変態レベル2 オシッコするボクを見てください

 最近のボクは悶々としている。

 社会の窓全開作戦は見事に成功した。しかしその程度の恥ずかしさではまだまだ不十分だ。さらなる恥ずかしさを極めるべくボクは日々精進した。

 積手つんでレナノさんの前で鼻をほじくったり、廊下ですれ違う時に思いっ切り放屁したり、授業中、教師に当てられた時、「わかりません、お母さん」と返事してみたり、とにかく思いつく限りの「ボクの痴態晒し」を次々実行していった。


「ああ、今日も積手つんでレナノさんがボクを軽蔑してくれた。恥ずかしい、嬉しい、幸せ~」


 恥ずかしさが蓄積していく。と同時に勇気も蓄積していく。そのおかげで今では彼女と普通にあいさつし普通に会話できるまでになった。恥ずかしさへの耐性は着実に高くなっているのだ。

 だがその歩みは亀のように遅い。告白の恥ずかしさは遥か彼方にある。あと1年で変態レベルを最大にするのはどう考えても不可能だ。このままでは告白もできず、ただ痴態を晒しただけで卒業してしまいかねない。


「こんなやり方ではらちが明かない。一気に変態の階段を駆け上がれるような素晴らしいやり方はないだろうか」


 考えた。悶々としながら考えた。そして閃いた。


「幼稚園の時のアレ、やってみたらどうだろうか」


 幼稚園の時のアレとはお漏らし事件である。小さい時は今以上に恥ずかしがり屋だった。保育士のお姉さんはもちろん園児に対しても一言も口を利かなかった。そして午後のテレビ鑑賞の時間、尿意を催したボクは「トイレに行きたい」の一言が言えず、椅子に座ったままお漏らししてしまったのだ。


「きゃー神也君がちびった!」

「うわ、きったねえ」


 情け容赦ない罵倒の声が乱れ飛ぶ。恥ずかしかった。死ぬほど恥ずかしかった。これまでの人生で一番恥ずかしい経験だった。


「あれを積手つんでレナノさんの前で再現してみたらどうなるだろう」


 これは告白の恥ずかしさに匹敵する恥ずかしさではないだろうか。中学3年にもなってお漏らしするんだぞ。生きていけないくらいの恥ずかしさだ。


「いや、ちょっと待て。その後、告白したとして、お漏らしするような男子を彼氏にしたいと思う女子が存在するか?」


 さすがのボクも躊躇した。いくらなんでもこれはやり過ぎだ。なによりお漏らしでは後始末が大変だ。替えのズボンとパンツが必要になる。ちょっとめんどくさい。


「お漏らしはマズイな。じゃあ一歩下がってボクの放尿シーンを見てもらうのはどうだろう」


 これなら問題なさそうだ。お漏らしをする中学男子は滅多にいないが、オシッコする中学男子はたくさんいる、と言うかオシッコは誰もがする自然な行為だ。その自然な行為をたまたま積手つんでレナノさんが見てしまった、ただそれだけのことだ。


「よし、これで行こう」


 さっそく作戦の立案に取り掛かった。数日間の検討を経て金曜放課後に決行することにした。


「そろそろ来る頃か」


 今、ボクがいるのは積手つんでレナノさんの通学路の途中にある児童公園だ。彼女は毎日片道4キロの道を歩いて通っている。

 大入道小学校出身者のほとんどは自転車通学なのだが、

「なんか全力で漕ぐとフレームが歪んですぐ壊れちゃうんだ」

 という理由で彼女は徒歩通学らしい。


「おっ、来た」


 待ち人来たる。彼女だ。周囲を見回す。人影はない。それも事前に調査済みだ。彼女の通学路でこの時間帯に最も人気ひとけがなくなるのがこの児童公園なのだ。そしてボロボロの公衆トイレもある。作戦実行には打って付けの場所と言えよう。ボクは物陰から飛び出すと少し早口で声を掛けた。


「あっ、積手つんでさん、偶然だね」

「羽仁じゃないか。こんなところでどうした」

「急にオシッコしたくなっちゃって。この辺にトイレない?」

「あそこにあるぞ。ボロすぎて立ちションとあまり変わらないけどな」

「助かるぅ。あ、でも両手が塞がっていて困ったな。積手つんでさん、荷物持ってくれない?」

「いいぞ。あれ、何だこの鎖は」


 彼女に渡した学生鞄には鎖が付けてあり、ボクのズボンのベルトと繋がっている。鞄を持っている限りボクのそばから離れられないようにするためだ。


「ああ、それは盗難防止用の鎖だよ」

「外せないのか」

「ちょっと待って。あれおかしいな外れない。うう、それよりもオシッコ漏れそう」

「仕方ない。このまま行くか」


 ボクと積手つんでレナノさんは並んで歩き出した。取り付けた鎖は短いので体が密着しそうなくらい接近して歩いている。ふっふっふ、ここまでは作戦通りだ。さあここからが正念場だぞ。


「うわ、本当にボロいね」


 公衆トイレに扉はない。一応目隠し用の板は設置されているが横に回れば男子用の便器が外から丸見えだ。もちろんそれも調査済みである。

 ボクは便器の前に立った。その横には鞄を持った積手つんでレナノさんも立っている。


「えっと、じゃ、じゃあオシッコするね」

「ああ、漏らす前にさっさと済ましとけ」


 平然とボクを見下ろしている彼女。さすがに恥ずかしい。だがここまで来ては後に引けない。ズボンのファスナーを下ろしてチンチンを引っ張り出す。積手つんでレナノさんの視線を浴びてちょっと縮こまっているみたいだ。


「ふふん」


 彼女の含み笑いが聞こえる。恥ずかしさが全身を駆け巡る。もうやだ、やめたい。しかしチンチンを出した以上、オシッコせずにそれを仕舞うわけにはいかない。ボクは下半身に力を込めて放尿した。


 ジョジョジョ……


 長い。オシッコはなかなか止まらない。1リットルの水は飲み過ぎだったか。ちょっと後悔する。


「お疲れさん」


 全てが終わった後、積手つんでレナノさんからねぎらいのお言葉を頂戴した。ボクは羞恥心と喜びに浸りながら、今、自分の変態レベルが確実に上昇したことを実感していた。これだけの恥辱を味わったんだ。今なら告白できるんじゃないか、そんな気さえしていた。


「しかし羽仁、おまえ本物の変態だな」

「えっ、どういうこと」

「あたしに見てほしかったんだろう、放尿する自分の姿を。そのためにわざわざこの公園で待ち伏せしていた、そうだろう」

「そ、それは……」


 なんてことだ。完全に見破られているじゃないか。恥ずかしい。いや待てよ。新たな恥ずかしさ発生ということで、これはこれで良かったのかも。


「答えられないってことは図星か。おまえの計略にはめられて少し悔しいな」

「気分を害したのなら謝るよ。ごめんなさい」


 頭を下げながらも心の中では歓喜の声を上げていた。こんなに長く彼女と会話したのは初めてだった。


「謝ることはない。ただ見せられっ放しで気分が悪いんだ。何だか借りを作ったようでな……そうだ、お返しにあたしの放尿シーンを見せてやろう。それで許してやる。これからあたしの家に来い」

「ええっ!」


 思ってもみなかった言葉を聞かされ、気絶しそうになったボクである。


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