第3話
頭が痛い。
未だ微睡みの中にいる思考。
ゆっくり、ゆっくりと意識は目を覚ます。
あぁ、頭が痛い。
大きく息を吸う、草の匂いだろうか少し青臭い。
頭が痛い。
寝すぎたのか…… 寝すぎて頭が痛いなんて、久しぶりの感覚だ。
閉じた瞳の上から光が目を突き刺す。
起きないと……
ゆっくりと上半身を起こすと思わず声が漏れる。
体が鉛のようだ……
座ったままぐっと空へ手を伸ばし、空を仰ぐように背筋を伸ばすと、ゴリゴリっと今まで聞いた事のないような音が身体の中から響き、何だか笑ってしまいそうになる。
ゆっくりと目を開けるれば「知らない天井だ」なんて事はなく、空。
木々の間から見える真っ青な空。
目の奥に痛みが走る、急に光を見たせいだろうか?
瞼を閉じてあぐらをかき、だらりと肩の力を抜いて目が光に慣れるまでにゆっくりと記憶を巡る。
大きく息を吐き、あのヒトとのやり取りを何度も思い出す。
光になれてきたであろう瞳を開き、彼はぐるりと回りを見渡すとそこは森の中なのだろう、視界の先までずっと木々が続いている。
ふっと風が吹く、それは身体を撫でながら吹き抜けそこで気がつく。
あぁ、なんて事だ。
「裸かよ」
目にはいる身体は彼の記憶にある自分のものより白く、かなり線が細い。
立ち上がり小さく息を吐くと彼は『
和綴じの本が現れる、それは直ぐに崩れバラバラになった一枚一枚のページがつむじ風に舞うように回りを浮かぶ。
タブレットでも扱うようにスワイプすると一枚また一枚と動き、その中の一枚に触れる。
掛けられた小袖から伸びる白く細い腕。
『それは悲しき遊女の細腕、身請けの金を求める腕か、はたまた小袖を求める腕か付喪神か、どちらにせよ悲しき女の念か』
それは変質し、力となる。
『小袖の
ぞわりと無数の手が蠢く。
幾つもの白腕が腕を這い、脚を這い、身体を覆う。
張り付くようなそれは姿を色を変える。
『小袖の手』
・任意の服装に変更可能
・体温調節機能、耐熱、耐寒、防刃、耐衝撃、品質を保つ
彼の身体を包むのはスリーピースのスーツ、仕事中によく着ていた服だ。
艶のある黒いストライプのスーツ、シャツの袖口にはお気に入りだった紫のスワロフスキーのカフスボタンまで付いている。
悪くない出来だ。
軽く身体を動かすと抵抗なく動かす事が出きるし、シワがよる事もない。
次々と服を変えていく。
パーカーやシャツ、ジーンズやチノパン、サンダルやブーツとそのどれもが仕立てが良く、着ていて違和感がない。
色々と着てみたが結局はショートブーツに茶色のパンツ、白いシャツといった服装に落ち着いた。
服装も決まったし、次は……次?
そこで彼は気が付く、なにを自分は使ったのか?と。
なんでそれが出来る?
なんで出来る事を知っている?
いや、まてまて何が疑問なんだ?
出来るに決まってるじゃないか、自分のスキルなんだか……はっ?なんだスキルって?
