ならば服装を変える必要等ないのだが、それでもヤコウはあえてその服装を変える、そう何事も演出が必要だ。


 ―― なんだあれ? 


 それがドートレスが突然恰好の変わった姿を見て思った事だった。それはドートレスだけでなくこの場にいる多くの者が同様の事を思った。


 彼等には貫頭衣の様に初めは見えたが直ぐに違うことに気が付く。数枚重ね着をしているのだろうか、白の下には紫が見える。やけに袖が大きく、深い紫のズボンはゆったりとしていた。それぞれがヤコウの姿を観察している。その服は狩衣と呼ばれるもの、神職の方や平安時代の貴族等が来ている服であったが当然ドートレス達がそんな事を知るはずもなく不思議な服だと思ったが、ヤコウに妙に合っており可笑しなものには見えなった。


「さて、ではし合おうか」


 ヤコウのその声にドートレスは大剣の握りを確かめ、改めてヤコウの姿を確かめる。武器を持っている様子はないがナイフのようなものや暗器ならばあの袖に隠せるだろうか、それとも魔術師なのか、しかし魔術師にしては間合いが近く感じる。


―― めんどくせぇ!


 ドートレスは考えてもわかんねぇと間合いを詰め横なぎに大剣を振るう。跳ねる様にヤコウは後ろに避け、更に振り下ろしの一撃を半身に避ける。次の一撃も、更に次もとドートレスの攻撃をヤコウは躱す。次第に大振りになっていくその攻撃、ふりまわす様な横なぎの一振りそれに合わせる様にヤコウが前にでる。

 

 その瞬間ドートレスの口角がくっと上がる。

 

 身体強化。

 

 跳ねあがる膂力、無理矢理に軌跡を変え懐に飛び込まんとするヤコウめがけ振り下ろす。当たろうかという間際にヤコウの頭が横にぶれる、剣先が地面に届くころには半身になるよう横に避けていた。地面に触れる剣先、起こるであろう土埃は起きず地面が針山の様に隆起。ドートレスは地面にふれた剣先を起点とし「アースニードル」を起動したのだった。隆起する地面、ヤスナはジャンプするとその先端を足場に更に高く飛ぶ。空中では身動きがとれまいと降りてくるヤコウめがけドートレスは突きを繰り出すが、突き出された大剣その先端にくっと重みが加わる。大剣の先、刃先の先に見える綱渡りでもしている様な形で並ぶ靴。ドートレスは声を上げ大剣を振り上げると、それに合わせヤコウが後方に飛び、音もなく着地する。


「・・・・・・・・・・・」


 ヤコウが何かを呟くとりんと鈴の音が鳴る。

 そして、ドートレスはゆっくりと膝を着いた。

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