第五話 決戦


「先生おはよう~!」

「おう。おはよう」


 女子生徒は廊下ですれ違いざまに言い、階段を降りていった。

 挨拶を交わした教師……烏丸歳三は、何気無しにその背を見送る。


「……一斉トランスコードは完了したようだが、これは凄いな。私も2020年に生まれてはいないが……この地球の景色は郷愁に駆られてしまいそうだ」


 烏丸は独り言ち、手元のノートに目を通す。そこには授業の要項や進め方など、自分は書いた覚えのないメモでびっしりと埋め尽くされていた。


「新世界シミュレーションが与えた私の〝配役〟は数学教師……改めて、演じやすい役柄に当たったのは僥倖ぎょうこうだった。同じ教師でも歴史や政経だったら危かっただろう」


 ノートを閉じ、同僚教師の名前を思い出しながら職員室へと向かう。彼が目的を遂げるには、まだこの世界の『創造主』に怪しまれる訳にはいかないのであった。


 烏丸は職員室の自分のデスクに座り、脇に積まれた今日の授業で使うプリントを束ねる。


「失礼します」「失礼しま~す!」


 ちょうどその時、ガラガラと扉を開ける音と共に男女の声が聞こえてきた。二つの声のうち片方は、聞き馴染みのあるものだった。


「烏丸先生、個人面談の紙集まったので持ってきました」

「そうか、ご苦労」


 やって来たのは、烏丸が担任を務める2年A組の春川創。そして………一緒にいるのは、同クラスの白木冬子だった。

 ことに春川の顔は烏丸にとって非常に見覚えのあるものだったが、この世界では単なる教師と生徒。彼はあくまで平静を装う。


(片や30代半ばの数学教師、片や今年17の高校生……新世界シミュレーションの配役に元の年齢は関係がないのか)


 烏丸は創から視線を外し、冬子の顔を見た。見覚えのない顔でこそあったが……彼女もまた烏丸にとっては、別な意味で異質な存在だった。


(そしてこの女。昨晩、ログにアクセスさせてもらったが……過去100周のシミュレーションにおいて、灰島の周囲にこんな人間は存在しなかった。つまり最終周で急遽追加された存在、という訳だ)


 30代男性教師という身分も弁え、早々に冬子から視線を外す。創は学級日誌を烏丸に渡すと、一言挨拶をして去っていく。冬子もその後を追い、職員室を後にした。


 扉が閉じられたのを確認して、烏丸は懐から端末を取り出した。


『信号検出:LiveFrame_GEN4』


「やはりライブフレームを使っているのか。元は過酷環境の惑星で生き抜くことを想定して作られた製品のはずだったが、まさかこんな使われ方をするとはな……」


 烏丸は呆れたように息をつき、デスクに向かった。


(千秋たちの行動を怪しんでネストエリアを調べるなどしたのが運の尽き。しかしこんな事態になってしまった以上……もはや手段は選んでいられない)


