第二話 夏目星奈の裏側

 2099年 6月2日

 株式会社サイバーアーキテクチャー 本社


『始まりました、6月2日火曜の「ひるナビ」です! 今日も巷で話題になっているアレコレをご紹介します!』


 モニターで流れているのは昼の情報番組。律は昼食をとりにラウンジへ来ていた。


『本日のトピックといえばそう、もちろん「隕石の日」ですね!』


 昭和14に始まってから、今年でちょうど160年経つ「テレビ放送」というオールドメディア。既に民放キー局のことごとくがインターネットへ主戦場を移して久しいが、国営の放送局は未だしぶとく生き残っているのであった。


『いまや私たちの生活に欠かせないメテニウム技術ですが、その始まりである弓浜隕石が落ちた日というのが皆さんご存じ2020年の6月2日。なんと今日で79周年を迎えます!』


「よっ、千秋」


 テーブルを挟んで律の向かいに、男が座った。


「今日も美味そうだな~お前の弁当」

「そういう君はいつもコンビニおにぎりやパンばかりだね、灰島君」

「なっはは! 俺はお前ほど料理上手くねぇんだわっ」


 灰島と呼ばれたその同僚は律の小言を慣れたように聞き流した。


「祝日だってのに、お互いお疲れ様だな」

「最近忙しくなってきているからね。正直、僕もそろそろ自炊をしている時間的余裕はなさそうだよ」

「仕事の他に取材もあって忙しそうだもんな、お前の場合は。昨日は学会にも参加してたって? 流石はノーベル賞サマだよ」

「ああ、そういえば昨日の学会なんだけどね。中々興味深い知見を得たよ」

「というと?」


 律は先日のことを思い出しては楽しげな笑顔を浮かべた。


「脳科学を専門とする学者と話を交わせたんだが、その研究内容がどうやらウチのチームの専門領域と重なる部分があるように見えてね」

「ふ~んんっ?」

「詳しくは後日、木戸主任にも話を通してから発表するよ。……この技術には可能性を感じる」


 おにぎりにかぶりつきながら相槌を打つ灰島。咀嚼して飲み込むと、感心したように言葉を返す。


「随分頑張ってるけどよ、取材で金貰えてたりしてねぇの?」

「多少は貰えてるけど、まだまだ全然さ」

「下の子2人だっけか。奨学金まで面倒見てやろうだなんて、ホント出来た兄貴だよお前は。……でも無理はするなよ、最近また妙な病気が流行ってるって言うしな~」

「そうだね。せめて僕を大学まで行かせてくれた母さんを見送るまでは、死ねないよ」


 律はふてぶてしい口調でそう言った。



『続いてのトピック! 今夜はなんと皆既月食が起こるそうです~っ! 国立天文台の計算によると……』


 話し込むうちに休憩時間は過ぎていく。律の数少ない信頼を寄せる相手である灰島との時間は、彼にとっての癒しであった。


「そろそろ仕事に戻ろうか」

「おう」


 昼食を食べ終えた二人は、ラウンジを離れるのだった。



 ……。


 ……ザザッ。


『番組中ですが、速報をお伝えします。以前より国立医学研究センターが発表していた原因不明の病についてですが、本日12時、研究の進展について会見がありました』


『研究センターは病とメテニウムとの関係性を指摘し、政府はこれを受けメテニウムのエネルギー使用に制限を設ける法案を検討する旨の発表をしました。この動きに対しヤクモ自動車が声明を……』




~~~~




 2020年 6月2日

 柚花区 上空


 あれから数分、網に揺られつつ彼らは街の上空を飛んでいた。


 やがて彼らを運ぶ戦闘機はとある工場付近でとどまった。工場の屋根が開き、緩やかに降下していく。


 機体に格納されていた着陸脚を出し、地に足をつける。着地の衝撃に網が大きく揺れたところで掴んでいたアームが解放され、二人は地面に落とされた。


「いたぁッ!」

「……っ」


 網から這い出る星奈と創。網の中でしばらく無理な体勢を強いられていた星奈は、背中をさすりながら周囲を見回した。


「さっき空から見た感じ、私ここ知ってる。確か町はずれの金属加工をやってる工場……」

「…何も……」


 呟く星奈の背後から聞こえるのは掠れた声。


「何もっ!! 何もできなかったじゃないか!!!」


 打ちつける拳は痛みを伝える。それでも晴れない腑甲斐なさを、創は吐き出した。


「そんな…こと……」

「そんなことあるさ!! 手も足も出せなかった!! オレが弱いせいで……ッ!」


 星奈が言葉に困っている丁度のタイミングで、上空から聞こえてくる音があった。音の主は白い飛行体……アルテミスだった。飛行形態のアルテミスは徐々に降下していき、工場に着陸する。

 それから同じタイミングで、戦闘機のコックピットが開いた。現れたのは……律だった。


「あの……あなたは?」

「夏目星奈さんだね。僕は千秋律。呼び方は好きにしてくれ」

「なんで私の名前を……というか千秋って、さっき春川が言ってた?」


 星奈の反応を見て、今度は幻覚ではないことを創は察した。戦闘機から飛び降りる律。創は依然濁らせた目で、そんな律とアルテミスとを交互に見る。


「……どうして乗れるのがオレだけだったんだ?」

「どうして、と言うと?」

「あのロボットがなければ何もできないような、こんな弱いオレが戦ったところで……助かる命も助からないじゃないかっ!」


