第7話

「どうぞお通りください」


 頭を下げる衛兵の横を抜け馬車は進む。

 ノインの生家であるルクレア商会はトライアズでは5本の指に入る規模であり、貴族位をもっている事から街に入る際の確認は優遇されており、身分証を持っていないヤコウに関してもノインが保証人となる事を伝えると驚くくらい簡単に滞在許可がおりた。

 

 リーリリ達は「ギルドへ報告があるからここで」と門を抜けた所で別れた。リーリリの代わりにノイン付の侍女がノインの隣に座ると少しの間、再び馬車に揺られることとなった。


 ヤコウ達より先行していた荷馬車達は荷降ろし場で既に荷の仕分けに入っていた。そこには商品リストに目を通しながら指示を出す壮年の男性、ルクレア家に仕える執事であるセオドア。早馬での隊商到着の報と共にもたらされた素性の知れない男をノインが拾ったという報告を考えるとため息が自然とこぼれた。


 しばらくしてノイン達を乗せた馬車が荷卸し場、セオドアの前に止まる。


 ―― さて……どんな人物でしょうか


 セオドアはスッと目を細め馬車を、ゆっくりと開くそのドアを見つめる。


 ―― 彼ですか…… いや、これはなかなか


 馬車から降りてきた自らと似た服装の男、ヤコウを値踏みするようにセオドアは観察する。馬車から降りようとするノインにヤコウは手を伸ばす、少し驚いた顔をノインはしたが直ぐにその手を取りゆっくりとステップを降りる。存外堂に入ったそれに

セオドアは「どこかの貴族の子息、それとも何処かにお仕えされて……」と考えをめぐらす。


「おかえりなさいませ、お嬢さま」

「ただいま、セオドア。変わりないようで安心しました」

「お嬢様もお変わりないようで。旦那様、奥様もお嬢様のお帰りを首を長くしてお待ちになられております。旦那様に至っては朝からそわそわしっぱなしでございます」

「お父様ったら相変わらずですね」


 少し困った様に小さく笑うノイン、その笑い顔にセオドアは彼女の父親であり主人であるマーシス・ルクレアの面影がなんだか重なり思わず頬を緩ませる。「それで……」とセオドアがノインの背後に立つヤコウに目をやると「そうでした」とノインが口を開く。


「こちらはヤコウ様で」


 ノインはヤコウから聞いた話をセオドアに簡単に説明をする。ヤコウはノインの言葉が途切れたタイミングで、一歩前へ出ると軽く頭を下げた。


「ヤコウと申します、ノイン嬢には困っているところを助けていただいて感謝しております」

「頭をお上げください、ヤコウ様」


 「仮面をつけたままで失礼を」と言うヤコウに「お気になされないでください」とセオドアは返す。ヤコウが冒険者に類似する事を生業としている事を耳にしており、セオドアが知る冒険者と呼ばれる者達の中にはもっと奇抜な者達が何人もいる。何よりセオドアの目に映る彼はまるで冒険者というより今から仮面舞踏会にでも出席するのではないかと思わせるような雰囲気があった。


「それでセオドア。ヤコウさんを冒険者ギルドまで案内してくれる方を手配してもらいたいのですが」

「ギルドですか?」

「えぇ、身分証もないと大変ですから」


 ノインのその言葉に「かしこまりました」とセオドアは一人のメイドに声をかけた。年の頃は10代後半から20代前半といった頃であろうか、薄青色の髪を肩で切りそろえたまだあどけなさの残る顔立ちのメイドの女性がノインの前まで来ると頭を下げる。


「ノインお嬢様、おかえりなさいませ。何かごようでしょうか?」

「セラ、ただいま。申し訳ないのだけれど、こちらの方を冒険者ギルドまで案内していただけないかしら」


 セラはヤコウの姿を確認し、次にセオドアに視線を送り、再びノインへ視線を戻し「かしこまりました」と頭を下げた。




「セオドア、彼をどう見ました?」


 セラに案内され遠くに小さく見えるだけになったヤコウの背。

 ノインはセオドアの方を見ず、ヤコウの小さくなった背を見ながらそう口を開く。


「そうですね。正直に申しますと悪い印象は受けませんでした」

「そう……ですか」

「はい、少し話させていただいた感じは物腰も柔らかく、礼儀も悪いとは思いませんでした。お嬢様が馬車を降りられた時のエスコートなどは違和感がありませんでした」

「えぇ、私も驚いたわ」


 ノインは手のひらを、あの時自然とヤコウの手を取った手のひらを見つめる。


「しかし……」

「何かしら」

「どうしてでしょうか…… 言葉使い、口調、仕草、どれだと言われると困るのですが…… 違和感の様なものを」

「違和感…… 違和感ですか、そうですね。私もなんと言ったら良いのかはわかりませんが、そう…… 時折ひどく演技染みているような気がします」

「演技でございますか」


 セオドアはノインの言葉を反芻し「確かに、お嬢様の言う通りかもしれませんね」と納得したようにつぶやく。


「では、彼が冒険者で別の所から飛ばされてきたというのも」

「それは全くの嘘という事はないと思うわ、馬車の中で話をした際の反応は自然なものでしたからそれに」


 長い髪に指を通し、髪飾りの様に刺されていたアクレスの花をセオドアに手渡す。


「よく見てみて」

「これは?」


 ノインから手渡された花、セオドアは髪飾りだと思っていたそれを不思議そうに見ていたが、すぐにそれがアクレスの花だと気が付き目を見開いた。


「これは……アクレスの」

「大森林の奥地で見つけたそうですよ」

「そんなまさか…… いえ、これほどのもの大森林の奥ならば。これをヤコウ様が?」

「迷惑料と情報料だと言って渡されました。それもこれだけでなくリーリリさん達にもやや小ぶりでしたが同じものを」


 セオドアは少し考えた様子を見せ「セラをつけたのは正解でしたね」と口にするとノインは「そうね」と頷いた。


「セオドア、セラから報告が有れば直ぐに私に。それとお父様に時間をいただける様に連絡を。その花はお父様に確認していただくようにしてください」

「かしこまりました」


 踵を返しノインは少し離れた場所に止めてある馬車へと向かう。その表情は少女のものではなく貴族の、商売人の顔をしていた。

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