第4話
午前の授業を終えて、昼休みに図書室へと向かうと、一人で本を読んでいる先輩を見かけた。
声をかけずに窓辺のベンチに座って私も本を読んでいると、気が付いたら先輩が隣に座っていて、甘えるように凭れ掛かってくる。こういうことは、よくあることで、先輩はよく私の耳元で二三、他愛もない話をしたり耳に息を吹きかけたりすると、私の反応が薄いことを残念がった。
思えば、我々は十二才で親元を離れて寮生活をしているから、どこかに寂しさを抱えている。けれどもその寂しさを自覚していまえば、一気に自分が惨めになってしまうから、差し伸べられた手を取ったりはしない。
先輩のラベンダーのヘアオイルの匂いが鼻腔にこびりついたとしてもだ。
「小春ちゃん、また随筆。空想を読まないだなんて、甲斐のない娘」
「個人の自由です」
わたしは大抵エッセイとか参考書とか、そういうどちらかというと地に足ついたものを好んで読んだけれど、先輩は三島だとか漱石とかそういう堅いものを好んで読んでいて、私が聞いたこともない海外の作家の本を読んでいることもしばしばあった。
寮の部屋にはテレビを置くのを禁じられているし(談話室に大きいのが一つあるけれど、それだって二十一時までしか見ることができない)、家から通学している生徒たちと比べると寮生は世間のことに疎い。それをアドバンテージだと思う子も、反対に思う子もいる。
「夕方から雨なのですって」
「傘、持ってきませんでしたね」
「えぇ。でも、いいわ」
「濡れちゃいますよ」
「いいのよ」
先輩の微笑みと、本を閉じる音がした。私は先輩に肩を貸しながら、本を読む。
「小春は良い匂いがする」
「そうですか?」
「えぇ」
「どんな匂いですかね」
「お日様の香り」
「そんなはずないですよ」
「ふふ」
「……あぁ、分かりました」
「あら、何かしら」
「きっと、先輩のヘアオイルの香りが移っているからでしょうね」
「まぁ、嬉しい」
彼女は、わたしの首筋に頬擦りする。先輩の身体は暖かく、柔らかい。わたしたちは寄り添いながら昼休みを過ごし、予鈴が響くと何事もなかったかのように、それぞれの教室へと散った。
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