8・いざ凶悪犯《エネミー》戦

(不可視──いや、変化の類の能力にこの巨体。こんな凶悪犯エネミーが出たって報告あったかな……手配犯の中に似たようなのがいた気がするけど、情報収集や管理は真昼に任せてるからあんまり覚えてないな。それにしても……この男は、一体何の亜人なんだ?)


 まだ・・戦う事が出来ないため、避難誘導の邪魔をされないように凶悪犯エネミーの気を引きつつ、京夜は冷静に観察していた。


(それに……近づけば近づく程、この男の体にこびりついた血の臭いが濃くなる。一人や二人ではない、何十人もの人間の返り血を浴びて来たんだろうな。この凶悪犯エネミーは)


 ふと、数年前のある日を思い出す。彼にとっての始まりの日となった、あの美しい月の夜──。


(……こんな事考えてる場合じゃない。今はこの凶悪犯エネミーを何とかする事だけ考えないと)


 雑念を振り払うように顔を左右に振って、思考を仕切り直す。

 京夜は凶悪犯エネミーの相手をするうちにいくつかの事実を把握していた。

 まず一つ。姿が見えなかったのは凶悪犯エネミーの亜人の能力であり、あれは自身の姿を風景の何かへと変化させていたからだという事。

 相手をしている間にも何度か同じ手に出ていたため、不可視の能力ではなく変化の類の能力だと断定していた。

 そして二つ目。この凶悪犯エネミーは──、


(防戦一方で何とかなる相手じゃない)


 ぐっと息を呑み、京夜は対峙する敵を睨む。

 そんな京夜を嘲笑うように、正体不明の凶悪犯エネミーはコロコロとその姿を変える。

 巨体だったかと思えば、幼子のように小さくなったり。かと思えば、鳥になったり。その変化能力の幅広さが、更に京夜を混乱させる。


(変化に長けた亜人……何だ、狐や狸の類か?)


 凶悪犯エネミーの攻撃を避け、いなし、決してこちらから攻撃する事はなく思考を繰り返すも、ただでさえ体調不良で頭が働かない京夜には、深く思考を巡らせる事が難しかった。


 ドンッ、ブゥンッ!


 大きな拳が運動場の地面を抉る。太い足が京夜目掛けて風を切る。

 人間の目には追えないような早さだった。しかし、京夜はただの人間ではない。彼は世にも珍しい絶滅危惧亜人種ブラッドリスト──……それに類する一級絶滅危惧種、吸血鬼の亜人ダンピール

 十把一絡げの亜人を遥かに凌駕する身体能力を誇る京夜にとって、攻撃を捉えて避ける事など容易い。


 だが今はこのままで良くとも、このままずっと正体不明のまま、こちらだけ戦えない状況で相手をし続けるのは不利だった。

 だからせめてその正体を看破するか、上からの戦闘許可が下りるのを京夜は待っていた。

 その時、ここまで絶え間なく攻撃に出ていた凶悪犯エネミーの動きがピタリと止まる。それに京夜が疑問符を浮かべていると、


「────オマエ、飽きた」


 片言口調に言葉を発し、凶悪犯エネミーは強く地面を蹴って避難誘導先でもある校門の方へと飛んで行った。


「ッ! そうはさせるか!!」


 コンマも置かずに京夜はそれを追いかける。二人の移動速度は相当なもので、瞬く間に校門付近に辿り着いてしまう。そこには、避難誘導に従い避難していた生徒達が大勢いて。


(規約違反になるけど、背に腹はかえられない!)


 凶悪犯エネミーの魔の手が生徒達に伸びた瞬間。京夜はその巨体の背に強く踵を落とした。

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