 思わず千秋に当たってしまう創。それでも当たり散らさずには立ち行かない己が醜悪さに、創は自分自身で驚いた。遍く争いごとを忌避するなどという思想は、庇護と安寧を約束された身分にしか許されぬものだと思い知る。


「……私も正直、気になることでいっぱい。あの怪獣は一体何? それに春川が乗ってたロボットもそう。何より…なんで先生がふゆを……」

「そうだな……まずは君たちの疑問に一つ一つ答えていくとしよう」


 律は話を整理しようと考え込み、創も星奈もまた黙り込む。


 数秒の沈黙の末に……語りが始まった。


「第一に例のロボット、アルテミスについて。あれは見ての通り2020年のテクノロジーじゃない。というのも……僕は2105年からやってきたんだ」

「2105年って……未来人!?」

「僕がここにいる理由。それは人類の殲滅を画策する『敵』から、この2020年の世界を守るためだ」

「私たちの時代が狙われてるってこと? まさか、あの怪獣とも関係してるの?」

「分からない。僕もあんな生物は見たことがないし、怪獣についてはまだ謎が多いんだ。ただ……察しはついている」


 律は顎に手を当て、目を閉じる。


「あの怪獣は空から降ってきた。故に、あれは人類殲滅のために彼らがけしかけたものだと僕は考えている。確証はないけどね」

「えっとー……あなたの言う『敵』って、宇宙にでも住んでるの?」

「その通りさ。彼らは宇宙空間を航行する船に乗り、時空を超えて旅をする民族だ。そして今も人類きみたちを、虎視眈々と狙っていることだろう」

「えぇ、それってリアルに宇宙人ってことじゃない……」


 そのあまりにSF染みた世界観はとことん現実味がなく、星奈は頭を抱えるしかなかった。


「次に、あの少女を撃った烏丸という教師についてだが……彼はおそらく人格を乗っ取られている」

「じ、人格……それも宇宙人の仕業ってこと?」

「おそらくは」

「そんなこと急に言われたって……なんでもありなのね。宇宙人の技術」


 もはやついていけないとばかりにげんなりとする星奈。


「それから最後に……『なぜキミにしか動かせなかったか』について」


 言い淀みながら口を開く律。そんな言葉に創は身構えた。


「まず、大脳辺縁系に接続して外部デバイスとのやり取りを中継する精密機器……『ニューロチップ』というんだが。君たちはそいつをココに埋め込まれている」


 律は自分の頭を人差し指でツンツンと指した。


「『たち』ってことは私も? 私、生まれてから手術なんて一度も受けたことないんだけど」

「自覚はなくって当然だね。君たち人類は皆、知らずのうちに埋め込まれたんだから」

「えっ」

「詳しくは話せないが……君たちにとって必要なものだったんだ」

「……」


 にわかには信じがたい話ではあったが、どこか本気にしている自分もいた。自らの頭が知らずのうちに弄られているのかと思うと、星奈はなんだか気味が悪くなった。


「さて。アルテミスは強力な兵器だ。誰にでも使えてしまっては困る、というのは容易に理解できると思う。そのためアルテミスの戦闘モードにはロックを掛けてあるんだ。本来はオーソライズキーを渡しておいた別な者がいたんだが、怪獣が現れてから交信がつかなくてね」

「ニューロチップ……アルテミスに乗ったときもそんな音声を聞いた。『識別ID照合』、とか」

「そう。だからあの時は予備に用意しておいたチップ認証……即ちニューロチップの識別IDを用いた認証形式を利用したんだ。そしてアルテミスに登録されているチップの持ち主というのが……春川君、キミだ」


 創はその言葉を聞いて、無意識に拳をギュッと握りしめた。掌に食い込む爪の痛みが創をかろうじて正気に引き戻す。


「どういうこと!? なんでアルテミスに登録されてるのがオレの」


 創が言いかけたところで、工場内にブザーが鳴り響いた。


「な、なに今のっ?」

「別に怪獣が現れた警報とかじゃあない。先ほど倒した怪獣のむくろから採取したサンプルを運搬していたんだが、到着したらしい。……僕はこれから怪獣の解析作業に入る」

「千秋くん! まだ話は終わって」

「急ごしらえではあるけれど、一応生活に必要な施設を向こうに作っておいた。そろそろ出来上がっている頃だろう。自由に使ってくれていい」

「千秋くんッ!」


 創の制止を介することなく、律は奥の部屋へと入ってしまった。


「……っ!」


 普段温厚な創が必死に引き留めようとする様に星奈は困惑した。


 説明には未だ謎も多く残されていたが、肝心の律が去ってしまった以上はどうしようもないというのが現状。この場での追求は諦め、星奈は律が示した方へと向かうことにした。


「生活に必要な施設……あっち、って言ってたよね」


 声こそ聞こえずとも、自分が歩く後ろでもう一つの足音が続いていることに星奈は少し安堵した。


 そうして二人は工場の壁際近くまで到達し……そして、何やら珍妙な光景を目にした。


「………なんだ、これ。これじゃまるで」

「なんだかモデルルームみたいね。それかドラマのセット?」


 そこにあったのは3つの部屋。寝室、リビング、浴室と脱衣所。ただし……正面のみ壁が存在せず、中が丸見えになっている。家の外観などはなく、部屋だけが等間隔に並んでいる光景は唯々面妖であった。


