5・夜は番犬、昼は高校生②

「ああもう、またそんなプロテインで済まそうとして……なんでそない変なとこだけ篤さんの影響しっかり受けとんの?」

「アツシは筋トレ布教したいだけデス。彼は肉とプロテインが餌のマッスルクリーチャーデス」


 まさに保護者と言うべき貫禄。

 不健康な顔色だと言うのに食事すらも面倒くさがり、何故かプロテインで全てを済ませようとする京夜を、累は甲斐甲斐しく世話していた。

 京夜とて、弁当が無いわけではない。寧ろ累とアリスと同じ、保安局の食堂で作ってもらった栄養バランス完璧な弁当があるのだが……何せ京夜は元々少食な上、このものぐさっぷりである。

 ……しかし、食事すらも面倒くさがるのは人としてどうなのか。


「はぁ〜〜〜っ、尊い、今日も尊い!」

「東雲君相変わらず周君のお世話しててもう最高……っ」

「ここだけもう空気が違う。絶対マイナスイオン出てる」

「誰かッ、早くあの三人を国宝に指定してッ! 私達が守らなければッ、あのイケメンを!!」

「どうして私は周君の机として生まれなかったの!!」

「アーサー様っ、今日もたいへんお美しくしいですぅうううう!」

「あぁ……一度でいいから周君に蔑まれたい」

「それならアタシは東雲君に罵られたい」

「わかる」

「それな!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ女子生徒達。しかし残念な事にこれもまたいつもの事なので、京夜達は全く気にしない。


「ほら、京夜。食堂の人達が京夜の為に好物入れてくれたんやさかい、ちゃんと食べなあかんよ」


 手ずから弁当箱を開いてあげて、累は京夜を諭そうとする。

 はぁ、と小さく息を吐き出して、京夜はキリリとした真剣な面持ちで言い放った。


「──箸ってさ、持つの面倒じゃない?」

「面倒じゃない? やないねん。そんくらい出来るやろ、京夜かて生粋の日本人やねんから」

「無理、ダルい」

「もぉ〜〜〜〜っ、ほんまにさぁ〜〜……」


 どこまでも無気力な京夜に、累は観念したように眉尻を下げ、彼の弁当箱を取る。そして京夜の箸を持ち、弁当箱から彼の好物でもあるハンバーグをつまみ出すと、


「はい、口開けて」


 それを京夜の口に運んだ。

 京夜はされるがままにハンバーグを食す。その瞬間、耳に刺さるような黄色い絶叫が辺りを包んだ。


(今日もニッポンのレディ達はとてもモリモリ元気デース)


 育ちの良さ故か、食事前とは打って変わってとても静かに上品に昼食を食べるアリス。黒板を爪で引っ掻いたような悲鳴の数々にも全く動じず、どうしてかこれが日本の風物詩だと勘違いしている。

 そのため、こんな状況でもアリスはにこやかに食事を楽しめるのであった。



 ♢♢♢♢



 いつも通りの騒々しい昼休みを終え、五限目の授業が始まった。

 だがそれは京夜にとってまさに天敵とも言える授業──……体育だった。

 太陽の下に長時間立つだけではなく、その中で長時間の運動を強要される。しかも今回は昼食後ときた。

 京夜にとって、この授業が最も苦痛である事は想像に難くない。


「無理……ダルい……」


 ダッシュや準備体操を終え、早くも日陰で糸の切れた人形のように座り込む京夜を見て、クラスメイト達は呆れの表情を浮かべる。


「周、お前そんだけ顔色悪いの絶対その格好のせいだろ」

「なんで貧弱なのにそんな拷問を自ら……?」

「馬鹿なんだろ、あいつ」

「じゃあ何で定期試験の成績が毎度学年トップなんだよ……」

「それはこっちが聞きてぇよ」

「クッソ、神様不公平すぎやしませんかねぇ!!」


 燦々と照りつける太陽の下で、長袖長ズボンの格好をしている京夜はハッキリ言って異常だった。

 クラスメイトたちも慣れているとは言え、それを異常と感じる事に変わりはない。なのでその異様な光景と世の理不尽さに、眉間に皺を寄せていた。


「今日はサッカーの試合らしいから、自チームの試合の時以外は座ってても問題なさそうやで」

「試合の時も座ってたら駄目?」

「だーめ。チームメイトにどやされるで?」

「ちぇっ……」


 京夜が望まずとも、サッカーの試合は始まり総当り形式で進んでいく。少人数でのチームとは言えど、元々チームなんて三つや四つしかないので、程なくして京夜と累のチームの試合となった。

 累に引き摺られるように日向へと連れ出された京夜は、試合が始まろうともぐったりした面持ちで立ち尽くす。

 コート上では、「おいこら周ぇええええッ!」「走れ! せめて歩け!!」「いい加減ボールと友達になりやがれ!」「東雲ェ! お前もう周の分も走れ!!」「君らそれほんまに言うとる?!」と怒声や絶叫が飛び交う。

 しかしそんな様子でさえ、体育館で授業を受けている女子生徒達は熱っぽいため息を零しながら楽しんでいた。

 彼女達にとって、授業よりも推しの鑑賞の方がずっと重大事項なのだ。


(うるさいし、めんどくさいし……もう帰っていいかな。体調不良ですって言えば帰ってもいいだろ。体調不良は事実だし)


 青白い顔で大きくあくびをしながら、京夜は早退を画策する。だが当然、その間も試合は行われており、


「周! ボールが来たらどこでもいいから蹴れ!!」


 チームメイトの一人が、敵チームより奪ったボールを京夜の方へと飛ばした。

 ボールを目視した京夜は、


(ボール……めんどくさいな)


 と胸中でぽつりと零し、適当に受け流そうとした。しかし、ここで京夜にとって思いもよらぬ事態が発生する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る