変態レベル1 社会の窓は全開です

 今日のボクはちょっと違う。早起きして教室に一番乗りした。作戦があるのだ。


「大丈夫。ボクならきっとできる。勇気を出せ、神也かみや!」


 自分の名前を口に出して自分を鼓舞する。

 あの消しゴム事件の後、ボクは真剣に考えた。自分の恥ずかしがりな性格を直すにはどうすればよいのか。そしてひとつの結論に達した。


「恥ずかしさに慣れればいいのではないか!」


 小さかった頃、初めて食べたカレーライスは辛すぎて完食できなかった。しかし何度も食べているうちに辛さに慣れ、今では激辛カレーでも平気で食べられる。

 暗闇も昔は怖かった。映画館でいきなり暗くなって泣き出したこともある。でも何度も闇を経験して慣れてしまうと、もうなんとも思わなくなってしまった。


「恥ずかしさもそれと同じだ」


 今日までボクは恥ずかしさから逃げていた。恥ずかしい思いをするのが嫌で、それを味わわなくて済むような行動ばかりを取っていた。

 だがそれではいつまで経っても恥ずかしさに慣れることはできない。恥ずかしさから逃げていては恥ずかしさを克服することはできない。

 正しき道は逃げることではなく立ち向かうことだ。辛さに慣れて辛さを克服したように、闇に慣れて闇を克服したように、恥ずかしさに慣れてこそ恥ずかしを克服できるのだ。


積手つんでレナノさんにボクの恥ずかしい姿を見てもらおう。告白の恥ずかしさなんか吹っ飛ぶくらいの恥ずかしい醜態を見せつけてやるんだ。そうすれば告白なんて余裕でできるようになるはずだ」


 そして考え出したのが社会の窓全開作戦だ。ズボンのファスナーを全開にしたまま積手つんでレナノさんの前に立つのだ。ああ、恥ずかしい。想像しただけで恥ずかしい。彼女の軽蔑の眼差しが目に浮かぶ。

 だがこの程度の恥ずかしさに耐えられないようでは告白の恥ずかしさを乗り越えられるはずがない。これは放課後デートを実現するための第一歩なのだ。


「よし、やるぞ。やってやる!」


 自分の机で気合いを入れているとポツポツと生徒が登校してきた。信頼できる筋から仕入れた情報によれば積手つんでレナノさんはかなり早い時刻に登校しているらしい。通学するだけで腹が減るので授業の前に教室で軽く食事をしているとのことだ。


「おはようっス」

「おっ、来た」


 4人目に積手つんでレナノさんが教室に入ってきた。これだけ生徒が少なければボクの全開社会の窓を他の奴らに見られることもないだろう。作戦決行時間を早朝にしたのは正解だったようだ。


「チュー」


 席に着いた途端、パウチパックのエナジードリンクを飲み始めた。彼女の周囲に生徒はいない。チャンスだ。


「よし、やるぞ」


 ボクは社会の窓を全開にして立ち上がった。足早に彼女の横を通り過ぎ、すぐ反転して彼女の席へ向かう。半分眠っているような目でドリンクを飲んでいる彼女の前にゆっくりと近づく。


(うう、恥ずかしいよう)


 羞恥心に悶えながら彼女の顔を見る。まるで何も起きていないかのように平然と飲んでいる。


(気づいていないのかな)


 そのまま彼女の横を通り過ぎてしまった。何の反応もない。これではダメだ。彼女に軽蔑の眼差しを向けてもらわなければ作戦が成功したとは言えない。


(やり直そう)


 もう一度同じ動きを繰り返す。変わらない。積手つんでレナノさんは眉ひとつ動かさない。気づきやすいようにファスナーを横に広げ、白のブリーフを引っ張り出して目立つようにした。


「チュー」


 同じだ。相も変わらず虚ろな目をして二本目のパウチパック朝バナナゼリーを飲んでいる。ボクに対してまったく興味がないのだろう。

 しかしここで諦めるわけにはいかない。ボクは何度も往復して積手つんでレナノさんの様子をうかがった。やがて教室には生徒が続々と登校してきた。


「やだ、見て、羽仁はに君のズボン」

「誰か注意してあげなさいよ」


 10往復目に他の女子生徒の声が聞こえてきた。彼女たちはボクの全開社会の窓に気がついたようだ。うう、恥ずかしい。恥ずかしいがこの恥ずかしさではダメだ。積手つんでレナノさんから受ける辱めでなくては意味がない。


(くそ、こうなったら)


 ボクは歩みを止めた。通り過ぎるなどという行為では手ぬるい。気づいてもらえなければ気づいてもらえるように努力すべきた。ボクは積手つんでレナノさんの前に立つと腰に両手を当てて下腹部を突き出し、仁王立ちになった。


「ん? うわっ!」


 鈍感な彼女もようやく気づいてくれたようだ。眉間には皺が寄り、射すくめるような鋭い視線がボクのズボンに向けられている。


(やった、作戦成功だ!)


 喜びと羞恥心が全身を駆け巡る。この瞬間をどれほど待ち焦がれていたことか。仁王立ちになってよかった。


「羽仁、開いてるぞ」


 おお、これは奇跡か。積手つんでレナノさんからお言葉を賜るとは。感動のあまりぶっ倒れそうだ。


「おい早く閉めろ。みっともない」


 ああ、そうだった。作戦が終了したのだからファスナーを閉めないと。


(あれ)


 なんてことだ。手が動かない。喜びと恥ずかしさと感動と積手つんでレナノさんの眼力によって、消しゴムの時と同じように金縛り状態に陥ったようだ。


「ちっ、しょうがないな」


 机越しに積手つんでレナノさんの手が伸びてきた。ボクの股間に到達したその手はスライダーの引手をつまむと派手な音を響かせながら引き上げた。社会の窓は無事閉鎖された。


「さっきから何度も行ったり来たりしていたけど、もしかしてあたしにそれを見せたかったのか。もしそうだとしたら、おまえかなりの変態だな。羽仁はに神也かみや


 ふ、ふるねーむでボクの名を呼んでくれた。嬉しい。そしてこの冷たい視線。恥ずかしい。しかも積手つんでレナノさん自らの手でボクのファスナーを閉めてくれるなんて、なんという奇跡。なんという幸福。


(この至高の時を与えてくれた神に感謝します)


 羞恥と歓喜と陶酔の嵐がボクの全身に吹き荒れていた。変態……積手つんでレナノさんはボクをそう呼んだ。彼女がそう言うのならボクはきっと変態なのだろう。だがそれは褒め言葉だ。ボクにとって変態は必要不可欠なのだ。今日、ボクは変態の階段を一段登った。これからも変態の階段を登り続けていこう。そしてその階段の頂点に君臨する告白の恥ずかしさを極めた時、ボクの恋は成就するのだ。



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