第1話

 目の前に広がる花々。

 どこまでも続いている様に見える色とりどりの絨毯の中には小川が流れ、橋や散策路が引かれており、広がる光景に人の手が入っているのが見てとれた。

 ぱっと見て取れるだけでも竜胆、菖蒲、向日葵、紫陽花、彼岸花に桜、どこからか鼻をくすぐるのは金木犀の香だろううか。

 当たり前の様に咲くそれらは不自然なはずなのにとても自然で、その幻想的な光景に思わず息が漏れた。

 

「どうだ見事なものだろ」


 声のする方に顔を向ければ女性が一人、丁度一人分開けて隣に座っており、そこで自分が広がる庭園を望む縁側に腰を掛けていることに気が付いた。


「自慢の庭だ」


 そういってその女性ひとは手元に目を落とす。

 綺麗な女性だ。

 手元には銀色のタブレット、画面をフリックする白く細い指が何故かなまめかしく見えてしまい息を飲む。

 

「マヨネーズ」

「はっ?」


 予想もしていなかった言葉に気の抜けた声が漏れた。

 そんな僕に彼女はフッと小さく笑うと、マヨネーズをどう思うかと改めて問う。


「どうと言われても……」


 別に嫌いではないが特にこだわりがあるわけでなく答えが詰まる。

 

「そうか、では少し質問を変えようか」


 それまで見ていたタブレットから目を離し少しだけ顔をこちらに向ける。


「マヨネーズ」


 そこで言葉を区切る彼女の口角が少し上がり、言葉を付け足す。

 そう…… と。

 マヨネーズと異世界、脈絡のなさそうな二つの単語しかし直ぐにその単語どうしを繋げる数式が解を導き出す。


 「はぁぁん、何ですかこれは美味しすぎます!」とケモミミ奴隷の少女が――

 「ありがたい! このソースはうちの店の名物になるぞ」と少し強面の店主が――

 「よろしいのですか! このレシピを公開しても!」と商業ギルドの職員が――


 どこかで見た映像が頭を流れ、その答えが自然と口から洩れる、「無双」と。

 それは彼女の求める答えであったのだろう、その顔に喜色を浮かべ目を細めた。


「当たり前にある物が場所を変えれば、当たり前でなくなり新たな価値を生む」


 フッと手の中に重さが生まれ、視線を落とすとタブレットが握られており、思わず彼女を見ればその手にそれはなく、手ぶりで急に現れたそのタブレットを見るように促している。


 雨の中、子供を抱く女性。

 伸びた髪がまるで羽根の様に肩から背にかかっている。


姑獲鳥うぶめ


 スワイプすると次は海の上に立つ琵琶だろうかそれを背にし、瞳を閉じる男、盲目なのか手には杖が握られている。


海座頭うみざとう


 鐘の前、酷く破れた袈裟を纏った男。


野寺坊のでらぼう


 「高女たかおんな」「手のてのめ」「鉄鼠てっそ」「黒塚くろつか」「飛頭蛮ろくろくび」とスワイプする度現れるそれらの名前を呼んでいく。


画図百鬼夜行がずひゃっきやこう


 鳥山とりやま 石燕せきえんが描いた妖怪の画集。

 それがそのタブレットには表示されていた。


「電子書籍版ですか?」


 タブレットから目を離し、その人を見る。

 「便利なものだ」と嬉しそうにその人は「どうだ?はマヨネーズになりうるか?」と言うと、ゆっくりと茶をすする。


「どうでしょうね」


 それは妖怪が受け入れられ、広まるかと言う意味だろうか。

 もし科学全盛の今にそれまで妖怪が存在しなかったとして、新たにそれが受け入れられる当たり前のものとなるかと言えば、きっとそれは無理だろう。

 たとえば『やまびこ』は音の反響である『やまびこ』であり、妖怪である『山彦』にはなりえないだろう。


 ならば――

  

「もし、不思議が当たり前の世界なら」

「可能性があるか」


「かもしれません」と小さく頷く。


「お前は……どうだ?我等をどう思う」

「好きですよ。小さな頃から居たら、見えたらとどんなに思ったか……」


 きっかけはそう幼いころに見たアニメ、あのちゃんちゃんこと下駄がトレードマークの主人公が活躍するあのアニメ。

 そこに登場する個性豊かな彼らに目を奪われた。


「私はな少し寂しく思うのだよ。我等と人、共に隣人として長い長い時を過ごしてきた。当然今もそうだと思っている。多くの媒体で我等の姿、名前は目にする事が昔より増えた、素晴らしい事だ我等にとって大切なのは忘れられない事だ。名を失い、性質を失えば我等はもうそこには居れぬからな」


 織田信長や源義経等歴史上の偉人たちが会った事もないのに、何故実際に居たと思うのかそれは名前が残っており、何をしたかというのが残っているからだ。


「未知への恐怖、自然への畏怖、あがらえない何かへの畏れ。我等が本来持っていたそれらは既に無いのではないか? 既に人にとって我等はただのキャラクターであり隣人ではないのではないか?」


 どこか寂しそうに言葉を続けるその人に何も言えず、ただその言葉達に耳を傾ける。


「と言うことで……」


 その女性は微笑む。


「異世界へLet's GOだ!」

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