9・いざ凶悪犯《エネミー》戦②

「な、なんだ?!」

「もっ……もしかして凶悪犯エネミー!?」


 人集りの目の前で、凄まじい落下音とコンクリートが壊れる音が重なる。凶悪犯エネミーが追ってきたのではないかと、避難していた生徒達は騒ぎ出し、我先にと学校外に駆け出した。


「何だ。オマエ、戦えるんじゃないか」

「……まだ、戦うつもりはなかったんだけどね」


 隠されていた凶悪犯エネミーの顔が晒される。一目見て異常者だと分かるその不気味な表情に、僅かな喜びと楽しみが滲み出ていて……背筋を死体の指でゆっくりとなぞられたような悪寒や恐怖を、見た者は等しく覚える事だろう。

 だが京夜は決して臆さない。生徒達の方へは行かせまいと、凶悪犯エネミーの前に京夜は立ちはだかった。

 幸か不幸か──目の前の亜人はもう一度京夜に意識を向けたので、生徒達の安全は多少なりとも確保されたようなものだが。


「あれって、周君じゃない?」

「うそ、なんで逃げてないの!?」

「危ないぞ周ーーっ!」


 背中に届く生徒達の心配に、京夜は振り返る事なく小さく手を振り返した。それは彼らしくもない、『心配するな』という返事だった。


「お待たせシマシタ! キョーヤ、生徒はワタシが守りマス。アナタは心置かないシテ、戦ってどうぞデス」

「っ! アリス、そっちは頼んだぞ」

「アイアイ、お任せを!」


 アリスは生徒達を守るように京夜の後ろに現れた。その登場により、生徒達への被害は気にしなくていいものと判断した京夜は、軽く深呼吸をして、凶悪犯エネミーに集中する。

 そこでタイミング良く、通話中と表示されるスマホを握り締めた累が遅れてやって来た。


「京夜、アリス!」


 二人に向けてそのスマホ画面を見せ、累は通話をスピーカーモードにした。


《聞こえてるな、京夜、累、アリス。緊急事態につき戦闘許可を下す。どんな手段を用いてでも、市民の安全を守れ》


 電話越しに聞こえて来る、彼等直属の上司──……五月雨班班長・五月雨篤サミダレアツシの命令。ブツリ、と通話が終了されると、京夜は冷たく凶悪犯エネミーを一瞥した。


「──公共保安局特殊部隊五月雨班所属、周京夜アマネキョウヤ

「──公共保安局特殊部隊五月雨班所属、東雲累シノノメルイ

「──公共保安局特殊部隊五月雨班所属、アリスノア=ラ・ペシュ=アーサー」


 それぞれ、自身の得物である血の剣や狐火や水晶の杖を出現させ、保安局員として名乗ってゆく。

 逃げ惑う生徒達も、それを聞いて思わず足を止めてしまっていた。

 何せ同じ学校の、それもイケメン三銃士などと呼ばれる三名が……揃って保安局員こと日本国の誇る番犬・・だったのだから。


「これより、公共の安全のため──……厳罰を執行する」


 京夜が血の剣を凶悪犯エネミーに向ける。その剣よりも濃く輝く、京夜の鋭い紅の瞳を見て……凶悪犯エネミーは不気味に薄らと笑った。


「やれるものならやってみろ、国の犬共!!」

「いいからさっさとくたばれよ、凶悪犯エネミー


 そして、凶悪犯エネミーと京夜は戦闘を開始した。



 ♢♢♢♢



 凶悪犯エネミーの拳と、京夜の剣が何度もぶつかり合う。その戦いは時が経つにつれ激しくなり、校舎の一部に損害を出すまでに至っていた。

 特攻隊長の京夜が敵と戦い、アリスがその亜人の能力で生徒達を守り、累が全体的な支援を行う。京夜達の連携は隙がなかったのだが、それでも何故か勝利には届かなかった。

 実力云々であれば、凶暴かつ希少な吸血鬼であり、何年も保安局で血のにじむような訓練を受けて来た京夜が凶悪犯エネミーを遥かに上回る事だろう。


 だが、京夜はその実力を十分に発揮出来ないでいる。この凶悪犯エネミーの変幻自在の能力が、京夜に苦戦を強いていたのだ。

 血を操り武器の形状を変えて攻撃しようとも、凶悪犯エネミーはノータイムで間髪入れずに変化して、攻撃を避けては逆にこちらに一撃をお見舞いする。

 累のサポートがあるため、急所に入る事はないが……それとは関係無しに、時が経てば経つ程に京夜は弱体化してゆく。


 何故ならそこは太陽の下であり、彼の扱う武器は彼自身の血液から作られたものだから。

 戦う時間が長引けば長引く程、京夜は不利になる。だが──目の前のこの凶悪犯エネミーには、攻撃が当たらないのだ。

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