杏奈あんな……」


 彼が呟くその名は、この世界には存在しない娘の名前だった。



~~~~



 2020年 6月3日

 柚花区 町はずれの工場


 それは弓浜湾に落下した、火炎纏う怪獣との戦闘が終わった後。

 ステーションへと帰還した創と律を出迎えたのは、星奈とライザだった。


「春川」


 神妙な面持ちで彼女は創の手を取る。


「来て」


 創は引かれるままに連れられ、階段を上って、工場の屋上へと出た。

 時は夕暮れを少し過ぎた、宵との狭間。空が夕闇色に染まろうという頃。


「……春川が戦ってる間、千秋くんの部屋を見たの」

「は、早いね!? 流石夏目さん」

「それで! ライザにも色々見せてもらったんだけど……その」


 星奈は逡巡し……そして、意を決して切り出す。


「今いるこの星は地球じゃないの」



 ~~



「……2000万年前の惑星移住計画、か」

「ホント……バカみたいな話って思うでしょ?」

「ううん。オレは夏目さんのこと、信じてるから」


 大真面目な顔で正面から彼女を見つめる創。思わず星奈は顔を背け、コホンと一つ咳払いした。


「おそらくだけど。推測するに私たちは元々〝新世界シミュレーション〟っていうプログラムから生まれたAIで、今まで仮想現実の中で育ってきたのよ」

「オレたちが……AI、か」

「ただ、ライザによれば今いるココは現実世界らしいの。それでなんだけど、あの惑星移住計画と今の状況。併せて考えると……」


 顎に指を添え、どこか憂いを帯びた顔をして彼女は結論を口にする。


「私たちは仮想世界でAIとして生まれて、いつの間にかそのデータが現実世界の肉体に移されていた。『世界が移行』した……ってことにならない?」


 2000万年前の地球で発足した惑星移住計画。それは一時的にデジタルデータとして肉体から分離した意識を、移住先で肉体にインストールするという計画だった。


 すなわち。本来宇宙船に乗り込んだ人々の意識がインストールされるはずだったところに、自分たちAIが割って入った……星奈はそう考えたのだった。


「世界が…移行……」

「それにこう考えたら、納得がいくのよ」

「納得って?」

「ミヤシコよ」


 その渾名を聞いて、創は今朝の出来事を追憶する。たしか青柚高校へと向かう途中、同級生の宮嶋こころとその妹に遭遇したのだった。


「ミヤシコと妹のかな子ちゃん……〝全く似てない〟のよ」


・・・

『声をかけてきたのは栗色髪の女子、創と同じ2年A組の宮嶋みやしまこころ……もとい「ミヤシコ」であった。』


『そんな二人の会話に、興味ありげに聞き耳を立てる黒髪の少女。』


『話に聞いてた妹ちゃんかぁ、なんだかあんま似てないね。ミヤシコよりも可愛くなっちゃったりして?』

・・・


「言われてみれば、あの時は単に似てない姉妹としか思わなかったけど……」

「ミヤシコとかな子ちゃんは……いえ、この世界の家族は、みんな血の繋がりがあるとは限らないのかもしれない」


 状況証拠と仮説は一致し、スジは通っている。

 ただ、創には少し気になる点もあった。


「でもそうだとしたら……一体どこまでが仮想で、どこからが現実だったんだろう?」


 当然ながら。本当に世界の移行が起こっていたとして、それを実感として気づけた人間などいるはずはない。であれば、それはいつ起こったのか?


 問いにすぐさま答えは出ず、創はおもむろに天を仰いだ。

 夕闇色の空。昨日から忽然と消え去った月は今日も姿を現さない。


「……そうか、『月』だ」

「えっ?」

「今いるこの星は地球じゃないんだよね? ということはさ……この星には元々、月なんてなかったんじゃない?」


 突如、創は気付いた。


「〝消えた〟んじゃなくって、〝最初からなかった〟……そ、それってつまり!」

「まだ月があった『おととい』までは仮想世界にいたんだよ。世界の移行は『おとといから昨日の夜にかけて』起こって、オレたちは月が消えたと思い込んだんだ」


 創が初めてアルテミスに乗った昨日。空から怪獣が降ってくるまで、その日は皆消えた月の話で持ちきりだった。その真相は世界の移行によるものだったと、創は結論付けた。


「けど、なんで昨日だったんだろう? 6月2日っていう日付に何か意味が……」

「……『弓浜隕石』だわ」

「えっ?」

「本当の2020年の世界ではね……6月2日、この街に隕石が落ちたみたいなのよ。メテニウムもそこで発見されたって」


 『自分たちの街に本当は隕石が落ちていた』などと、一瞬面食らう創。

 しかし……少し考え、そういうことかと納得した。


「千秋くんは、きっとやり直したかったんだ」


 律はメテニウムに歪められた人類史を『やり直したい』と切に願っていた。

 だからこそ新人類が自らの足で大地に降り立つ日は、理想の世界を歩み始める日は、隕石が落下した日――2020年6月2日――でなければならない。そんなこだわりが彼にはあったのだった。


「だからこの世界は2020年の姿をしているのか……」

「けど、その割に実際の2020年とは違う点も多いみたいよ? 調べたんだけれど、2020年当時は『covid-19』っていうウイルスが世界中で流行ってたらしくって……」

「ウイルスは技術的に再現ができないかったのか。それとも、あえてやらなかったのか」


