第8話
思わず声を上げそうになるのをヤコウはぐっとこらえていた。
目の前に広がるのは映画やアニメ等の映像で見ていたような煉瓦造りの町並みが広がっている。地面は綺麗に舗装されており、馬車がすれ違ってもかなり余裕のある道幅になっていた。街の中央へと続くその道はまっすぐと伸びており遠くに細く天まで続いているのかと思わせるような搭が見えた、更にその奥にも建物が見えその景色はこの街の大きさを容易に想像できた。
―― あれはウサギの獣人、あの髭もじゃなのはドワーフか!あの冒険者4人で分かってはいたけどこう改めてみると
行きかう多くの人種達を見ながらヤコウは改めてここが異世界なのだと実感がわく。すれ違う人達を見ながらヤコウは思う。
―― 同じ獣人でもいろいろなんだな
同じ獣人、たとえば犬の獣人でもその姿は様々で犬種で違うのは当然、人の頭に犬の耳と尻尾といった一見コスプレの様に見える者から、人の身体に犬の顔が乗っていような者、二足歩行の犬を人の姿に近づけたような者と多様な姿をしている。獣人だけでも様々な姿、それ以上に多くの人種が思い思いの服装をしている、簡素な服の者もいれば、ドレスのような服を着ている者、レザーアーマーの者もいればフルプレートから爬虫類の尾が出ている者、とんがり帽子にローブといった魔法使いといわんばかりの姿の者。
おそらく前を歩くセラがいなければ、ヤコウは足を止めてこの光景をいつまで眺めていたに違いない。それほどにこの光景はヤコウの琴線に触れるものであった。それは目の前を歩くセラの姿も同様であった、メイド服と呼ばれる姿なのだがスカート丈が短く、胸廻りが強調されたようなものではなく、ロングワンピースにエプロンといったオーセンティックなものであった。
―― 私が選ばれたという事はそういうことなのでしょうね
セラは自らの後に続く男、ヤコウを案内する為に自分が選ばれた意味を理解していた。ヤコウの忙しなく動く視線の先をそれとなく確認する。町並みや道行く人達を追う視線、その瞳にあるのは純粋な興味だというのが簡単に見て取れた。セラに課せられたのはギルドへの案内だけではなく、案内する間でのヤコウの観察とその報告、それは元冒険者として斥候の役割をしていた事による経験と彼女の持つスキルが関係していた。
「いかがですか?この街は」
セラは速度を落としヤコウの隣へと下がる。急に話しかけられたヤコウはセラを見ていた事がばれたのかと思い反応できなかったが「先程から色々なところを見てらっしゃったようなので」とセラが続け、ヤコウは「あぁ」と短く返事をし、あらためてぐるりと辺りを見回す。
「すばらしい街だと思います。多くの人達が行きかい、活気に満ちている」
「ありがとうございます。もし気になる所があればおっしゃって下さい」
微笑むセラ、微笑みの裏でセラはギフトを使用していた。
後天的に獲得が出来るスキルと先天的に得る事が出来るギフト。剣術等の技術といったスキルと魔法を使用する為に必要な能力である魔力操作などの才能といったギフト。
【鑑定】それがセラが持つギフト、対象の情報を得るギフトだった。同名の魔法も存在する【鑑定】、セラのギフトと魔法のそれの違いは何か、それは時間と相手の認識の違い。魔法のそれは効果は直ぐに現れるが、効果対象に触れる必要があり、更に対象者が生物の場合は相手の合意がなければ成功する可能性は低くなる。
それとは逆にセラの持つギフトとしての【鑑定】は効果が直ぐに現れる事はない。対象を長時間観察しなければならないし得られる内容も劣る、しかし対象者に触れる必要はなく合意がなくても結果を得ることができ、更に効果の対象になっている事に気が付かれないまま情報を得ることができる。秘密裏に相手の情報を得ることが出来る、どんな情報であれそれは対象への対応を決める際に大きなアドバンテージとなる。
セラが微笑み鑑定を使用した時、既にヤコウの目に映る景色にある文字が浮かんでいた。
「識別効果使用」
その文字がセラの頭上に現れ、思わずヤコウは頬が緩む。
―― これが【天邪鬼】の効果か
「気になる所……」
「何処かございましたか」
じっとセラを見つめるヤコウに、「なにかございましたか」とセラは困った様子
「あぁ……失礼、髪にゴミが」
「えっ!?あっ、ありがとうございます」
セラは髪を手で払うが、ヤコウは首を傾げる。
「取れてませんか?」
「ええ、髪に触れても?」
「大丈夫です、お願いします」
少し頭を伏せるセラ、ヤコウは手を伸ばす素振りで耳元に顔を近づけた。【天邪鬼】で防ぐことができ、更に誤った情報を渡すことも出来る。ノイン達からしたら信用しきれないのは当然だし、逆の立場でセラのような能力を持つ者がいればヤコウもそう指示を出すはずだ。それでもやはり少しばかり面白くない、少し悪戯をしても大丈夫だろうとヤコウはセラの耳元で口を開く。
「見ているね、何が…… 知りたいのかな」
それは先程までとは違うどこか底冷えするような声音にひゅっとセラの喉がなる。ヤコウのその言葉、それはセラがスキルを使っている事を気が付いていると暗に言っていた。
「あぁ、もう大丈夫、取れましたよ」
「……あっありがとう……ございます」
――どうして?どうして気が付かれた?
ギフトでの【鑑定】に気が付かれるというはじめての経験に、セラはゴクリとツバを飲み込む。
「どうしたんです? もうゴミはついていませんよ」
底冷えするような先程の様な声とは違う、柔らかな声音。それでもセラは顔をあげられずにいた。
「頭を上げてください。女性にその様に頭を下げられたままなのは」
「いや……その」
うまく言葉が出ないほどにセラは動揺していた、それほどに彼女は自分のギフトに自信があったのだ。阻害や探知の魔法具、アーティファクトは存在する、しかしそれらは往々にして魔法、魔力に反応するものであり、魔力を使わないスキルの【鑑定】に効果があるものではなかった。
「仕方ない……失礼するよ」そう言ってヤコウはセラの肩に手をかけて頭をあげさせると、驚いた顔をするセラにヤコウは「聞きたいことがあれば答えるので聞いてください」と笑って見せた。
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