ちょっとショートショート
緑帽 タケ
雄牛
駅のホームから階段を上がって改札口へ、佐藤真と加藤諒はピッ、と電子マネーの音とともに改札口から出た。
そのまま無言で彼等から向かって右へ細い通路を歩いていく。コツコツと、二人の足音だけが駅中に鳴り響いて寥々とした雰囲気がひっそりと佇んでいる。細い通路の窓の外は薄暗く、町の人達は皆シャッターを閉めているため街灯と、車のライトのみが町を照らしていた。
二人のうち佐藤真は良いやつだ。本当は彼の降りる駅は次なのだが、加藤諒の為にこの駅から自転車で帰っているのという友達思いの青年なのだから。
「あ、牛だ」
通路を奥まで進んで駅をでる階段へ差し掛かった頃、佐藤真は階段を降りずにピタリと立ち止まった。加藤諒は数歩降りて振り返る。沈黙とともに夜風がすうっと、耳を撫でた。
「え?何処だよ、まさかここが田舎でも駅前に牛がいるわけ無いだろ」
加藤諒は笑った、佐藤真が冗談を言ったように思ったのだ。この町が田舎だということを馬鹿にしたジョークを。
「ほら、あそこ、横断歩道の先、街灯の下」
「え?マジで?お前よく見えるな、俺見えねぇんだけど」
しかし、まるで本当の事を言っているかのように佐藤真が指を指してそう言った。加藤諒はそれを見ようと頑張って目を細めるがやはり見えない。やっぱり冗談だろうと諦めて佐藤真が「はは、冗談だよ」って言うのを待った。しかし、そういった返しが来ない。ヒュウ、と軽く風が吹いた気がした。眼鏡をかけた小太りでスーツ姿のおじさんが目を合わせないよう下を向いて彼らの横を早足に階段を降りていった。佐藤真はいまだに彼が牛がいると言った方向を向いている
「お前恥ずかしくねぇの?」
「何が?」
佐藤真がやっと加藤諒を見た。加藤諒は佐藤真を馬鹿にしたように肩をくすめる
「早く帰ろうぜ、俺もう部活帰りでクタクタなんだよ、真もそうだろ?」
「目が合ったんだよ」
「あぁ、そう」
また牛の話かよ、加藤諒は呆れたようすで佐藤真を無視し再び階段を降り始めた。先帰るぞと言わんばかりに。しかし、佐藤真はまた彼の足を止めた。
「ねぇ、人殺しの雄牛って知ってる?」
加藤諒は振り返った、佐藤真がいきなりどんな質問を投げかけたのか理解するのに数秒の時間がかかった。
「知らないよ」
「いい加減にしてくれ」と、言いたげにぶっきらぼうに答えた。しかし、佐藤真は彼の感情を無視して話を続けた。
「アメリカの怪談?でさ、ある兄弟が一匹の立派な雄牛をどちらかが所有するかで言い争ってさ、弟はくじ引きで決めようとするんだけど兄がそれを聞かず弟を撃ち殺してしまうんだ。」
「あのさ……」
「それで正気に返った兄は自分のしたことに後悔してその立派な雄牛に対して自分と同じ『人殺し』の焼印を押してーー」
「あのさぁ!!」
加藤諒は怒鳴って佐藤真の話を遮った。早く帰りたいのに突っ立ったまま長々と話をされているのに対しイライラしているというより、寂しげな夜の駅の雰囲気のせいか、いきなり立ち止まってそんな話をし始めた佐藤真がほんの少し、少しだけ怖かったのだ。
「あのさぁ、お前ちょっとなんかおかしいよ。ちょっと怖いし、適当に話を流したのは悪かったからさ、な?話したいことがあるのは分かるけど自転車こぎながらでいいじゃん。俺ちょっと寒くなって来たよ」
笑いながら言うが、陰のせいか、加藤諒の眉間に皺がよっている気がした。佐藤真は物寂しく、だんまりとなって加藤諒を見つめた。
「いや、いいよ、俺このまま電車に乗って帰るから」
「え?どうして」
佐藤真が二人の沈黙を破った。加藤諒は「ここまで来たのに何故?」と聞き返す、彼がヘソを曲げたかとドキッ、とした。
「急いだほうがいい要事を思い出したんだよ」
佐藤真はクルッ、と踵を返した。加藤諒は階段を駆け上がる。佐藤真の背を見て、心臓が凍ったかのような、上半身が宙に浮いたような感覚がして何も言い出せなかった。
「ま、またな!」
加藤諒が階段を上がりきった後、何処か不安なきがして不安で言葉がつっかえながらも顔の横で手を振ってみせた。
そんな彼に佐藤真は笑顔でこう返す「さよなら」と。
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