 星奈は近づき、中央のリビングに足を踏み入れた。フローリングを踏み鳴らす足音はその見た目と相違なく、確かに木でできていることが分かる。シンクの蛇口を捻ると……。


「水、出るみたい!」


 隅から隅まで部屋を探索する星奈。その姿を見て、創も他の部屋を調べ始めた。


「……寝室のクローゼットには男女それぞれの服が沢山。キッチンの冷蔵庫には食材が一通り揃ってるし……こんな状況だってのに、至れり尽くせりだ」

「お風呂場の方も大抵の物は揃ってる感じね。シャンプーやドライヤーはともかく、化粧水にへアイロンまであるって妙な生活感……」


 星奈はリビングのソファに腰かけた。クッションの心地良い反発に身を預けていると、ここまでの疲れがどっと押し寄せてくる。


「月は消えるし怪獣は現れるし。はぁ~色々あり過ぎたなぁ、今日。お風呂入りたい……」

「……先、入ってていいよ。その間に夕飯作ってるから」

「えっ、春川料理できるの?」

「うん。ウチは親の帰りが遅いことも多いから」

「じゃあ……お言葉に甘えて」


 星奈は寝室のクローゼットから適当な着替えを見繕うと、脱衣所へ向かった。


「ちょっと抵抗感あるけど……仕方ないかぁ」


 部屋の正面のみ壁がないというのは、もちろん脱衣所や浴室も例外ではなかった。先に髪留めやヘッドホンを棚に置いた星奈は、羞恥心を押し殺してようやく制服を脱いだ。


 脱いだ制服を適当に畳んで、浴室へと足を踏み入れる。


「……見られちゃったら、死んじゃうかもなぁ……」


 顔を仄かに染める星奈。思わずよぎった想像は頭をふるふると振って追い出して、シャワーを浴びる。


「…………」


 独り水に打たれ、思いふける。閉じた瞼の裏に浮かぶのは……あの出来事。


「ふゆ……いや。私が落ち込んでる場合じゃない、よね」


 星奈は自分を奮い立たせるように呟く。



 その頃、創は食事の準備に取り掛かっていた。台所の引き出しを適当に開けて包丁とまな板を見つけ出し、冷蔵庫から材料を取り出す。


(豚肉……玉葱……あとキャベツ)


 使う前に一応シンクで包丁を洗うが、元々清潔そうだったから必要なかったかもしれない。軽く洗い流す程度で創は蛇口を閉めて水を止めた。


 ……しかし依然、場に水音は鳴り続けていた。創の視界の端では壁の向こうの空間で水がしきりに飛び散っているのが見える。


「……って、ちべたっ! 急に水にならないでよー!」


 浴室にいる星奈の声とシャワーの水音が、壁を迂回して直接創の耳へと届く。

 不満を漏らす彼女の声に、創は自分が苛つきを覚えていると気付いた。


「……夏目さんはどうして平気なんだ? 冬子が……死んだってのに」


 壁を挟んで、微かに震える声で問う。


 水音が止んだ。


「……平気なはずないよ。大事な友達だもの」


 声のトーンを落として星奈は言う。


「オレには、そうは見えないよ」

「それは……今の春川がなんだかちょっと、危なっかしいから」

「……!」


 痛いところを突かれたと創は思った。


「そんな……こと」

「すぐに割り切れなんて全然思わないよ。私なんかより春川のがよっぽど辛いのも分かってる。でもさ……だからせめて、私は落ち着いてないとって思ったのよ。何度も『逃げて』って春川を守ろうとしてたあの子を想うと、なおさらっ」


 見えずともその声を聴けば、シャワーが止まっていてもなお、水が彼女の頬をつたって流れる様が創の目に浮かぶようだった。


 返す言葉が見つからず、創は無言でフライパンで豚肉を火にかけて玉葱を切る。


(当たり前にいつも付き合ってきた友達が、目の前で殺されたんだ。平気なはずがなかった。……オレが、夏目さんに割りを食わせたんだ)


 肉をひっくり返して玉葱を加え、キャベツを千切りする。会話が途絶えた台所では油の跳ねる音だけが沈黙を際立たせていた。



 湯舟に浸かって温まった星奈は、やがて体を拭いて着替えた。持ってきた着替えは丈長めのパーカーにショートパンツという部屋着らしいもの。

 ドライヤーで乾かした髪は束ねることなく、ストレートに降ろしたまま脱衣所を後にする。星奈にとってはこれがいつも通りであった。


 リビングに上がると、既に食事が出来上がっていた。


「いい匂い、生姜焼きかぁ。いいねっ」

「ご飯炊く時間もなかったし、引き出しにあったパックご飯なんだけど……こういうのは最初に聞くべきだったよね、ごめん」

「いや作ってもらってる立場でそこまで面の皮厚くならないって」


 テーブルには二人分の料理。豚肉と玉葱を炒めて味付けした生姜焼きに千切りキャベツを添えた皿と、パックご飯をよそった茶碗。星奈は早速テーブルにつき、創も向かいに座らせた。


「いただきます」


 手を合わせて星奈は食べ始めた。食べる彼女の顔が綻ぶのを見ると、創はほんの少しだけ罪悪感が紛れるようだった。


「……ごめん。オレが不甲斐ないせいで夏目さんに我慢をさせた」

「気にしないでよ。むしろアルテミスに乗れない私には、気を遣うことくらいしかできないんだし」

「よしてくれ。こんな弱っちいオレがちょっとロボットに乗れたところで、大したこと……」

「そんなはずないよ!」


 そう言い放ち、星奈は食卓を叩いて立ち上がった。一転して真剣な顔つきを見せる彼女に創は一瞬面食らう。


 それから、星奈は提案をした。



