第4話

 ヤコウはゆっくりと森を歩く。元の身体との違いに初めは足をもつれさせたりと転びかけたがしだいに幾分か慣れたようで徐々にその速度を上げる。


 どれくらい歩いたのだろう、気が付けば日は傾き始めており夜を過ごす場所を決めなければと思い始めた時だった。

 

―― あれは?


 森の奥からこちらへ向かう三つの影にヤコウは目を細める。とっさに身を隠し様子を伺う、それは120㎝程の身長の緑色の何か。


―― ゴブリンか


 ファンタジーの定番といったその姿にヤコウは息を飲んだ。ゴブリン達は何かを探す様にきょろきょろと辺りを見渡しながらギイギイと声を上げる。その内の一匹が身振り手振りで何か指示を出すと、三方向へ別れていきヤコウはそれを見送る。


 息を潜めゆっくりとその内の一匹の背を追う、それは指示を出していたゴブリンであった。ゴブリンの手にはところどころ錆びてはいるが剣が握られており、それを奪うつもりであった。ヤコウは丸腰であったが不思議と恐怖心はなく、そして命を奪おうとしている事に忌避感が湧かない事にヤコウは驚きをおぼえた。


 他の二匹の姿がないことを確認し、それの背後に忍び寄ると一気に首に腕を絡ませ、そのまま引き寄せる様に勢いよく倒れ込む。首に絡ませた腕と頭を押さえ付けるようにしていた身体を通して鈍い音が響く。


 ヤコウは直ぐに立ち上がり力の抜けた腕から剣を奪うとそれを首目掛け突き下ろす。ビクッとゴブリンの身体は小さく跳ね、剣を引き抜くとゴボゴボと血が溢れた。


―― 紫色


 息絶えたゴブリンにヤコウは試しに『迷い家』を使うと、ゴブリンの姿が消える。視界に表示されている文字を確認するとゴブリンの名前が追加されている。無事に収納を出来た事にヤコウは胸を撫で下ろすと小さく息を吐き、剣を構え数度素振りをする。


 剣を握る事など体育の授業でやった剣道ぶりとなるはずだが、何故だか様になっているような気がし、ヤコウは更に数度剣を振るう。縦だけではなく横、袈裟斬り、突き等試してみたがどれもさほどの違和感はなく、昔から剣を振っているような感覚。


―― これも知っているのか。


 そんな風に納得しヤコウは剣を収納した。


 残り二匹のゴブリンが向かった方へ森を行くと、すぐにその内の一匹の姿を見つけた。ヤコウはあえてその前に姿を現す、突然目の前に現れた男の姿にゴブリンは目を大きくしたが、直ぐにその男が手に何も持っていないことに気が付き目を細めた。ニヤニヤとヤコウに武器、木を削った棍棒を構えるゴブリン。およそ戦闘をするような姿ではないヤコウに、獲物が見つかったと叫び声を上げながら飛び掛かった。


 ゴブリンの身体に衝撃が伝わる、それにゴブリンは目線を落とすと胸に生える錆びた剣が目に入った。獲物であったヤコウの手に握られている先ほどまで無かったはずの錆びた剣、飛び掛かった勢いのままゴブリンの身体を貫いた。その勢いにヤコウが剣を手離すとそのまま剣ごとゴブリンは地面に落下する。胸を貫く激痛にゴブリンは身を転がる様に捩るも突き刺さった剣がそれを邪魔する。

 

 ヤコウは痙攣するゴブリンの身体から剣を引き抜くと視界が紫に染まった。紫色の血がぽたりぽたりと剣を伝う。『迷い家』に剣を仕舞うと鉄剣と表示され、取り出すと紫色の血は付いておらず錆びた刀身が見える。


 収納しては出し、収納しては出しを繰り返す。


 ヤコウはせっかく自由に出せるのだから、それを利用できないかと飛び掛かるゴブリンに合わせ『迷い家』から剣を取り出した。結果は先程の通りゴブリンを突き刺すことに成功したが、その衝撃で手を放してしまった。腕を振るうとその手には取りだされた剣が掴まれているが、握りが甘く、もし打ち合いに等には耐えれそうにない。


