第2話

「はっ?」


 異世界って……えっ?


「いや、だからな。オマエ シンダ イセカイ イク」

「なんで急にカタコトに」

「だから!お前には異世界へ行って、ちょこちょこっと上手いことやってババンと妖怪広めて欲しいわけよ。ほらもう此方じゃ無理じゃん?もうあれよ異世界人ビビりたおさせてよ!」

「急になんか雑だな!」


 すっとその女性ひとは目を細めると「嫌か?」と問う。

 その言葉は拒否等出来ないような何とも言えない雰囲気があり思わず首を曖昧に縦に振るう。


「あっ、いや……嫌じゃない。嫌じゃないな」

「ならばよいだろ?」

「あぁ」

「一度は死んだ身、向こうで好きに生きるのも一興。その次いでに我等を広めてくれればよい」


 好きにか……そうだな、好きに生きてみるか。

 見知らぬ土地、見知らぬ場所、見知らぬ人、そんな中で一から生きていくのも面白いじゃないか。


 えっ、そこで気が付く彼女の言葉の死という言葉に。


「…… 死んだ?」

「なんだ気が付いていなかったのか」


 彼女は立ち上がると手招きをする。

 それに付いて歩くと、池の前まで歩くと視線でその池をさす。


 その水面に映るのは真っ黒な礼服に身を包んだ二人の姿。

 優しい子でした―― うつむきそのひとは言う。

 親不孝ものがっ―― 涙をこらえそのひとは言う。

 置かれた棺と、飾られた自分の写真。

 それの意味にふっと力が抜け、言葉にならない声をあげた。


 どれくらい時間が過ぎたのだろうか、気が付けばあの縁側で彼女と再び並んで座っている。

 

「聞いてもいいか」

「なんだ?」


 彼女は手元のタブレットに視線を向けたままこちらを向くことはない。


「二人は今……」

 

 水面に映っていた、初めて見た二人の憔悴した姿。


「時薬とはよく言ったものだな、とうに前を向いておる。そう妹殿に子が産まれてな、初孫に頬を緩めておるよ」

「いつの間にアイツ結婚したんだよ」


 水面には映らなかった口喧嘩ばかりしていた妹の姿を思い出す。

 

「随分慕われていたようだな、泣きはらしていたよ。あまりの姿に先ほどは映すのがはばかれた程だよ」


 彼女のそれに、なんだか返す言葉はなく、座ったままでぐっと背伸びをする様に両手を天に伸ばし、そのまま後ろに倒れこむ。


 「よし」と短く呟き上半身を起こし座り直し、彼女を見るとその姿に満足そうに彼女は微笑む。


「決まったようだな。ではさっそく向こうへ」

「ちょっ、ちょっと待った!」

「なんだ、行くのだろ異世界?」


 いやいや、ほれあるじゃないか、お決まりの!


「そうかそうか…… 分かっておるよ。その手の本はあらかた読んだからの。便利だな電子書籍というやつは」


 「この欲しがりさんめ」その女性はぞくりとするような瞳でこちらを見つめる。

 じりじりとにじる寄るその女性、甘い匂いが鼻をくすぐる。

 すっと耳元に唇をよせる、口を開くと漏れる吐息が耳を擽る。


「マヨネーズか?」

「はっ?」

「ん?なんだなんだ、まさか貴様…… 他の調味料も欲しいのか?なんだマーマイトか?まさか…… カピ」

「調味料!!調味料なの!?」


 バッとのけぞらす様に身体を離すと、その女性はけらけらと笑う。


「冗談じゃ、冗談」


 すくりと立ち上がり、こちらを見下ろす。

 その顔に先ほど迄けらけらと笑っていた表情はない。


 怖い――


「我等の力の断片を与えよう、あちらで困らぬように。多少変質させるが、便利に使えばいい。なに、お約束と言うのは分かっておる」


 急に何か大切な事を見落としてることに気が付くと、直ぐにそれに思い至り、スッと血の気が引くと同時に背中を嫌な汗が伝う。


「それを使い好きに生きるがよい。私としては先程から言っているが、我等を広めてくれると嬉しいがな」


 …… そう目の前の女性は人じゃない。

 どうして気が付かなかった、どうして今まで疑問に思わなかった。

 この人は、この目の前の女性の姿のものは何だ。

 気が付けばそれまで香っていたはずの、金木犀の香り、魔除けともいわれるその香りは止んでいる。


「今から与えるのは人の身には余るのでな、色々とぞ。何心配をする事はない、生まれ変わらせてやろうではないか新たなお前にな」


 そう言って俺の顔を掴む。


 あぁ……恐い――


「どうした? そんな怯えた顔をして」


 怖い、恐い、恐ろしい。

 身体の中から沸き起こる恐怖。

 メキッと捕まれた顔が軋む。


「安心しろ、痛いのは一瞬だ」

「あっ、貴女は」


 あぁぁぁぁ!!っ痛い!痛い!

 骨がメキメキと音を立てている。


「一度は頭を歪めて産まれたのだ、もう一回くらい我慢せい」


 いぁぁ!いっ!がっ!

 痛いっ!

 頭ぁ!あっ!

 頭を握られているからのたうち回る事も出来ず、その痛みは頭から首、腕、体、脚と全身へ伝わる。

 身体の奥から軋む音が響く。

 身体が自分の意思とは関係なく跳ねる。

 感じたことのない痛み、一分にも満たないであろう、それは今まで感じたどの時間より長く。

 ふっと痛みが引くと視界はゆっくりと暗転していく。


「我は造物大女王ぞうぶつだいじょうおう、魔王なり」


 それは異境備忘録いきょうびぼうろくに記されている名。

 魔王そう呼ばれるもの達の中でも第一位とされる名。

 神でも女神でもなく向こうに異世界に送るのは魔王でした。







「ふぃー、疲れた」


 縁側に座り造物大女王、彼女は茶を啜る。


「ほれ!出てこんか!」


 屋敷の奥から現れる二人の男性、当然この二人も彼女と同じく人ではなく、神野悪五郎しんのあくごろう山本五郎左衛門さんもとごろうざえもんと言った。


「あれだけ気を付けるようにいっただろ?」

 

 神野悪五郎と山本五郎左衛門は申し訳なさそうに頬をかく。


「殺っちゃダメよ、殺っちゃ。驚かせるだけって決めたじゃん」

「あれは……そう、事故でな」

「そうなのです、悪五郎が言うとおり。そのびっくりさせようと思ったら、なぁ」


 顔を見合わせる二人。

 かれこれ気が遠くなる程の時間をこの二人は争っている。

 はじめは魔王の頭の座をかけて、100人の勇気ある子供をどちらが先に驚かす事ができるかと。

 それがいつの間にか、どちらがより面白おかしく人を驚かせる事が出きるかというまるでテレビのドッキリ番組みたいな事を始めたのだ。


 廃村に迷い混ませた人間を、大きくした頭を振りながら追いかけてみたり。

 たまたま夜中に双眼鏡を覗く者を見つけた時は、双眼鏡越しに手を振りながら全速力でその者の家まで行くと、チャイムを連打したり。

 240cm程の女性に化けて幼子を追いかけたりもした。


 そしてたまたま次のターゲットとなったのが、彼であった。

 人気のない薄暗い山道、突然現れた異形に彼は驚き足を踏み外した。

 結果は滑落、そのまま沢へ転落という事故。


「まぁ、よいわ。ほれお前達もみてみろ」


 そこには彼の姿が写ったタブレット。


「あぁ、これでしばらくは退屈せずにすみそうだ」

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