~~~~



 2020年 6月3日

 柚花区 町はずれの工場


「外に出たい、か」


 早朝。起きて早々に朝食も済ませた星奈は創を連れて、律に掛け合った。


「う……やっぱりダメかな? 今は烏丸先生に狙われてるみたいだし……」

「いや。いいだろう」

「そうよねやっぱエェーーッ!? い、いいのっ!?」

「キミの方から申し出たんだろう……」


 頭に手を当てて呆れる律。星奈としてはもっと反対されることを想定していたため、えらく肩透かしに感じた。


「実はちょうど、君たちに頼みたいことがあってね」

「頼み事?」

「『ステーション』の調査さ」


 律がそう言うと、どこからともなくドラム缶のような形をした機械が現れた。機械は機敏かつ滑らかな動きで走行し、律の隣で停止する。

 機械は上面からプロジェクターのような物を出すと、宙に画像が投影された。


「ホログラムってやつ? これも未来の技術かぁ……」


 映し出されたのは地図、それも創たちが住む弓浜市一帯のものだった。さらに地図は拡大され、柚花区へとズームしていく。


「ステーションとは、簡単に言えば完全オートメーション化された万能工場だ。出力するデータさえ用意できれば、原則〝何でも〟自動で作ることが出来る。今いるココもそのうちの一つで、君たちが昨晩利用した生活施設もステーションの産物さ」

「あれを全部自動で……」


 律の話に創は舌を巻いた。ただ伝聞するだけでなく、実際に寝泊まりし身をもって触れたからこそ、その凄さに圧倒される。


「ここはステーションとしてはかなり大きい方で、周辺にもいくつか小規模なものをこしらええてあるんだが……そのうち一つが現在、おそらく烏丸歳三に利用されている」

「えっ」

「アルテミスのビデオデータを確認したけれど、君たちが昨日遭遇した烏丸は銃やジャマーを所持していたね。あれはステーションのライブラリにある設計データと全く同じものだ。そしてここから最も近いステーションというのが……」


 ホログラムの地図上に光る点が示された。


「ここって……青柚高校?」

「その通り。高度からしておそらく一階のどこかにあるはずだ」

「要するに烏丸先生が使ってるステーションを調査してほしいってことね。え、危なくない?」

「心配には及ばない」


 律は隣でホログラムを投影していたドラム缶のような機械にポンポンと手を触れる。


「コイツは第3世代型オートアナライザーという代物だ。これから君たちと一緒に調査へ出向いてもらう」


 それはランプをピコピコと点滅させた。



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 2020年 6月3日

 弓浜市 柚花区


「ここも道がふさがってる。また回り道だ」


 高校へと向かって路地を歩く創と星奈。そしてモーター音を鳴らしながら後ろをついてくるオートアナライザー。


 町の景観には戦闘の爪痕が残されていた。


(地面には亀裂。路上には瓦礫。ところどころ電柱や建物が倒壊してたり……全部、昨日の戦闘の影響か)


 出発してからしばらく経った。創たちは少し進んでは瓦礫で塞がれた道を迂回し、その先でも更に迂回し……そのようなことをひたすら繰り返しているのだった。


「こっちなら通れそうだ。ちょっと大きな段差ができてるけど、あれくらいなら……」

「あっ。そういやこの子、段差登れるのかな?」

「……確かに」


 ようやく通れそうな道を発見した二人だったが、そこでは地面のコンクリートが隆起している。人の脚ならなんてことはないが、オートアナライザーは底面の球形タイヤで走行する機械。通行は困難に見えた。


 が、しかし。


『ヴィィィーーーン』


 オートアナライザーは段差にさしかかるとタイヤをしまい込み、底部に格納していたロボットアームを展開した。アメンボを彷彿とさせるその長い四つ足で難なく段差を乗り越えてゆく。