 疑問が全て消えた訳ではないものの、話は大きく進んだ。それから二人はああでもないこうでもないと暫く話し合い、やがて屋上を後にした。

 階段を降りて中へ戻る……が、突如彼らの目にショッキングな光景が飛び込んで来る。


「ち、千秋くん!?」

「まさか……ロボットだったの!?」

「ん? ああ、これか。すまない、驚かせてしまったね」


 二人が目の当たりにしたのは、左腕を欠損した律の姿だった。肩近くの断面には黄銅色の端子が覗き、赤く染色された液体が滴る。またその傍らでは、ステーションの機械が人の腕を掴んで溶接のような作業を行っている。


「僕の体は現在、全身が機械になっているんだ。ライブフレームと言ってね。これも22世紀の技術の一つだよ」


 律は創の方へと向かって、これ見よがしに左肩をふりふりと振った。


「僕は目的を達成するまで、絶対死ぬわけにはいかない。生身より幾分死のリスクが低いから使っているんだけれど……先の戦闘で体に負荷がかかり過ぎたようだから、ステーションにメンテナンスさせてたんだ。僕も飛行体の操縦にはあまり慣れていなくってね……」


 微かに苦笑する律。だが……今の創にとっては、何かを誤魔化しているような薄ら寒さを感じてならなかった。

 先ほどから抱えていた疑問の一つを創は投げかける。


「千秋くんが二号船のカプセルを奪い損ねて、自分の肉体が無いはずの人々。もしかして……彼らもライブフレームを使っているの?」

「………そうか、知ってしまったのか」


 律は目線を落とし、声色も心なしか暗くなる。その反応に創は思わず身構える。


「そんな怖い顔しないでくれ。別に……知ってしまったからどうしようってワケじゃあない」


 少し悲しそうな顔をして、それから独りかぶりを振って。

 真剣な顔になった律はそのまま言葉を続けた。


「その口ぶりだと相当知ってるようだね。そう……僕は作戦に失敗して、二号船のEカプセルを奪取し損ねた。故にこの星に住まう人間の約半数は、現状その肉体をライブフレームで代用している。本人たちも気づいてないけどね」


 創は更に続けて、確かめたい疑問を投げかける


「昨日、君は言ったよね。空から降ってくる怪獣は宇宙人が送り出してるんだって。けどその正体は……」

「地球人類だよ。………それだけじゃない。怪獣も、その正体は元を辿れば……人間なんだ」


 律の言葉に怯む創。薄々勘付いていたが、それでも、今まで手にかけてきた怪獣が元は人間だったという事実は確かに彼にのしかかってくる。


「う、ウソ…でしょ? 人類を殲滅しようとしてるのが、人類!? それも、人間を使って!? そんなこと」

「あり得てしまったんだよ。……彼ら旧人類が、君たち新人類を攻撃する理由。それは君たちの肉体だ」


 旧人類側にしてみれば、カプセルを掠め取られてデジタルデータの体から戻れなくなったといのが今の状況。

 あまつさえソレを使ってのうのうと生きている新人類は、彼らにとってもはや仇としか言いようがなかった。


「意識だけの存在である旧人類かれらには資源らしい資源が一切ない。そんな彼らだったが……ただ二つだけ、強力な『資源』を持っていた。それは同胞の『Eカプセル』そしてメテニウムエンジンから排出される『汚染物質』」

「それって……まさか」

「解析した結果……怪獣の正体は、Eカプセルの胚に汚染物質を過剰投与することで極端に異形化が進行した人間と判明した」


 信じられない、と言いたげな顔をする星奈。


 地球を死の星へと変えた異形化現象。しかし彼らは義のためであればとそれを利用し、同胞の肉体を生物兵器として振るった。2020年の倫理観を持った彼女にしてみれば、心底気味が悪かったといえる。


「……だとしたら、一つ。気になることがあるんだ」

「なんだい?」


 しかし……創の関心は、既に別のところにあった。飽きっぽいという訳ではない。ただ、彼にとっては大切なことだった。


 だから問いかける。


「千秋くんが初めてオレの目の前に現れたとき、君はアルテミスのことを『守る力』と言ったよね。それって……本当だったの?」

「……」


 律はあの時、怪獣の威容を眺めながらそんなことを口にしていた。しかしこれまで明かされた真相を踏まえれば、アルテミスは少なくとも怪獣のために作られたものではあり得ない。


 創の胸に今あるのは、疑念。

 そして。


「……僕がアルテミスを作った目的。それは残った二号船のカプセルを奪うため。そして……宇宙船の旧人類を一人残らず〝狩る〟ためだ」

「…っ! やっぱり、嘘だったんだ」


 そして、怒りだった。


「あながち嘘でもないんだけどね。……実は春川くんのニューロチップには特別細工がしてあって、特殊な信号を常に発しているんだ」

「信号……?」

「そう。宇宙船はおそらくキミのチップから出る信号をキャッチし、そこへと目掛けて汚染させたEカプセルを射出しているはずだ。要するにおとり。本来は宇宙船を誘い出したところをアルテミスで攻撃する手筈だったが……まさか怪獣なんて手段を使うとは、流石に僕も思わなくてね」

「囮って……いやそれに、そんな単純な作戦が上手くものなの?」

「上手くいっているからこそ、怪獣はこの街だけに現れているのではないかい?」


 そう言われて、気付いた。

 確かに現状、怪獣は立て続けにこの街に現れている。それだけでなく、他の国や地域でこのような出来事が起きたという話はニュースでも一切聞かない。


