第6話
「夜分お騒がせして申し訳ない」
自らの前で腰を折る男をノインは困った様子で見た。ノインの隣ではリーリリが控えておりヤコウを監視するように見ていた。
「えっと、ヤコウさんでしたね。このような夜更けにいったい何を」
頭を上げるようにヤコウに促し、ユナたちに視線をやるとエヴァにユナとミーナが詰め寄っているのが目に入る。
――得体のしれない男
それでも「彼は大丈夫よ」というエヴァの言葉に、多少ではあるが警戒を緩めているのだろうか。ノインはヤコウに再び目線をやると小さく咳払いをした。
「なぜこのような場所に?」
「その恥ずかしい話なのが、道に迷ってしまってね」
「道にですか?」
「あぁ、申し訳ないのだがここはどこなのだろうか?」
「クロデリア王国ですが」
「クロデリア王国……」
ヤコウは何か考えるようなそぶりを見せるた。当然もとより知るはずもないのだから考えようがないのだが、一応素振りだけでもしておかねばといった感じであった。
―― さて、どう答えるべきか。
先程、人の気配を感じ森を抜けるまでの短い間ではあったがヤコウは決めた事があった。それはヤコウという人物を演じるという事、先程のエヴァとのやり取りも自らが考えるヤコウという人物を演じていただけだった。
「どうやら、かなり飛ばされてしまったようだ。どうも記憶にない」
「飛ばされた?」
「あぁ、おそらく転移の罠だろうか。古い遺跡を調査中だった筈なのだが、気が付いたら森の中だった」
「遺跡!なんだヤコウはミーナ達と同じで冒険者なのか?」
遺跡という言葉に反応したミーナが声を上げ、ヤコウが顔を向けるとミーナの興味ありげなといった表情が目に入る。
―― 冒険者、定番だな。
いつの間にかファンタジーの定番となったその言葉にヤコウは頬を緩めた。
「冒険者…… 似たようなものかもしれないな」
ヤコウは小さくうなずくと、ミーナを見て困ったような顔を作る。先ほどミーナに言われた言葉を思い出したのだ。
「ミーナさんだったかな…… その、私はそんなに…… その、匂う」
ミーナはわざとらしく顔をしかめ「あぁ、もう気にしないようにしてたのに。獣人は匂いに敏感なんだよ」と頬をふくらませる。その姿に呆れたといった様子でリーリリが前に出た。
「確かに、このままでは」
「
「これでどうかしら?」
ヤコウは腕や髪を手に取り鼻に寄せるとオゾン臭に似た匂いが鼻に届く。ミーナに顔を向けるとニッと笑うと親指を立てていた。
「リーリリさんありがとう、何だかスッキリした気分だ。森を抜けるまでに随分途中襲われてね」
ヤコウがスッと手を伸ばすと、ドサッという音と共にゴブリンの死体が現れる。
「かなり返り血を浴びてしまって」
更に音が響き、一体、また一体とゴブリン、オーク、狼の死体が山の様に重なる、その量に唖然としているノイン達。口に手をやっているノインを見てヤコウはしまったと言った様子で口を開く。
「申し訳ない、ノイン嬢には気分の良いものではなかったな」
再び手を伸ばすと山の様に積まれていたそれらは幻でも見ていたかの様に姿を消した。
「いえ……心遣いありがとうございます。それよりも、先程のはもしかして」
「あぁ……手品みたいなものです」
ヤスナはノインの前へ手を伸ばすと、指を鳴らす。
手の中には最初に【迷い家】に収納していた赤いアクレスの花。「どうぞ」と手渡すと、ノインの瞳が大きく広がる。
「ちょ、えっ!?これは」
「お詫びと思って欲しい」
ノインの手の中のアクレスの花にリーリリが顔を寄せ驚いたと言った感じで「アクレスの花、こんな立派な……」と口にし、その言葉にノインはやっぱりと語気を強めた。
「やはりアクレスの! こんなの受け取れません!こんな価値のあるもの!」