―― 手品みたいなものだな。


 奇襲や油断を誘うには十分かとヤコウは視線を手元に落と、ガサリと葉がこすれるが耳に入る。その音の方に身体を向けるとヤコウはグリップを握る手に力を入れる。先程のゴブリンの声を耳にしたのだろう、残りの一匹が姿を見せる。

 

 そのゴブリンの手には先程と同じような棍棒が握られており、ヤコウの姿と血まみれで転がる同胞の姿を確認すると激高した様に雄たけびをあげるとヤコウに向けて駆けてくる。迫るゴブリンに合わせる様に、ヤコウはふっと息を吐き力強く踏み込むと、剣を一気に袈裟斬りに振るう。肉を切る感覚に続けて骨をへし折る感触が手に伝わる、肩から胴体の中程まできた所で剣は止まった。


―― 両断するつもりだったけど、まだまだか


 剣を離し膝から崩れ落ちるゴブリンの身体を蹴りつけ、後ろに倒れたとこで近づき剣を抜く。さきほどの収納していなかったゴブリンと合わせ収納しようとヤコウは『迷い家』を発動するが収納する事が出来なかった。倒れたゴブリンをよく見ると胸が上下しており、辛うじて生を繋ぎ止めているのが目に見えた。太腿を高く上げゴブリンの頭を目一杯の力で数度踏みつけた。飛び出した眼球は潰れ、脳漿をぶちまけ、中身の散乱するそれに『迷い家』を使うと次は問題なく仕舞う事が出来た。それに生きているもの、生物は収納出来ないのかとヤコウは納得し血の付いた剣を『迷い家』にしまった。



 あれからどれくらい殺したのだろうか。ゴブリンの数はヤコウが想像するより遥かに多く森を探索すれば簡単に見つける事が出来た。近くに巣でもあるのだろうか、森を進むと徐々にゴブリン達の数が増えている。ゴブリンだけで数十匹、更にゴブリンが使っていた粗末な武器も同じように『迷い家』の中に入っている。また一匹、袈裟斬りにするとずるりと斜めにゴブリンの身体が分かれ地面に倒れる。それにヤコウが始めに感じていた、頭と身体のズレはほぼ無いように見えた。二つに分かれたゴブリンと手にもっていた剣を仕舞うと背中を近くの木に預けるようにヤコウは座り込んだ。


 大きく息を吐き、両手を眺める。

 

 白くしなやかな指とやわらかな手の平、あれ程剣を握っていたのに肉刺まめの1つも出来ていない。

 「人ではないのだろうな」思わず口からそんな言葉が漏れた。

 ヤコウは自らのページに書いてあった文章を思い出す。


『生成《なまなり》』

  ・種族変化

  ・身体機能上昇、異常状態耐性、回復力上昇


 怨みや、嫉妬、憎しみを持ってその身を鬼となる途中の『生成』、本来ならば女性をさすものなのだが、スキルとなった影響なのか。

 

 どちらにしろそれは――鬼。


 すでにヤコウの身体は人よりもそちらに近いのだろう。既に数日睡眠を取っておらず、腹も空かぬし排泄もしないのだ。ただ寝ようと思えば寝れるし、飯も喰える、嗜好品のようなもので無くても生きるのに問題ないのだろう。

 それに身体の疲れもさほどないのだが、それでもヤコウはいつしかこうして座り休息をとる事にしていた。


 疲弊するのだ、心が――


 倒すべき相手、それに抵抗はない。ただ、ゴブリン殺す事が楽しく感じてしまう時がある。ゴブリンをではない、が楽しいと思ってしまうのだ。


―― 楽しくて楽しくて、もっともっと殺したい、もっと。


 その感情に初めて気が付いた時ヤコウは思わず吐き気を覚えた。それからこうして休憩をとる様にしたのだ。瞳を閉じ、呼吸を整える、彼方へ引き摺り込まれないようにと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る