第11話

夕食の時間になり、食堂へ行こうと階段を下りていると、先輩と出会った。

「先輩、今お帰りですか?」

「そうよ。もう……、あなたも知っているでしょう?」

 先輩は困り顔で笑った。その笑顔がどこか誇らしそうにみえたのは気のせいではないと思う。私は少し考えて、「ええ、知っています」と返した。

「なら、言わないで」

「先輩、お食事はどうされますか? 私、これからなんですよ」

「そうなのね。私も部屋で着替えたらすぐ行くわ」

「そうですか」

 先輩は軽く微笑んで、私の横を通り過ぎていった。その後ろ姿を見送って、私は食堂へと向かった。


十分もしないうちに先輩も食堂へと入ってきて、空席の多いところに一人座った。周囲は噂していたけれど、先輩自身は異性交遊の噂を気にしていないようだった。

 私はそのことにほっとしたような、寂しいような気分で食事を進めると、隣に誰かが座った。隣を見ると、さきほどの「藤宮」という後輩が私の隣に座ったようだった。

「手紙、読んでくれましたか?」

「いいえ。まだ読んでいないわ。あなた、寮生だったのね」

 私が言うと、藤宮さんは悲しげに眉を下げた。

「それに、図書委員です」

「あなたのこと、よく知らないの」

「私だって、小春さんのことはよく知りません。だから、教えてください」

「私のことを?……どうして?」

「好きになってしまったから」

 私は彼女のことをよく知らなかったけれど、魅力的な人だとは感じた。

 彼女の瞳が私を射抜くように見つめている。中等部の生徒とは思えないほど、情熱的に世界を見ているようであったから、私は少し彼女に興味を覚えた。

「私は、あなたが思っているような人間じゃないのかもしれない」

「そんなことはありません」

 彼女は断言した。

「あなたはとても素敵だと思います。私は、小春さんみたいなひとに憧れています」

「でも、私は……」

「誰かとお付き合いされているわけではありませんよね?」

「……そうね」

「じゃあ、私にもチャンスがあるかもしれません」

 私は、彼女がどうしてそこまで自信を持って言えるのか不思議に思った。

「私なんか、どこが良いの?」

「分かりません」彼女は即答して、「でも……」と言った。

「好きになったんですから、仕方がないですよね」

 何度目かの言葉だった。彼女のことをよく知らないが、彼女の好意を疑うことは失礼にあたることは分かった。

「……ねえ、あなた、名前を教えてくれる?」

「藤宮です」

「下の名前よ」

「蛍です、虫の」

「蛍さん。良い名前」

 私はその名を口に出してみた。

「ありがとうございます」

 藤宮さんは嬉しそうに言った。私はなんだか恥ずかしくなって、その話題を打ち切ることにした。それに、彼女が隣に座ってから、食事が手つかずだった。

「ご飯を食べましょう。冷めてしまってはいけないもの」

そう言って、箸を持った。

藤宮さんのほうを向かずに食事をする。藤宮さんも黙って自分の食事を始めたようだ。

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