アクレスの花、上級の魔力回復薬の材料となる。周囲の土壌や空気から魔力を取り込み花弁に蓄える。採取出来るのが魔力が豊富な土地がほとんどであり、その性質から魔物が好んで口にする為に発見、採取が難しく希少性が高い。
今、ノインの手にあるそれは花弁も大きく、換金すれば普通の暮らしぶりならば一般家庭が一月は優に暮らしていける程の物だった。まさか試しで摘んでいた花の価値など知るわけもないヤコウは、内心ノインの反応に驚いていたが表情に出さないようにしていた。
「ならば……そうだ、同行を許してもらえないだろうか。右も左も分からない、何処に行こうかと思っていた。 せっかくならばノイン嬢達の目的地をそれにするのも面白いと思ってね。その花はその分も含まれてると思えば」
「しかし、それでも」
「だったら、その道すがらこの国の事などを教えて貰えるとありがたい。その授業料も込みという事ではどうだろうか?」
それでも渋い顔をするノイン。ヤスナはノインの手からアクレスの花を抜き取ると、「失礼する」とノインの髪に飾る。
「やはりよく似合う。こんな無粋な男が持つよりも、ノイン嬢の髪を飾る方がこの花も喜ぶ」
ノインの髪に揺れる花。
花に手を触れ、ヤコウをじっと見つめるノイン。見つめるその目にあるのは恋慕の色はなく、目の前の異質な男を見極めんとしていた。
アクレスの花をいとも簡単に渡すヤコウという男。
―― 価値を知らなかったようだが、先ほどの自分の態度で価値を理解し、同行の許可を求めた。花のせいで聞きそびれているが、さっきの魔物の出し入れは空間魔法だろうか、それとも収納の魔道具なのだろうか、どちらにしてもあの量を簡単に出し入れできるのは異常だ。
色々な考えが頭を巡るが諦めたと思わず口からため息が漏れる。
「わかりました。ありがたく頂いておきます」
「あぁ、そうしてもらえると助かるよ」
次の日、ノインはリーリリ達以外の隊商の者達にヤコウを紹介し、軽く朝食を取ると直ぐに馬車を走らせた。揺れる馬車にはノインとヤコウは向かい合い座っている。ノインの隣にはリーリリ、流石に二人きりにはさせられないと言う配慮であると同時に、ヤコウからノインへの質問の補助の為でもあった。
ヤコウからの質問は貨幣や法、さらには隊商の目的地であるトライアズの事、そこで流行っている物や、冒険者についてなど多岐に渡っていた。
―― それなりの立場に居た方なのだろうか。
ノインはヤコウを見て思う。質問の内容やその反応、所作等は市井の人とは思えなかった。それはリーリリも同じであったようで何とも言えない表情を作る。目の前の人物を図りかねていた、どう扱えばいいのかと。
リーリリの脳裏にヤコウと対峙した昨夜の事が浮かぶ。リーリリにはあの時矢を打つつもり等なかった、もしも矢を打つとしたら狙うのは動きを止める為の手や脚だった。
しかしその矢が向かったのはヤコウの頭。
あの時のリーリリにはヤコウがもっとなにか良くないモノに思えてしまっていたのだ。それは目の前でノインと穏やかに会話しているヤコウと同じものと思えないくらいに。
そんな視線に気が付いたのかヤコウがリーリリに視線を向ける。
「リーリリさんのような美人に見つめられるのは光栄なのだが……」
「えっ!あっ、その仮面が」
それはとっさの嘘。仮面の事は気にはなっていたが先ほどまで考えていた事を、悟られないようにと口からでた言葉。
「仮面、あぁこれですか」
ヤコウの指が仮面をなぞる。
「こちらでは見ないデザインのものですね」
「そう!ノイン様の言う通り、その見ないものだったのでつい……」
「あちらでは比較的有名な形なのだが…… これは申し訳ない、仮面のままでは失礼だったかな」
「いえ、そういう訳ではないのですが」
「それならよかった」とほほ笑むヤコウは言葉をつづける。
