第10話

 校舎を出て、まぶしいくらいの西日を浴びた。学園の敷地内にある寮まで、私はいつもより早足になって歩いた。

「あの、すみません」

 けれども、寮が小さく見えてきたとき、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、中等部の制服を着た知らない女子生徒が立っていた。

「……何ですか?」

「あの……」

 あまりに落ち着いた表情で私を見るから、道でも尋ねるのかしら、と思っていると、彼女は「小春さん、ですよね」と言った。

 私は「ええ」と答えた。

「あの、これ。読んでください」

 差し出されたものは手紙だった。

「……どうして?」

「好きです。あなたが好きなので」

 彼女はわたしをまっすぐと見つめたまま言った。

 私は無言で、その少女の姿を眺めた。大人びて落ち着いた風貌であるけれど、制服のリボンから中等部の二年生の生徒だということは分った。

「受け取ってもいいけれど、私、あなたを知らないわ」

 ごめんなさいね、私は言った。

「中等部二年、藤宮です」

「ありがとう。私と恋人になりたいということ?」

「はい、出来れば」そう言って、彼女は微笑んだ。

「どうして、急に?」

「私、先輩と……、あの寮のルームメイトの三年生の方がお付き合いされているんだと思っていて。でも、違うみたいだし」

 私は黙っていた。私は彼女の言葉の意味がすぐに理解できなかったからだ。

「好きになったんです。理由はそれだけじゃだめでしょうか」

私は首を横に振った。そして、こう言おうと考えた。「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられない」

 けれど口に出たのは別の台詞だった。「私、好きな人がいて」

「……それは誰ですか?」

 私は答えられなかった。私はその問いに答えることができなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る