第9話

 再び歩き始めた二人、初めは沈黙が流れたがセラが意を決し質問をすると、ヤコウはその質問にすんなりと答えセラは拍子抜けしてしまった。セラが質問しヤコウが答える、当然答えれないところはヤコウはその旨を伝え、次の質問へと移る。ヤコウも何かあればセラに質問をした。

 

 質疑応答といった様子でポツポツと始まったそれはいつの間にか会話へと変わり、気がつけば目的地は目の前となっていた。


「こちらが冒険者ギルドとなります」


 そこには煉瓦造りの建物があり、開放された両開きの扉の中には多くの人で賑わっていた。ヤコウはゆっくりと扉をくぐり、セラもその後を追う。ギルドの中はヤコウが想像していた通りの光景が広がっており、並ぶカウンター、その奥で微笑む職員であろう女性達、大きなボードにはいくつもの紙が貼りつけられており、その前で何人もの冒険者達が話をしながらそれを見つめている。ホールの端には二階へと続く階段があり、吹き抜け状となっているそそこには幾つもの扉が目に入る。

 「乾杯」と木製のジョッキのぶつかる音が聞こえそちらに目をやれば隅に併設されているこじんまりとした食堂で男たちが軽食をとっていた。そんな光景にヤコウの胸は高鳴り、それを悟られないように必死で抑える。


「あちらのカウンターで登録ができます」


 ちょうど空いたカウンター、ヤコウはセラに促されるままにそちらへ向かった。


 見慣れぬ男、その顔には面。その背後には付き従うようにメイドが一人。ヤコウとセラ、冒険者達の視線がいやおなしに二人に集まる。お貴族様か? 顔を隠してお忍びの依頼でも出しにきたのか?そんな考えが頭をよぎり彼らは異質なその二人を目で追っていく。それはヤコウが今まさに向かっているカウンターを担当しているメルリも同じであった。

 

――セラさん?


 メリルは見覚えのあるその姿に安堵していた。貴族がお忍びで出す依頼なんか面倒に違いない、実際に往々にしてそうなのだ。しかし、セラが付いているという事はルクレア商会が大なり小なり関わりがあるという事、ならばよほどの事はないだろう、なにかあればルクレア商会が間に入ってくれるはずだとメリルは考えたのだ。


「ようこそ! 冒険者ギルドへ、本日はどのようなご依頼でしょうか?」


 メリルは笑顔をつくり男性に声をかけながら、背後に控えるセラに目配せをすると目が合ったセラは小さく頭を振る。


「もうしわけない。今日は依頼ではなく、登録をしに来たんだ」


 依頼だとばかり思っていたメリルは「えっ?」と思わず聞き返してしまった。


「えっと、冒険者の登録ですか?」

「はい、ダメでしたか?」

「いえ……ダメではないですが」


 困った様子のメリルを見かねてセラが割って入る。


「メリルさん、この方の登録をお願いします。ルクレア商会がこの方の身の保証をいたします」

「……かしこまりました」


 メリルはヤコウへと視線を移すと、一枚のプレートを取り出し「こちらに手を置いていただいてもよろしいですか?」とカウンターの上に置いた。


 ヤコウはメリルに言われた通りにプレートの上に手をおいた。

 その瞬間に現れる「識別効果発動中」の文字。さらに「情報を公開しますか?公開内容を操作する事も可能」と文字は続く。


 名前や性別、種族等、このプレートに記入されるであろう内容が頭に浮かぶ。ヤコウは表示されるであろう内容を操作。生成りと書いてある種族欄を人へと変化、他にも数か所変化させ終わるとプレートに文字が刻まれていく。


「ありがとうございます。えっと……ヤコウ様ですね、これで登録は完了いたしました。続いて登録証の作成となりますがカード、ペンダント、リング、バングルの形状からお選びください。後日加工しなおす事も可能です」


 カード、ペンダント、リング、バングルそれぞれのイラストが描かれた用紙、それぞれのイラストの下には数字が書かれており、それぞれの価格のようだ。カードが一番安く、ペンダント、リング、バングルの順番で高くなっている。ヤコウはぐるりとギルド内を見渡すと同じデザインのペンダントやリング、バングルを複数の冒険者達が身に着けており、セラに目をやれば彼女の指にも同じリングが嵌められていた。