「本当は外した方がいいのだろうが……、若気の至りと言うやつで」
ヤコウが語るそれは、彼が駆け出しの頃の話であった。当時期待の若手と言われ生まれた慢心。ある魔物の討伐依頼を受けた際に慢心による準備不足等が相まって顔に大けがをしてしまった。残ってしまった傷跡を隠すためにその時の魔物から手に入れた戦利品の一つであるこの仮面付ける事にした。それは傷を隠す以上に未熟であった自分への戒めであり、当時の仲間に外れないようになっている。そしてその仲間もある事で亡くなってしまい、外す方法がないのだと。
「この仮面は初心を忘れない為でもあるし、なにより…… その当時の仲間との最後の絆というやつで」
そういってヤコウは物憂げに窓の外を見つめた。
実際は当然ヤコウが語った過去等存在するわけもない。スラスラと出てきた嘘に自分自身に感動している真っ最中で、緩む頬を隠すために視線を彼女達から外しただけ。仮面にしても単純に外れないだけなのだが、ヤコウ自身は着けている感覚もないい。なにより仮面の何とも言えない中二病感を気に入っている。
ヤコウのそんな考えをノイン、リーリリは知る由もなく、特にこの流れの切っ掛けをつくってしまったリーリリはばつが悪そうな顔をしている。
「すまない、ヤコウ……その」
「あぁ、別にかまわないよ。それに」
「なかなか似合っていると思わないか」とヤコウは指先で数度仮面を叩く。お道化た様子のヤコウにノインとリーリリは小さく笑う。
「やはり二人とも笑顔の方が素敵だ。そういえば昨夜のリーリリさんの魔法は凄かった。リーリリさんはエルフの方で」
ヤコウの言葉にリーリリは「あぁ」とその長くとがった耳がよく見える様に、髪を耳にかける。
「そうか、私が元いたところでも魔法はあったのだが、二人に今まで聞いた中ではどうやら毛色が違うようで。エルフの方達は魔法への造詣が深いと言う、いつかご教授いただければありがたい」
その言葉にノインは不思議な顔をする。
「昨夜は手品と言われてましたが、あれは空間系の魔法ではないのですか?」
「空間系の魔法? そんな魔法が。あれは……説明が難しくて、魔法ではないのです」
ヤコウの答えに納得のいかない様子のノイン、リーリリ。
「すまない、本当に説明が難しくて…… そうだ、お詫びに一つ手品を」
二人に向けて手を伸ばす。
「さあ、よく見ててくださいね」
二人の視線が指先に集まったところで、ヤコウは指を鳴らす。
「驚きました?」
「驚きましたってヤコウ、なにも」
「起きていない」というリーリリの言葉をノインが遮る。
「リーリリさん、違います!これは」
「ノイン様違うって、なに……」
目の前に座るヤコウ。
いつの間にか彼の服装が変わっているのだ。まるで貴族に仕える執事のような服装、手には真っ白な手袋まで嵌められている。
「おどろかれました?」
いたずらが成功したと微笑むヤコウに「えっと、はい」、「あぁ」と二人は気の抜けたような返事をした。恐らく何が起きたの聞いてもヤコウはさっきと同じようにはぐらかすだろうと口を閉じた。
「流石に見ず知らずの男が同じ馬車にのっているのは外聞がよくない。ならばせめて小奇麗な恰好をと思ってね」
ヤコウは窓の外に目をやり「もうすぐ着くようだからね」と言葉を続ける。その言葉にノインとリーリリは不思議そうな表情を浮かべる。
「あぁ、随分と隊商の速度落ちてきているし、窓から見える道幅が広くなってきている。それに馬車とすれ違う人の数、雰囲気も変わってきている。それに、ほら」
窓の外見える景色、既にそこに木々の生い茂る森はなく、見えるのは何処までも続いていそうな壁であった。
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