「すごいな、オート……なんだっけ」

「オートアナライザー。名前長いよね。う~ん……」


 星奈は目の前の機械を凝視し、顎に手を当てて深く考え込んだ。


「……ライザ。うんっ、あなたの名前はライザ! そう呼ぶことにする」


『ピーピピッ』


 オートアナライザー改め、ライザは自身の登録名が更新されたことを通知した。


「さてと、工場から高校って意外とかかるのね……出発からもう1時間以上経ってるし」

「ここまで随分遠回りさせられたよね」


 二人は路地を抜けて大通りへと出た。当然と言うべきか、普段より交通量が少ない。


『ピーッピーッピーーッ!』


「また何か鳴ってるけど、今度はなんだろう」

「あっ、もしかして交換の時間なんじゃないかしら?」


 星奈はリュックから一つ、手のひら大のカートリッジを取り出した。


「確か千秋くんが言ってたのは……」



・・・・


「オートアナライザーは月面開発用に作られた探査機でね。さらにこの第3世代型は護衛機能まで備えている優れもの。きっと君たちの助けになるだろう」

「……でも、わざわざ私たちに頼む理由って何?」

「もっともな疑問だね。オートアナライザーは非常に多機能な製品だけれど、単体ではあまり長時間活動できないんだ」


 律はアタッシュケースを取り出し、開けて中を見せた。


「このカートリッジを渡しておく。とりあえずこれだけあれば十分だろう」

「えーっと、これは?」

「オートアナライザー用の交換カートリッジさ。コイツは活動を継続するにあたって、概ね1時間に1回の頻度でカートリッジの交換が必要になるんだ。そうそう、交換したカートリッジはポイ捨てせずにちゃんと持ち帰ってきてくれ」

「犬の散歩かっ」


 星奈はケースの中身をリュックへ詰め込んだ。


「それにしても未来のロボットの割に、意外と面倒なのね」

「僕に言われても困るな。これに関しては既製品を使っているだけなんだから。それで交換方法だが……」


・・・・



「確かココをこうして……いけたっ」


 ピカピカッとランプが緑色に点滅する。


「よかった。オレ、機械にはあんま強くないから」

「巨大ロボット乗り回しといてよく言うね……」

「………あっ、もしかして星奈ちゃん!?」

「この声、もしかしてミヤシコ?」


 星奈は声のする方を見た。そこにいたのは彼女も知る顔の女子と、後ろをついて歩く見知らぬ子供だった。


「生きてたんだね! よかった~!」

「ミヤシコの方こそよ!」

「えっと、同じクラスの宮嶋さん?」

「うんっ。確かそっちは春川くんだよね」


 声をかけてきたのは栗色髪の女子、創と同じ2年A組の宮嶋みやしまこころ……もとい『ミヤシコ』であった。


「ミヤシコは同じ中学出身でね、部活も漫研で一緒なの。昨日は学校来てないみたいだったから心配で……」

「たはは……まさか月が消えるなんて一大事に学校があるとは思わなくって」

「それはまぁ、そうかも」


 改めてこの国の人間の感覚はちょっとおかしなところがあるなぁ、と星奈はミヤシコの言葉に納得させられた。

 そんな二人の会話に、興味ありげに聞き耳を立てる黒髪の少女。


「ところで後ろのその子は?」

「なーちゃんの名前は、宮しまかな子、9さいです!」

「話に聞いてた妹ちゃんかぁ、なんだかあんま似てないね。ミヤシコよりも可愛くなっちゃったりして?」

「せ、星奈ちゃん~っ!」


 悪戯な笑みを浮かべる星奈にミヤシコはたじろいだ。


「宮嶋さんは妹さんと何してたの?」

「スーパーに買い物だよ~。ほら、昨日あんなことが起こったし……また起こらないとも限らないから、色々買い足しておこうって」

「きのう……きのうっ!」


 ミヤシコの言葉に妹のかな子が反応する。それから創と星奈の前に出て、興奮気味に語り出した。


「なーちゃんね、きのう習いごとでっ、もとはぎのプールに行ってたんだ! それでねー! 帰りのバスのってたら、ビルのむこっかわに怪獣見えたの!」

「……そうなんだ」


(あの時すぐ近くに、こんな小さな子が……)


「こわいなって思ったんだけどねっ、でもねっ! でっかい巨人のひとがやっつけてくれたんだよ! 巨人のひとすっごく強かったー!!」

「……そんなに強かったんだ、そっか。よかったね」


 己の内にある自己嫌悪と、少女による称揚との間で揺れる。その無邪気な笑顔に創はどんな顔をしていいものか分からず、ぎごちない作り笑いをただ返した。


「ところで。こんなときに一緒だなんて、星奈ちゃんと春川くんってもしかして……」

「べべ、別に私たちはそ、そういうんじゃあ……っ!」

「ついさっき出会ったんだ。奇遇なことに、お互い大事な忘れ物が学校にあるみたいでさ。一人で行動するより安心でしょ」

「そっか、勘違いか~。変なこと言ってごめんね! こんな時なのに」

「ホントよホント……」

「じゃあ私たちは行くね。バイバイ星奈ちゃん~」


 妹の手をとって去るミヤシコ。星奈は焦りを笑顔に隠しながら、彼女に手を振り返した。


『……ピピッ!』


 ミヤシコたちがいなくなると、路地の奥に身を隠していたライザが戻ってきた。


「……さて、この先の大通りまで来ればもう少し。道なりに行って橋を渡って、ちょっと歩けば到着だよ」


 二人と一機は再び高校を目指す。信号機を渡り、雑草生い茂る川沿いの道をゆき……そして歩みはやがて、橋へとさしかかった。


 ゆかけ橋。


「この辺は被害が少ないみたいね。……あっ」

「何? 夏目さん」

「いや、勘違いだったみたい。ほら、向こうに引っ掛かってるヤクモのフィリウス。今時ヤクモ乗ってるなんてウチくらいだと思ってたから。でも弓浜ナンバーじゃないしウチのとは違うなって」


