彼女に告白したいのでレベル上げ頑張ります!

沢田和早

変態レベル0 恥ずかしくて消しゴムも拾えません

 英語の授業中だというのにボクの視線は右斜め前の女子生徒に釘付けだ。

 耳までしっかり刈り上げたベリーショートな黒髪、セーラー服が水兵服に見えそうなほどがっしりと広い肩幅、軍神アテネに勝るとも劣らない勇ましい後ろ姿。彼女を眺めているだけでボクの両頬は火照ってしまう。


「はいよろしい。では続きを積手つんでさん、読んでください」

「はい」


 あっ、彼女が当てられた。悠然と起立したその立ち姿はそびえたつ絶壁のようだ。本人は否定しているが180cmは軽く超えているだろう。


「あいわなぴー、りーりぃばっど……」


 ごつい体格からは想像もできないアニメ声。聞いているだけで癒やされる。耳元でささやかれたら失神してしまうかも。


(ああ積手つんでレナノさん、好きで好きでたまりません。ボクの彼女になってください)


 心の中で何度この言葉をつぶやいたことだろう。脳内の9割くらいは彼女に占領されていると言っても過言ではない。


 もっとも最初からこれほどベタ惚れだったわけではない。中学に入学して初めて彼女を見た時は、

「へえ、あれが大入道だいにゅうどう小学校で有名な背の高い女子か。ウワサには聞いていたけど本当にデカイな」

 くらいにしか思わなかった。


 しかし同じクラスで同じ時を過ごすうちに、彼女の魅力は急速に増していったのだ。


「うわっ、男子を呼び捨てかあ。気が強いな」

「弁当箱2つ持ってるんだ。大食漢だね」

「二の腕、太っ! 熊と戦っても勝てそう」

「それなのに手芸部って……たくましい筋肉が泣いてるよ」


 どこを取っても惚れる要素満載だ。他の男子には見向きもされていないみたいだけどボクにはわかる。積手つんでレナノさんほど素晴らしい女子はいない。


「告白しよう」


 1年の夏休みが終わった時、ボクは決心した。いつまでも脳内彼女のままでいいのか。想いを打ち明けて現実の彼女になってもらい、バラ色の中学生活を満喫したくないのか。


「満喫したい! 放課後デートとかしたい!」


 ではどうやって告白するか。LINE? 電話? それとも古風にラブレター? 毎日教室で顔を合わせているから直接話すことだってできる。告白手段は見取みどりだ。


「あーダメだ」


 結局どの方法も実行できなかった。最後の一歩が踏み出せないのだ。

 ボクは生まれついての恥ずかしがり屋で男子に声を掛けることすら気軽にはできない。もちろんLINEも電話もこちらから使ったことは一度もない。

 普段のあいさつも向こうがしてくれば返すが、こちらからあいさつすることは決してない。なるべく誰とも目を合わさないように日々顔を伏せて生活し、授業が終わればさっさと帰宅する。こんなボクが意中の女子に告白するなんて無理に決まっている。


「そうして2年が過ぎてしまったんだよなあ」


 積手つんでレナノさんとは1年生も2年生も同じクラスだった。そして3年生になった今も同じクラス。神様がここまで応援してくれているんだ。このまま何もせずに卒業してしまっては天罰が下りそうだ。


「はいそこまで。では少し解説します……」


 朗読が終わった。着席する彼女。と、机に置いた教科書が消しゴムに当たって床に落ちた。こちらに転がってくる。彼女は気づいていない。


(これは、チャンスなんじゃないのか)


 この2年間、話をしたことはもちろん、あいさつも目を合わすことすらできずに過ごしてきた。だが、今ここでこの消しゴムを拾って彼女に渡せば、この2年間やろうと思ってできなかったことがほとんどできてしまう。彼女との距離を一気に縮められる千載一遇の好機到来だ。


(拾え、その消しゴムを拾うんだ)


 上半身を折り曲げ床に手を伸ばす。指の先に消しゴムが当たる。だが、


(これは積手つんでレナノさんの消しゴム……ボクなんかが触れていいんだろうか)


 そう思っただけで鼓動が速くなってきた。恥ずかしい。彼女の持ち物を握ろうとしているだけで恥ずかしい。だってそれは彼女そのものなのだから。


「はっ!」


 視線を感じた。顔を上げると積手つんでレナノさんが振り向いてこちらを凝視している。きっと机に消しゴムがないことに気づいたのだろう。


(目が、合った……)


 火照っていた両頬がさらに熱を帯びる。正面から彼女の顔を見たのは初めての経験だ。なんという可愛らしさ。獲物を狙う鷹のような両眼、ゴ〇ゴ13の如き太い眉、西洋人を思わせる鉤鼻、引き締まった薄い唇、全ての美を凝縮したような顔立ちを見せつけられ、ボクの全身は金縛りにあったように動けなくなった。


「んっ」


 積手つんでレナノさんの左手が上向くと、ボクの方へ差し出された。消しゴムを拾って渡してくれという意味なのだろう。だが、ボクの体は金縛り状態だ。瞬きすらできないのに消しゴムを拾うなんて重労働、できるはずがない。


「なんだよ」


 しびれを切らした彼女は上半身を折り曲げて左手を伸ばすと床の消しゴムを拾い上げて元の姿勢に戻った。彼女の視線を逃れてようやく体の自由を取り戻したボクは深い悲しみの底に沈んだ。


(ああ、せっかくのチャンスだったのに! バカバカ、ボクの大馬鹿野郎)


 床に手を伸ばしたままの姿勢で号泣した。もちろん心の中でだ。

 ダメだ。このままでは告白どころか言葉を交わすことすらできずに卒業してしまうに違いない。恥ずかしがりの性格を直さない限りボクに春はやって来ないのだ。なんとかしなくちゃいけない。この欠点を克服しなくちゃボクの人生は真っ暗だ。だからと言ってどうやれば克服できるのかさっぱりわからない。誰か教えてくれー。

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