「いいかい? 彼らの目的は自分たちの肉体を奪い返すこと。故に、向こうはみだりに新人類の死傷者を出すことができない立場だ。最悪死人が出ても死体からクローンを作り直すことはできるが、戦いが長引いて腐敗が進めばクローンの精度は著しく落ちる」

「……そうか。だから彼らは、真っ先に千秋くんを叩かなきゃいけないんだ」

「その通り。つまりキミの信号を囮と分かっていても、彼らはそれを無視することはできないんだよ」


 それから、申し訳なさそうに律は言う。。


「聞いての通り、キミの役回りはとても危険なもの。アルテミスには『キミを守る』という役目もあったんだ。予備のチップ認証にキミを登録しておいたのも、最悪自分の身を自分で守ることができるように……という理由さ」

「………どうして」

「え?」

「千秋くんの話を聞いた限りじゃ、この話は『もっと平和的な解決法』があるように思えてならない。なのに、どうして? どうしてそこまでするんだ!?」


 戦わずして旧人類の目的を満たし、新人類も生かす道。それに律が気づかないはずはない。つまり彼は自ら不必要に攻撃を仕掛けている。そのことが、どうしても創は看過できなかった。


 創の言葉に、律は苛つきを覚える。


「僕はやり直したかったんだ! メテニウムに歪められた人類史を。だからこそ……僕が目指す理想の世界に、旧人類は不要な存在でしかない」

「不要な存在って……!」

「過剰発達した文明に頭をやられ、正常な判断がつかなくなった救いようのない連中さ。誇大な表現とは思わないよ」


 律は胸の内の感情を滲ませて言葉を連ねた。


「春川君、キミだって幼馴染をやられたんじゃないのか? 彼女に手向ける復讐心はそんな軽薄なモノだったのか!?」


 しかし……彼の言葉を、思想を、創は否定した。


「……それはオレの怒りじゃない。キミの怒りだよ、千秋くん」


 毅然として、彼は言葉を紡ぐ。


「この胸の痛みは、冬子を想うためのものなんだ。それを掠め取って、自分に都合よく使おうって云うのなら……オレは君のことも許せなくなる」

「…っ!」


 創の言葉にたじろぐ律。

 他の誰かに言われるだけなら、こうはならなかっただろう。ただ〝彼〟に自分を否定されるというのは――魂こそ全くの別人とはいえ――律にとって耐えがたいことなのだった。


「キミはどうしてッ! 分かってくれないんだ!!」

「分かるわけないよ。同じ人類を皆殺しにするみたいなこと……!」

「同じじゃないさ! 彼らは君たち新人類を対等などと思ってはいない。でなければ怪獣をけしかけたりなんてするハズが」

「二人とも……っ!」


 交わす言葉が互いに熱くなりつつあった、その時。



 ――ズシーンッ、という大きな地響き。



 それ自体は、もはや覚えのあるものと言っていい。ただ……今回違ったのは、たった一度きりで済まなかったということ。


 二度、三度、四度、幾度と続く地響きが街を襲う。


「何度も来るこの音、まさか!?」

「怪獣が……何体もいるってこと!?」


 律は宙にホログラフィックを表示させ、状況を調べた。


「そのまさか、複数体の怪獣の出現だ。どうやら小出しにしても効果が薄いと判断して、数で潰す作戦のようだね」

「つまり、それだけの数のカプセルが費やされてるってことよね……」

「……なんだ? 妙な信号が……発信源は元萩センタービルのヘリポートか」


 律は地図を表示させて信号の発信源を探知した。他にも地図上には動く複数のポインター ――おそらくは怪獣の現在地だろう――が示されている。


「というか、この怪獣たち……」

「えっ。もしかして春川、何か気づいたの?」

「いや、地図の怪獣の動きがなんだか……統率がとれているような気がして」


 星奈は創の言葉を聞き改めて地図を見た。

 これまでの怪獣は本能のままに暴れるだけだった。しかし地図上の怪獣は、確かに陣形のようなものを保って動いているように見える。

 数が増えたうえに統率までとられるとなれば、今までとは比にならない脅威になることは明白だった。


「……そうか。この信号は怪獣のニューロチップと通信をして、指示を送っているんだ。こんなことができるのは」

「烏丸先生、か」

「……私が行く」

「夏目さん?」


 いつになく本気の目つきをして、星奈はそう言った。


「春川と千秋くんは怪獣に対応しなきゃでしょ? なら、烏丸先生は私が止める。統率が崩せれば春川も戦いやすくなるはずでしょ!」

「そ、そんな! 危ないよ」

「ライザもついてるから大丈夫っ!」

『ピコピコ』


 星奈の言葉に反応して現れたライザも肯定するかのようにランプをピコピコと点滅させた。


「了解した。ここは夏目さんに任せて、春川君はすぐ出撃するんだ」

「……分かった。夏目さん、本当に気をつけてね」


 星奈が無言で頷くのを見て、創は工場内のアルテミスへと駆けだす。

 律もオペレーションをとるべく奥の部屋へと入っていった。


 創が飛行形態のアルテミスの傍へ着くと同時に工場の屋根が音をたてて開けられる。天井の切れ目から覗くのは、いつの間にかすっかり暗くなった空の漆黒。


 創は夜空を一瞥してアルテミスを見つめる。

 そして……言い放った。



「トランスコード・アルテミスッ!!」