 どこから流れ着いたのか、川辺にはフレームのひしゃげた車が留まっており、風景の中で一抹の非日常を演じていた。逆に言えば、周辺で他にこれといった被害は見当たらない。


 曇り空だった昨日とは打って変わっての快晴。そんな青空のもと橋の中央で仁王立ちし、橋桁へとワイヤーを渡す大きな主塔。橋をくぐって河川は流れ、今にも高く昇ろうとする太陽に水面が煌めく。


 創にとって見慣れたその景色は、今日も変わらずそこにあった。


 ただ。


「………冬子…」


 欠けているものがあるとするなら、そこに彼女がいなかった。


「……ここ、よく通るの?」

「うん、ウチがここから近くってね。川のこっち側はほとんど住宅地だから、何かと出かける用があればこの橋を通ることになるんだ」


 創は一帯の光景を眺める。


「懐かしいな」


(……小学校の帰り道にごっこ遊びをしながら通った日)


(……意地悪なクラスメイトから助けてもらって、泣きながら帰った日)


(……中学の入学式に遅刻しそうになって一緒に橋上を走り抜けた日)


(……高校生になって初めて寄り道をして、いつになく帰りが遅くなった日)



(何より……あたりまえのように二人でここを渡ってた、何でもない日々)



「オレでない誰かが、オレなんかよりもっと強い誰かが、戦ってくれればいいのに」


 不意に、本音が漏れた。


「でも、今アルテミスを使えるのは春川しかいない」

「そうかも……しれないけど」


 星奈は羨ましそうに創を見た。


「普通に考えてさ、アレを扱える時点で春川は十分すぎるくらい強いのよ。大抵の人が手を伸ばしても届かないトコにだって、今の春川なら届くんだから」

「けど……!」

「春川の気持ちを納得させてくれる人間はもう、どこにもいない。『他の誰か』を期待できないんなら……春川は、自分で自分を納得させなきゃいけないんだよ」


 語調こそ少し厳しいかもしれない。しかしその言葉には、創の内心にじんわりと染み込む何かがあった。

 おぼろげに、創は自分の指針が見えてきたような気がしてきた。


「……代わってくれる人はオレの他にいない。オレ自身が変わらなきゃ、何も進まない。そういうことだよね」


 幼馴染の死は創から何もかもを見えなくさせた。


 しかし目の前の彼女の言葉で……自分はどこから来て、今どこにいるのか。どの向きに進むことができるのか。それがやっと分かったのだった。


「……オレ、今度こそちゃんと向き合おうと思う」

「『自分の弱さ』に?」

「オレたちの身に起きた悲劇の意味に」


 創の答えに星奈は安心した。紡がれるその言葉には、固まった意志が見えた。


「ふゆが言ってた通り、春川は『そーいう人』なんだね」

「勿体ない言葉だよ。単にオレは、意味を見出したいだけなんだから」


 遠景の街と川と橋。戦火を逃れた思入れの景色を、創はその目に焼き付ける。


「ありがとう、夏目さん」

「……いいのよ」


 微笑みながら言葉を返す星奈。


 彼女は再び歩き出す創の背中を見つめる。


「……あーあ。背中、押しちゃったなぁ……ふゆが守ろうとしてた、彼の」


 創を励ますということ。

 それはつまり、彼を危険な戦場へと送り出すということ。しかし分かっていてなお星奈は、その背中を押した。


(私だって本当は……キミにまでいなくなって欲しくないって思ってる)


(けど。私の都合で引き留め続ければ、キミを苦しめることになる……)