いや、スキルだろ、だからスキルって
「あぁ、気持ち悪い……」
思わず口から漏れる。
知らない筈なのに知ってる。
知ってる筈なのに知らない。
腰をおろしゆっくりと数度浅い呼吸繰り返し、最後に一度大きく息を吐く。
やはりそうだ、自分が何が出来るのを知ってる。
きっと此方に送る際に困らない様にしてくれたのだと思うが、事前に教えてくれてたら良かったのに。
『異界画図百鬼夜行』これが力の大本となるスキル。
『小袖の手』や他の能力もあくまでも『異界画図百鬼夜行』と言うスキルの一部。
妖怪を変質させ別の力へと変化させる。
既にその姿は和綴じの本ではなく、目の前にPCのウインドウの様な物が横並びになっており、スワイプするとそれが次また次へと移動していく。
というかほぼ白紙だが、その中に数ページ絵が描いてある。
それは立派な家だ。
鶏が数匹咲く花の中で遊んでいる、奥に見えるは牛小屋と馬小屋だろうか。
『家人は居らぬが見ているぞ、主の欲。欲なき者には福を、欲深き者では何も得られまい』
『迷い
・異空間への収納機能
・品質劣化防止
試しに咲いている赤と白の花を数束摘み『迷い家』を使うと花達は姿をふっと消す。
『迷い家』が描かれたウインドウにはオルレア、アクレスの文字が追加されている。
試しにオルレアの文字を意識すると手の平に白い小ぶりの花が現れた。
白い花がオルレアなら、大ぶりの赤い花がアクレスかと再びオルレアの花を収納する。
大きさは何処まで大丈夫なのか、どれくらいまでの量を収納出来るかとか疑問はあるがとりあえずテンプレと言っていい能力。
小鬼の画、何ともいやらしい笑みを浮かべ此方を指さしているではないか。
『嘘?嘘とは何だ?我の口をつくは全て真実ぞ?あぁ真なるぞ、我は嘘などつかぬ、主が嘘つきなのだからそう思うのだ、この嘘つきめ』
『
・識別効果阻害、虚偽の情報を開示
・識別効果被対象時、該当効果を使用した者を探知
女の鬼だ、幾つもの付喪神と共に文車を囲んでいる。
『あぁ、どうすれば届くのか。幾百、幾千どれだけ詠めばあなたに届くのか』
『
・言語理解
認識阻害系と言語系の能力。
当然日本語が使われてはいないだろう、それに認識阻害の能力という事は相手の情報を確認する何らかの方法があるという事なのだろうか、この世界では自分は異物、きっと役に立つはずだとページをめくる。
次が今表示されている最後のページ。
『 』
名前のないページ。
そこに描かれているのは、同じ服装の男、試しに服装を変えると画面の中のそれも姿を変える。
あぁ……これは俺か……これがこの世界での俺なのか。
画面を指でなぞる、肩まで伸びる緩やかなウェーブをえがく髪、身長はどうだろ以か、前より高い気がするな。
髪を触るとまるでトリートメントでも仕立てのようにさらりと手櫛が通る、向こうでも気を遣ってはいたがここまでではなかったな。
何より視界にはいる髪は黒ではなく、白……いや銀色だろうか。
唇を、頬を触れゆっくりと指を伸ばす。
そうか、この通りなのだな。
改めて画面の中の姿を確認する、指先に触れる異物。
仮面
鼻から上を隠すような仮面、狐を模したものだろうか、画面の中のそれは目の周りに縁取りがされており、右半分に花を模したような模様が描かれ、飾り紐と鈴がついている。
鈴に触れるとコロリとした感触はあるが音はならない、なんだ鳴らないのかと思いもう一度触れるとリンと鳴る。
指先で遊ぶと続けてリン、リンと音がする。
しかし、これは目立つのではと思い触れれば音は鳴らず、やはり鳴らないのかと思えばなる。
どうやら鳴れと思えば鳴り鳴らないようにと思えば鳴らないようだ。
縁に指を掛け仮面を外そうとしても不思議と外れる気配はない、そもそも着けているという感覚すらないから、着けている事に気が付きもしなかった。
不思議と言えば名前だ、何故空欄なのだろうか。
どうして自分の名前を思い出せないのだ?
さっきまで覚えていたような気がするのだが。
覚えている、向こうで何をし、どう生きていたか。
しかし、名前だけが全く思い出せないのだ。
名を捨て新たな名を付けろという事なのか?
名前か……狐?英語にするか?ダメだそれだけはダメだ。
狐の仮面と相まって、怪盗団に心を奪われてしまう。
危ない危ない、危うく改心させられてしまう所だった。
でもせっかくならこの仮面、狐にちなんだ名前がいいのだが。
百鬼夜行とも掛かってていいじゃないか。
ふっと画面を見れば、空白だった括弧の中にヤコウの文字が書かれていた。
そうして彼はこの世界でヤコウとなった。
最後に1つ『ヤコウ』のページに書かれたもう1つの括弧。
『生成り《なまなり》』
・種族変化
・身体機能上昇、異常状態耐性、回復力上昇
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