「リングで」

「かしこまりました。加工にお時間かかりますのでお待ちください。完了しましたらお呼びしますので、ギルドの外には出ないようにお願いします」


 「登録料をお願いします」カウンターに置かれたキャッシュトレー、それにヤコウは少し困った顔を作る。


「その……今手持ちがなくて」


 ヤコウがそう言うとメリルの表情が一瞬曇る、それを見たセラが「登録料は商会の方に請求を」と言いかけた所でヤコウが手を上げ制止する。


「買い取りをお願いしたいんだ」

「買い取りですか」


 メリルは値踏みするようにヤコウを見た。貴族を思わせる出で立ち、装飾品でも売りに出すのかと。

 ヤコウとしては迷い家にあるモンスターがお金になればいいし、もしそれらがたいした金額にならなくても高額だと聞いているアクレスの花を売ればいい。なによりもテンプレートの様なギルドで大量のモンスターをと言うやつをやりたいのだ、「俺なにかしちゃいました?」と。


「では、あちらの買い取りカウンターへお願いします」


 メリルが指す端のカウンターには幾人かの冒険者達が並んでいる。

 お礼を言うとヤコウは並ぶ冒険者達の後ろに着いた、当然セラもヤコウの後ろに付いている。先程まで雑談を交わしながら並んでいた冒険者達は言葉少なく後ろに並ぶヤコウ達の様子を伺う。彼らからしたらお忍びの貴族だと思っている節があり、いつ後ろの仮面の男が難癖をつけて順番を抜かそうとしてくるのではないかと身構えていた。もっともそれは彼らの杞憂に過ぎず、ヤコウからしたら列に並ぶのは当然だと思っているし、ギルド内で目に映るものの多くが好奇心を刺激し眺めているだけで楽しいのだ。

 

 まるでアミューズメント施設で乗り物に乗る列に並んでいるような気分。

 

 ヤコウの想像よりスムーズに列は進みカウンターへ着くと、番号札を渡され「お呼びするまでお待ちください」と言われ、役所のようだとヤスナは若干の懐かしさを覚える。


「あちらが開いております」


 セラに促されるまま空いている席に座る。後ろで立って待とうとするセラを座らせると、気になった事等を聞きながら呼ばれるのを待つ事にした。


「ん?おっ!ヤコウじゃないか」


 突然呼ばれた名前にヤコウはキョロキョロと視線を動かす。


「上だ上」


 それに視線を上げると吹き抜けとなっている二階部分にリーリリ達の姿が目に入り、声をかけたであろうユナが手を振っており、ヤコウはそれに手を振り返す。

 軽快な音を立て階段を駆け降りるユナとミーナ、少しおくれてリーリリとエヴァがゆっくりと一階に降りると、ヤコウの座るテーブルへ当然の様に腰を掛け親しげに会話を始める。


 それに混乱したのは他の冒険者達、「どういうことだ?」「知り合いなのか?」と様子を伺っていたが、いつしかその仲睦まじく話をしている姿に、怒りに近い感情が男達、それもユナ達に少なからず好意を持っている者の中に沸き起こった。好意と言っても恋愛感情のそれではなくアイドル等の推しと呼ばれるそれに近い感情。中には恋愛感情を持つ者もいるがごく一部であった。

 ユナ、ミーナ、リーリリ、エヴァ彼女らは実力もさることながら、ユナはツヤのある褐色の肌に長身で引き締まった身体、女性にモテる女性といった様子もし男装でもしたら黄色い歓声を一身に背負いそうな様子で、ミーナは小柄で元気がよく妹気質というか甘え上手で、顔に負けないくらいに耳と尻尾の表情が豊か、次にリーリリはクールで知的な美人といった様子で風に揺れるサラサラの長い金髪、そして涼やかな瞳に睨まれたいと言う方も多い、最後にエヴァはオニキスの様な瞳と烏の濡れ羽色の長い髪、気だるそうな雰囲気と豊かな胸部が目を奪う。

 各々に違う方向で見目が良い、そんな四人といきなり現れた怪しげな男が親しげにしている。更に四人だけでなくセラも、既に冒険者を引退して久しく彼女を知る者は一部であるが、その一部の男たちの怒り、嫉妬を燃え上がらせた。



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