 目を閉じて、かぶりを振り、そして。


「それは……イヤ」


 ひっそりと呟き、確かな足取りで彼女は追いかけるのだった。



~~~~



 2020年 6月3日

 青柚高校 校門前


 学校という場所は、学生にとってある種日常の象徴と云える。


 青柚高校もまた創たちにとって日常的に通う場所であったが……今日は普段のような賑やかさが欠片も感じられなかった。当然とも言うべきか、校門には一枚の紙が貼ってあった。


『当面休校 各自連絡を待ってください』


「まぁ怪獣が現れれば、そりゃ休校にもなるか。不法侵入……って、もはやそんな状況でもないよね」

「ここから入っちゃいましょ。ライザも校門くらいは余裕で乗り越えられるだろうし」


 創と星奈は校門を登って敷地内に侵入、背後につくライザも折りたたまれた脚部を伸ばすことで難なく通過した。


『ピッ……ピッ……ピッ……』


 校内に入って少し歩くとライザが反応を示した。これまで二人の後をついていたライザだったが、脚を格納して球形タイヤでの走行に戻ると、今度は二人を先導するようになった。


『ヴィィィーーンンッ』


「なによ急にっ、そっちってこと?」


 渡り廊下を曲がって校舎の中へ。校内は閑散としており、人の気配はまるで感じられない。廊下ではライザの走行音と追いかける二人の足音だけが響いていた。


「向こうって確か実技棟の方だったよね?」

「ステーションがそっちにあるのかしら」


『ピッ…ピッ…ピッ…』


 走るごとにライザが発する音の間隔も次第に狭まっていく。そのまま校舎端の扉から飛び出し、校庭を横目に別棟の実技棟へ。


 ライザは実技棟の廊下に入ると徐々に減速し始め、やがてとある教室の前で停止した。


「ここって……『工芸室』? 私、入ったことない」

「聞いたことあるかも。確か1年の芸術選択に『工芸』っていうのが昔あったんだけど、数年前に廃止になったって。そのとき使われてた教室らしいよ」


 学校敷地の端にある実技棟、そのまた端に位置する工芸室。手入れされなくなって久しいのか、ここだけ異様に古びた印象を与えた。休校のため廊下の蛍光灯は点いておらず、薄暗さがおどろおどろしさを演出している。


 ライザは上面のハッチから今度は細いアームを出すと、扉の鍵穴にこれまた細い指を挿し込んだ。やがてガチャリと音がなり、鍵はいとも容易く開錠された。


「ライザってほんとに何でもできるのね……」


 ランプを緑色にピコピコと点滅させるライザ。


 中に入るや否や、鼻を襲うのはカビの異臭。二人は思わず顔をしかめた。


「見た感じ……中学にあった技術室に似てるかも。糸鋸とか、ボール盤とかあるし」

「美術室っぽくもあるかしら? 画材が置かれてるけれど、随分ホコリ被っちゃってるわね」


 一目見ただけでは単に古びた教室としか思わなかった。しかし奥の方へと目を向ければ……この空間に似つかわしくない機械が鎮座しているのがすぐに分かる。


「何の機械だろう……もしかして、これがステーション?」


 直径2メートル程度のステージを取り囲むように多様な機械が配置され、その隣には教室の天井いっぱいまで届くような巨大な筐体がある。


 ライザは筐体に近づくとプラグのようなものを挿し込んだ。しばらくすると、筐体に備え付けられたモニターに下から上へと文字列が流れる。


『不正なアクセスを検出』

『•s³‚ȃAƒNƒZƒX‚ðŒŸo』

『アクセス正常』

『記憶域の精査:インポート完了』

『ステーション:生産機能:ロックしました』

『ステーション:改修機能:ロックしました』

『認証コードを変更』


「これが千秋くんが言ってたハッキング、かしら?」

「多分……?」


 創も星奈もほとんど意味を理解できないまま、モニターを漠然と眺めていた。



 その瞬間。


『下ガッテ』


 ライザは機敏な動きで教室入口へと回り込んだ。


「えぇっ! っていうかあなた、喋れたのっ!?」

「待って夏目さん。……足音だ」


 創は星奈の手を取って扉から距離をとった。一方ライザはドラム缶のようなボディの両サイドから二人を守る遮蔽物を展開し、機関銃のような兵装をハッチから覗かせた。


 ガラリと、音をたてて扉が開く。


「ほう? こんなところによくもまぁ大所帯で」

「……烏丸先生っ!」


 その顔を見て、創も星奈も身構える。現れたのは烏丸歳三……冬子を撃った張本人であった。烏丸は懐から端末を取り出し、操作する。


「……コードが上書きされてるな。生産機能諸々も使えなくなってる。よくもまぁやってくれたものだなぁ……と、言いたいところだが」


 烏丸はライザの方を見ると、鬱陶しそうな顔をした。


「オートアナライザー、それも第3世代型か。流石に私一人じゃ分が悪いらしいな? 安心しろ、この場では君たちに手を出すことはしないさ」

「烏丸先生……」


 不機嫌そうに白髪を掻く烏丸。


 星奈は未だ信じられずにいた。『意識を宇宙人に乗っ取られている』などというSFめいた突飛な物語を。だから、確かめたいと思っていた。


「先生の目的は……何なんですか?」

「なんだ、千秋に聞かされていないのか? 私たちがこのようなことをする目的はただ一つ、この星の人類の殲滅だ。私はそのために送り込まれた尖兵のようなものさ」

「……千秋くんの言ってた通りなんだ。なら、怪獣も先生たちの仕業?」

「その通り! 君たちが怪獣と呼ぶアレは我らの母船で生み出され、この星へと投下されるんだ。おっかないだろう? アレは」


 アウェーな状況でもなお不敵に笑ってみせる烏丸。

 けれども、創は臆さなかった。


「……でも、もう決めたから。オレは抗い続けるって」

「軟弱なクセして格好つけるよなぁ。嫌いだよそういうの」


 烏丸先生が言いそうにないことだ、と星奈は思った。

 いつもどこか気だるげで、しかし意外に生徒の肩を持ってくれることの多く、人気も高い。……そんな烏丸先生はもういないのだと、彼女は実感した。