~~~~



 2020年 6月3日

 弓浜市 元萩区


 怪獣の現れた元萩区へと向かう飛行形態のアルテミス。眼下の街並みは次々に流れてゆき、ものの数十秒で視界にの巨影を捕らえた。


「……当たれッ!」


 創は上空から狙いをつけ、脚部の核熱ミサイルで怪獣を爆撃する。煙の跡を残しながらソレは怪獣を追尾し……。


『…グルラァァーーッッ!?』


 余すことなく、的確に全弾命中した。

 そして。


「まだだ!」


 核熱ミサイルを撃ち出した瞬間に創はアルテミスを変形させ始めた。

 重力に引かれながら、飛行体はその姿形を鋼鉄の巨人へと変えていく。そのまま爪先を地へ向けて、アルテミスは落下し続けた。


「…くらえっ!」

『グワァァンッ!!!……』


 怪獣の皮膚が核熱で溶融したところで、すかさず重力加速をつけたキックが炸裂する。怪獣は断末魔を上げ、その場に倒れた。


「まずは一体! …って!!」


 しかし怪獣を倒したのもつかの間。死角から別の怪獣が尻尾を振り回してぶつけ、創は勢いよく吹き飛ばされた。


「うっ!!!」


 数回バウンドしながら激しくアスファルトに擦られ、ビルにぶつかってようやく止まる。視界のそこかしこでは破砕したガラス片の数々が宙を舞っていた。

 創は立ち上がって、周囲の怪獣の位置を確認する。


「後方には……いない。二時の方向に四体、十時の方向に三体、前方に一体……一つ一つ相手にするしかないか」


 『Sword-Arm』


 アルテミスの右腕が光に包まれ、淡く輝く両刃の剣が形成される。

 狙うは前方の怪獣。力を込めて地を蹴り、一気に踏み込んで右腕を振りかぶった。


『ジャァアーーッッ!!』


 淡い緑の刃は怪獣の喉元を掻っ切り、深い傷を与える。すぐさま創は振り返り、腰を落として踏ん張りを利かせた。そして。


「邪魔……するなッ!!」


『Pile-Bunker』


 視界の端で接近していたもう一体の怪獣。その突進に合わせて創は左拳を突き出し、同時に光とともに現れたパイルでその巨体を刺し貫いた!


