温かい鍋とその話

 ダウンライトが部屋をオレンジ色に照らす、この鍋好きの一家は、今日も家族三人揃って鍋を囲っていた。具材は入れたばかりで、三人は鍋がくつくつと煮えるのを黙って待っていた。父親はハイボールをチビチビ呑み、母親はスマホを左手に、そして右手の人差し指をしきりに動かしている、息子は何処か上の空だ。


 ふと、息子が呟いた。


「オレってもしかしたら前世で悪い事をしてきたから馬鹿なのかな~?」


 と、言う考えになったのも彼が昼間、前世に関しての動画を見て、この時間まで頭の片隅で引きずって来たからである。父親が否定できん、と言っているかのように黙考した。


「ケンは来世とか信じるの?」


 ケンとは息子謙介の愛称である。母親は、息子の考えに興味を持ち、しかし、彼が馬鹿かどうかには全くの興味が無いような様子で聞いた。


「いや、別に信じては無いけどさ、天国に行くよりマシじゃん」

「なんで?」


 父親が、鍋の様子を見ながら割り込んできた。


「天国とかって幸せだと思うけど、永遠にそこにいるのってなんだか怖くね?」

「いやいや、来世もまた働かなくちゃいけないと考えると俺は天国の方がいいと思うよ、ホント、」

「えー?来世はもっと楽しい人生かも知んないじゃん?」

「いーや、ま、君も大人になったら分かるよ」


 父親の反論に対し、息子も反論した。そして最後は父親がお約束の言葉で返す、いつものパターンである。父親に対し息子は「やれやれ、この人が言うことはいつも陰気だから困るよ」といった様子であった。母親が二人のやり取りを無視して続けた。


「もし、来世があるとしてこの記憶が無くなってしまうのは凄く嫌じゃない?それに私、これ以上に幸せな人生ってもうないと思うの」

「まぁ……でもさ、もし天国に行ったとしても何をするのさ?永遠にのんびりごろごろなんて俺はやだね」

「それは当然先に行ってあなたを迎える準備をするのよ」

「それだけ?」


 息子が笑ったように聞き返した。


「ええ、だって私はあなたの母親ですもの、貴方が頑張った後一番最初に頑張ったねと、言うのはいつだって母親である私の特権だと思うわ、それに私は貴方の成長を凄く楽しみにしているんだから」


 母親は誇らしげに、そして嬉しそうにそう言った。息子は何処か嫌そうにしている。


「なんかやだな……」

「残念でした、あなたが何をして、何を言おうがあなたは私の体から出てきた私の子ですー、オマエは一生私なしでは生きられない呪いにかかっているのだぁ!」


 母親は息子を指差し、まるで大魔王のような声と仕草でそう言った。


「やめて、」

「おい、ご飯前だぞ」


 それに母親に拒否反応を示す二人。その二人の反応がなんだか似ている気がして母親は可笑しそうに笑った。鍋がくつくつと煮える本つゆと白だしで味付けされたいい匂いがした。どうやら今日もこの一家は暖かそうだ。


 

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