「烏丸先生……本当に宇宙人に乗っ取られてるんだ」

「ハハッ、宇宙人だって? 面白いことを言うなぁ。私たちから見れば君たちの方こそ宇宙人だというのに。それに……何か勘違いしているようだ」

「勘違い?」

「乗っ取りだなんだと、人聞きの悪いこと言ってくれるじゃないか」


 烏丸は嘲るように顔を歪める。


「〝これ〟は元々〝私のもの〟だ」

「えっ……」

「その反応、本当に何も知らないワケだ。であれば怪獣のこともどうせお前たちは『街を襲うデカい化け物』程度にしか思ってないんだろう?」


 矢継ぎ早に烏丸の言葉は続く。


「自分が意気揚々と殺してみせた怪獣の正体も知らずにまぁ暢気のんきなことで。今後お前のその暗愚がどれだけの人間の命を奪うことになるのだろうなぁ?」


「諦めたらどうだ? どうせ無駄なんだ。いや無駄どころか害悪だな? 軟弱なお前が『抗う』だとか格好つけたところで」


「ホント傑作だったなぁ、お前たちのあの鳴き声!『創に手出しはさせない。だってその為に生まれてきたんだから!』『冬子を置いていけるわけない!』ときた! 極めつけは最後の『冬子ーーーーーーーっっ!!!』って、中々クサい台詞を吐くじゃないか??」

「あんた…言わせておけば……っ!!」

「やめるんだ夏目さん」


 創や冬子への侮辱で頭に血が上った星奈を、創は引き留めた。


「先生はただこっちを怒らせて冷静さを欠かせようとしているだけだ。この場の戦力ではこちらに分があるから、そういう手段に及んでいるんだよ」


 創は烏丸と真っ直ぐに目を合わせた。


「……烏丸先生、聞かせてください。あなた自身はどういう想いで、そこまでして人類オレたちを殲滅しようとしてるんですか」

「敵に投げかける質問じゃないな。まさか話し合いで解決、とか言わないよなぁ? それとも泣き落としか?」

「……或いは、あなたは〝誰のために〟そこまで頑張っているんですか?」

「…ッ!」


 烏丸は不快感を顔に出して銃口を創に向けた。


『銃ヲオロセ。応ジナケレバ発砲スル。5…4…3…』


「……チッ、気に入らないな」


 烏丸は銃を下ろすと踵を返した。


「私はこれで失礼するとしよう」


 創の顔を尻目に、烏丸は吐き捨てる。


「それではな『灰島』。……いや、この世界では春川だったか」

「えっ」


 烏丸は創の反応を気にも留めず、教室を去っていった。ライザは烏丸の反応が遠ざかるのを確認すると、展開していた遮蔽物や武器を格納し元の姿に戻った。


「……春川」


 星奈は不安げな面持ちで創と向き合った。


「まさか宇宙人に肩入れするとか、もう戦えないだなんて言わない……よね?」

「言わないさ。向こうがオレたちを殲滅しようとしてる以上、抗うことは止めないよ。そう決めたから。ただ……」

「ただ?」

「烏丸先生を乗っ取った宇宙人にも、まるで人みたいな感情が存在するんだなって分かった。良くも悪くもね」


 開け放たれた扉の外、既にそこには誰もいない廊下を創は見つめる。


「烏丸先生が冬子を殺めたこと、オレは許してないよ。でも……仮に仇討するにしたって、できる限りのことを知ったうえでするべきだって、思うんだ」

「……意志が鈍るかもしれないじゃない」

「それはありえないよ、絶対。一生許さない。ただオレは、冬子の死について知らないことがあるままに事を終わらせるような真似はしたくないっていうだけ」


 恥ずかしげもなく、大真面目な顔で創は言ってのけた。


 そんな姿を見て。


(昨日から……どこか落ち着かないようなこの感じ。そうか。)


(何故か恋人同士になる夢なんて見ちゃって、ロボットに乗って恐ろしい怪獣と戦ったりして……知らずのうちに、私は彼のことが気になってたんだ。)


 創を捉えるその視線を彼女は逸らす。


(最初は死に追いやられたふゆのために春川を助けようとしてたはずだった。でも……)


・・・

『(けど。私の都合で引き留め続ければ、キミを苦しめることになる……)』

『それは……イヤ』

・・・


(いつの間にか、私は春川に好かれようとしていたんだ。)


 不純だと思った。気持ち悪いと思った。自分が嫌になった。

 ……されど、それだけではなかった。


 星奈は、確かにそこにあった彼女への友愛を『忘れたくない』とも思った。


「この……色ボケ頭…ッ」


 誰にも聞こえないくらいに、か細い声で吐き捨てる。

 そうして、再び目の前の彼を見つめた。


「……ごめん、夏目さん。こんなオレの拘りに付き合わせちゃって」


 しかし尚も星奈が情けなくなるのは……自分以外の女の子に愛を向ける姿さえ、彼女にとってはどこか魅力的に映ってしまうということだった。


「いいのよ」


 それでも。

 これが彼と彼女の為になりさえすれば今はそれでいい、と。


 微笑みの裏側に想いを秘めて、星奈は短くそう返した。





 第二話 夏目星奈の裏側









~~~~



『頭部:解析完了』


「さて……」


 椅子から立ち上がる律。


 場所は町はずれの工場に擬態していたステーション、その奥の部屋。律は昨日の戦闘で回収された怪獣の躯を解析している最中であった。


『ヴィィーーン』


 自動制御のワゴンによって律のもとへ運ばれてきたのは、怪獣の頭部を解剖した際に異物と判断された摘出物。


「やはりこれは……」


 トレイ上で怪獣の体液にまみれた微細なソレを、律はルーペで確認した。



「………ニューロチップ」



 律は左手の拳を無意識に震わせる。

 平静を保ちながらも、腹の奥でこみあげてくる己の感情に彼は自覚的であった。


「早急に、残りのEカプセルを回収しないといけないな」


 律はその掌を見つめ、新たに意志を強く固めた。

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