 続けて右腕の刃も振るい、喉元と脇腹を斬られた怪獣も泣き叫んで倒れる。


「ハァ、ハァ、次は……!」


 続け様に怪獣たちが動く最中、創は大小二体並ぶ怪獣をロックオンした。幹線道路を駆け抜け、創は左腕を構えた。


『Chain-Anchor』


 左腕のバンカーが霧散し、入れ替わりにいかりの射出装置を装備する。

 創は錨を小柄な方の怪獣へと撃ち出して鎖を巻き付けた。そうして鎖を両手で掴み、ハンマー投げのようにグルグルと振り回す。


「いけぇっ!!」


 創は叫びながら鎖から手を離し、同時にチェーンアンカーを解除した。遠心力のかかった怪獣はもう一体と衝突し、二体もろとも吹き飛ばされる。


 その好機を創は見逃さなかった。


『Railgun-Arm』


 アルテミスの右腕に形成されたのはレールガン。創はその二又に分かれたレールを怪獣らへと向け、エネルギーを充填する。やがてそれは淡い緑の光を帯び……。


「…ッ! 」


 ……しかし、創は撃てなかった。


 吹き飛ばされた怪獣らのすぐ背後にあったのは、柚萩陸橋。橋上をズームすると……そこに見えたのは渋滞で立往生した車の数々だった。今ここで撃てば、橋が崩落する危険性は高い。


 そして、戦場でその躊躇は命取りだった。


『ジャラガーーッッ!!』


「ッ!? マズイっ……」


 咆哮が聞こえたときにはもう遅い。狙いをつけて静止した状態で躊躇いを見せた創は、敵にとってまさに恰好の的と言ってよかった。


 左方数キロ先、その怪獣は口をあんぐりと開け、赤褐色の熱線を放った!


「うぐッッ!!」


 怪獣の熱線をモロに浴びた創はたまらず倒れ、火炎は周囲に広がっていく。

 地に伏して、怪獣が一歩ずつ近づいてくる振動を感じる。身に危険を感じた創は即座に立ち上がり、怪獣から距離をとった。


「夏目さんがどうにかしてくれるまで持ちこたえないと。……そういえば、千秋くんは?」


 そして気づいた。


 先ほどからずっと、律の通信が一切聞こえてこないことに。


『……僕はここだよ』

「千秋くん!? 一体どこ…に……」


 創のつぶやきに、突如律が通信を返した。戸惑う創であったが……ふと、遠く前方のビルが目に入った。創はビルの屋上に気になる影を発見し、拡大する。そこに立っていたのは……律だった。


「そ、そんなとこにっ? どうして?」

『僕は……僕の使命を果たすことにしたよ』


 ビルの屋上に立つ律は謎のロッドを握っていた。

 そして、懐から何かカプセルのようなものを取り出し……ロッドに装填した。


 全く見たこともない代物であったが……創は直感的にその正体が何であるか、分かってしまった。


「千秋くんは今ライブフレームを使ってる。ということは、彼のEカプセルはまだ手元に……」


 律はロッドを天に掲げ、言い放った。



『トランスコード・エンブリオ』



 鮮やかな翠玉色の閃光がビルの屋上から煌々と放たれる。



 それから……律の握るロッドが割れ、中から赤黒く粘度の高い液体が溢れ出した。

 液体の流れは止まることを知らず、律を中心とした水たまりはみるみるうちに広がり……やがて、まばらに膨張を始めた。


 それは命の発生だった。

 過剰量の汚染物質に晒されたEカプセルのヒト胚は異形化を引き起こし、急激な細胞分裂を始め、収縮と拡張を繰り返す。そうして最初は小さなカプセルに収まっていたものが……ヒトをはるかに超えた大きさにまで成長していく。


 寄り集まった細胞はいずれ組織を形作り〝肉〟と呼べるていを成す。そうして徐々に質量を増幅させ続け……律の体さえ、飲み込んでいった。

 そうまでなってしまえば、後はもう早かった。


 巨大な肉の塊はぐちゃぐちゃと音をたてながら、まるで粘土をこねるかのように一つの姿を形作る。

 太く、そして長い尻尾。すらりと伸びる手足の先端には鈍く光る鋭利な爪。全身は鎧のように硬質な蛇腹状の皮膚に覆われ……そして、背中に生えるは六枚の巨大な翼。


「そん…な……」


 律は手元に残していた自分の胚を異形化させ、竜のような怪獣へと変貌させた。彼はビルの上で翼を大きく広げて、こちらを睨みつける。


『……僕は理想を叶えるために、キミに力を与えたんだ』

「ち、千秋くん!? 聞こえるのっ!?」

『僕の望む通りに動かないと言うのなら、アルテミスに乗ったキミはもはや危険分子と見なす他ない。だから僕は……世界を〝もう一度創り直す〟ことにした』

「もう一度……だって!?」


 広げた翼の一つ一つに光が集まる。

 ――これはマズい。本能的に悟った創は左腕をかざした。


『Assault-Shield』


 そして、翼に集めたエネルギーを律は光線として解き放った。

 6つの光線のうち、5つは各々弧を描いて怪獣らを狙った。そして1つは……創へと向けられた。

 創はすんでのところで盾を構え、どうにか光線を防ぐ。


『僕だってみだりに被害を広げたくはないんだ。さっさと世界のために……たおれてくれ』


 律はビルから飛び上がり、羽ばたきながら幹線道路へと降り立った。翼の風圧に付近の街路樹が揃ってひん曲がる様子がよく見える。


 熱線より広がった火炎が照らす街中を抜け、律はこちらへと突進した。みるみるうちに距離を詰められて創はとっさに右腕を突き出す。


『Drill-Arm』


 されど高速回転するドリルが鎧のような皮膚に対してできたことは、精々かすり傷をつけることくらいだった。

 巨大な竜の姿に似合わず、怪獣となった律は機敏な動きで流れるような格闘技を仕掛ける。今までにない怪獣の動きに翻弄され、創は避けるだけで精いっぱいだった。


「千秋くんにも、旧人類にも、都合があるってことは分かるよっ。けど……それはこっちだって同じだっ!」

『僕の都合だと? これはキミたちの未来だ』


 創は一時的に退避して距離を取った。それから隙を見て飛び出し、ドリルを再び叩き込む。

 ……が、しかし。回転するその螺旋が胴体に届くことはなかった。


 律は六枚の翼でドリルを防ぎ、アルテミスもろとも弾き返したのだった。


『僕だって、涼しい顔をして戦っているわけじゃない。キミに何が分かる!? 〝その顔〟を僕自身の手にかけることが……どんなに辛いことかッ!!』


 攻撃をはじかれてよろめいた創へと向けて、律は熱線を吐き出した。熱線はアルテミスの左腕にヒットし、隙を突かれる形となった創はまたしても倒れ込む。

 倒れた衝撃が響き、高熱で軟化した結合部が破壊されアルテミスは左腕を欠損した。

 しかし……それでもなお、創は立ち上がった。


「分からないよ! 千秋くんの言ってることなんて。けど……」


 そして。胸部のミサイルハッチをオープンし、律をターゲットした。


「けど……生まれてしまったんだ、オレたちは!! それをなかったことにしようって云うなら……オレはッ!!」


 創は吼えながら核熱ミサイルを発射した。

 四方八方から襲い来るミサイルをひらりひらりと避ける律。しかしミサイルのホーミングはしつこく、幾度と向きを変えて追尾を続ける。そして……遂に命中した。


 激しい爆発が起き、煙に律の視界が奪われる。


「そこだっ!」


 再び右腕に剣を携え、煙を裂くように創は斬りかかった。

 ……しかし。


「な、何…!?」


 視界が晴れるとそこには、創が振るった剣を片手で白刃取りする律の姿があった。


『今の僕は感覚が異常に研ぎ澄まされているようでね。その気になれば微かな音の反響も、キミの一挙手一投足から巻き起こる空気の流れさえも感じることができる。視界一つ奪われたくらいじゃ、そんな攻撃……っ』


 律は挟む手を剣身から動かし、アルテミスの右腕を握る。


『…赤子ッ同然ッ!!!』


 そして大きく振り回し、乱暴にその巨体を放って見せた。アルテミスは放物線を描いて宙を舞い、数キロ先の地面に打ちつけられる。


「うぐぁッ!」

『……もう観念してくれ。全てが終わってキミが目覚める頃には、何も覚えていないはずだからっ』


 地に伏す片腕のロボットと、仁王立ちする竜の怪獣。


 ――この戦いは譲れない。息も絶え絶え、今はそんな意志だけが微かに創を粘らせている。


(けどこんな状況……どうすれば……ッ)


 漠然とした希望と絶望が心をせめぎ合う中……


彼はただ律を見上げることしかできずにいるまま


決戦の行く末を、誓願した。





 第五話 決戦

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